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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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62.魔金

 「これは……」

 将軍に呼びつけられて森に来たメイの軍師は、坑道を見て、そのまま絶句してしまいました。ほんのひとかけらで戦車一台が買える貴重な魔金が、まるで石炭か何かのように無造作に積み上げられていたのです。大小合わせて百個近くあるでしょうか。坑道の入り口の横で、日の光を浴びて金色に光っています。坑道の奥から兵士たちが運び出したのでした。

「これが……ここから掘り出されたのですか? これほどの量が?」

 と軍師が確かめると、将軍は重々しくうなずきました。

「そうだ。まさしく世界一の魔金の金鉱だな。ほんの百メートルばかり掘っただけで、これだけ見つかるのだから、いったいどれくらいの量が地下に埋まっているのか見当もつかん」

 すると、サータマン軍の司令官も言いました。

「我々は故国から、魔金の鉱脈を見つけたらすぐ採掘を開始するように、と命令を受けています。ノームたちがここに到着次第、採掘を始めます」

 邪魔だから貴殿たちはあっちへ行け、と言わんばかりの口調に、メイの将軍は、むっとして言い返しました。

「我が軍とて、闇のドワーフを一緒に連れてきている。大山の駐屯地から、留守部隊の兵たちと一緒にこちらへ向かっているところだ」

 魔金を前にして、いっそう対立を強めている二人の司令官ですが、それも無理のないことでした。森の坑道から出てきた魔金の量は尋常ではありません。これだけの鉱脈を相手の国に独占されては大変と、それぞれに坑道の権利を死守する構えでいるのです。

 

 そこへ、ジタン山脈の駐屯地から、大型馬車や闇のドワーフを乗せた馬が到着しました。馬車の中からぞろぞろ引き出されてきたのは、揃いの青い上着を着たノームの男たちでした。ラトムと同じような灰色のひげをしていますが、ラトムよりずっとやつれて、沈んだ顔つきをしています。その顔は、魔金の原石の山を見ると、いっそう暗くなりました。

 闇のドワーフのほうは、馬から飛び下りるなり宝の山に駆け寄って歓声を上げました。

「こりゃあすごい! これほどの量の魔金には、この俺だってまだお目にかかったことがなかったぞ! これがここの地下から出てきたのか? 大した鉱脈だな!」

 目をぎらぎらさせながら原石を次々と日にかざして確かめ、やがて、その脇で淡く光っているランプに目をつけました。

「灯り石か。ドワーフのランプだな。こいつも価値のある代物だ。同じドワーフの俺がもらっておこう」

 と、さっさとつかみ取ります。

 サータマンの司令官が文句を言いました。

「坑道から見つかったものはサータマンとメイの両国のものです! 勝手な独り占めは困ります!」

 先刻、脱走兵を逃がすために、兵士が持っていた魔金の原石を取り上げたことなど、綺麗さっぱり忘れてしまったような態度です。

「悔しければ、貴殿らも闇のドワーフを連れて来い。貴殿らサータマン国にも、闇のドワーフは配置されたはずだろう」

 と将軍が言いかえすと、サータマンの貴族司令官は顔を歪めました。

「こちらの闇のドワーフは故国に残っています……。ロムドの王都に総攻撃をかけるのに、軍備を整える手伝いをしているのです」

「そいつは俺の弟だ」

 と闇のドワーフが笑いました。

「俺たちは闇の竜の命令でおまえら人間を手伝っている。だが、ただでというわけじゃあない。俺も弟も、おまえたちからたっぷり報酬はもらうからな。俺はとりあえず、このランプをもらう。魔金の採掘が始まったら、その中の何割かは、俺たちにもいただくからな」

 勝手にそんなことを決めるドワーフに、司令官たちは揃って不愉快な表情になりましたが、これから魔金の採掘や加工に働いてもらう大事な人材なので、文句をぐっとこらえました。魔金は人間には扱うことができない金属だからです。

 

「おまえたち、早く坑道に潜って魔金を採ってこい!」

 とサータマンの司令官は八つ当たりでノームをどなりつけました。将軍や部下相手には上品な口調の司令官も、小人たちには横柄です。ノームの男たちは三十人ほどいましたが、いっそう悲しそうにうつむいて、自分たちの足元を見ました。その場を動こうとしません。

「どうした!? 早くしないか!」

 と司令官がまた叱りつけると、最年長らしいノームが言いました。

「それは無理ってもんです……。あんたらは、わしらに魔法の足輪をつけたから、わしらは地面に潜れないんだ」

 ああ、と司令官は気がつき、そばにいた部下に命じました。

「首輪をここに持ってきなさい」

 馬車の後ろから運ばれてきたのは、鈍色(にびいろ)の金属でできた首輪でした。三十ほどありましたが、一つずつに黒い宝石がはめ込まれています。闇のドワーフがまた笑いました。

「闇の首輪か。弟が作った代物だな。確かに、それを首にはめてやれば、他の魔法の道具はとたんに力を失う。その代わり、首輪がそいつの血肉に同化して、永久に外せなくなるんだ。闇の石がはめ込んであるから、逆らおうとすれば、すぐに闇の竜の魔法でぺしゃんこにされるぞ」

 ノームたちはたちまち真っ青になりました。金切り声を上げて逃げだそうとしますが、周りを取り囲んでいた兵士に捕まって、連れ戻されてしまいます。

 つけなさい、と司令官に命じられて、ノームを捕まえた兵士たちは闇の首輪を取り上げました。それぞれにノームの首に留めつけようとします。どれほどノームたちが暴れても泣き叫んでもおかまいなしです――。

 

 その時、闇のドワーフが持っていたランプが急に暗くなり、また明るくなりました。中の灯り石が明るさを変えたのです。またたくように、二、三度明滅します。

「なんだ……?」

 闇のドワーフがいぶかしそうにランプをのぞき込みますが、その時には灯り石はもう元の明るさに戻っていました。

 すると、彼らの頭上から突然声が響きました。

「ノームたちを放せ! 彼らを今すぐ自由にするんだ!」

 少年の声でした。ぎょっと一同が見上げると、森の梢の間から白い風の怪物が勢いよく下りてくるところでした。大蛇か異国の竜のような姿をしていますが、頭と前足は犬の形です。その背中には小柄な少年が乗っています。

 その隣へ、もう一匹の風の怪物が舞い下りてきました。背中にはいぶし銀の鎧兜の青年が乗っていて、やはり大声で言います。

「ノームを自由にしろ、サータマン、メイ! 彼らは大地の子だ! 人間に指図できる存在ではないぞ!」

 その姿を見て、メイ兵の中から声が上がりました。

「あれはロムドの皇太子だ!」

 先日、森に攻め込んだ時に皇太子と出会っていた兵士でした。

 連合軍はにわかに色めき立ちました。兵士たちが剣を抜き、空に向かって弓矢が引き絞られます。両軍の指揮官たちがあざ笑います。

「貴様がロムドの皇太子か! 人質になりに、自分から現れたな!」

「ノームを助けたければ自分で下りてきたまえ、皇太子! 我々に勝てたらノームを渡そう」

 森には連合軍の二千の兵士がいます。今この坑道の周りにも、数百人が集まっています。勇敢と噂の高い皇太子でも、とても対抗できる数ではありません。

 ところが、指揮官たちが余裕で空を見上げて笑う中、メイの軍師だけは厳しい顔をしていました。鋭い目で見つめていたのは、ロムドの皇太子ではなく、その隣にいる少年の方でした。少年は背中に大きな剣を背負い、金の鎧兜を身につけています――。

 

 指揮官の合図で矢がいっせいに放たれました。空を切る音を響かせながら、青年と少年に向かって数十本の矢が飛んでいきます。

 とたんに、少年が背中の剣を抜きました。切り払うように空中で剣を振ります。すると、ごうっと音を立てて切っ先から炎の弾が飛び出し、矢を呑み込みました。たちまち矢が燃え上がります。

 炎の弾はそのまま森の地面に激突して、火のかけらになって飛び散りました。兵士たちが仰天して飛びのきます。

「火の魔剣!」

 とメイの軍師は思わず声を上げました。金の鎧兜、火の魔剣と揃えば、その人物は決まっています。自分の目を疑いながら、軍師は空へ叫びました。

「おまえが金の石の勇者なのか! そんな――そんなまさか――!」

「まさかでもなんでも、ぼくが金の石の勇者です」

 とフルートはポチの背中から答えました。大人たちを相手に一歩も引きません。

「ラトムの村のノームたちは返してもらいます! メール――!」

 さらに頭上へ呼びかけた声に、あいよ! と少女の声が返事をしました。森の木々の梢をかき分けるように舞い下りてきたのは、巨大な一羽の鳥でした。たちまち芳香があたりを充たします。無数の花が寄り集まってできた鳥でした。背中には、緑の髪を一つに結った美少女と、痩せた体に深緑の長衣を着た老人を乗せています。

 

 フルートがまた言いました。

「深緑さん、頼みます!」

「よしよし、任せい。魔法は闇の力に封じられても、わしのこの眼力だけは健在じゃからな。おまえたち、その正体を見せい――!」

 そう言って老人が長い杖を突きつけたのは、地上の敵ではなく、坑道の入り口の脇に積み上げられた魔金の山でした。さらに、黒い髪とひげの闇のドワーフもにらみつけます。

 ドワーフは思わずぎょっと身を引きましたが、特に何が起きるわけでもなかったので、すぐに笑い出しました。

「なんだ、じじい! 目を三角にして、それで終わりか! 馬鹿馬鹿しい!」

 すると、その片手に握っていたランプが、突然ぐにゃりと歪みました。たちまちふくれあがるように大きくなって、形が変わっていきます。闇のドワーフは持っていられなくなってランプを投げ出し、仰天して立ちすくみました。ランプが人に姿を変えたのです。茶色の髪とひげにがっしりした体つきの、ドワーフの男でした。

「馬鹿は貴様だ」

 と茶色のドワーフは言うと、太い腕で闇のドワーフを殴り飛ばしました。黒い髪とひげの男は何メートルも飛んで木の幹にたたきつけられ、そのままずるずると倒れてしまいました。気を失ったのです。

 驚いているメイやサータマンの軍勢の前で、茶色のドワーフが声を上げました。

「さあ、北の峰のドワーフの底力を見せるぞ!」

 おぉう! と大きな返事が湧き起こります。いつの間にか、大勢のドワーフたちが姿を現していたのです。全員が赤い髪とひげをしています。

 連合軍の兵士たちは仰天して立ちつくしていました。誰も、とっさには動けません。唐突に自分たちの目の前に現れたドワーフの大集団。それは、山と積まれた魔金の原石が姿を変えたものでした――。

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