ジタン山脈から、軍隊が突撃を始めました。
騎馬隊が山を揺るがせながら斜面を駆け下っていきます。赤い鎧兜のメイ軍と、緑の鎧兜のサータマン軍。二つの軍勢ははっきりと分かれていて、互いに入り混じることはありません。春先の森は下生えも少なく、馬で駆けるにはたやすい道です。たちまち山の麓まで下りていきます。
メイ軍の騎馬隊の後ろには、角を生やした数十頭の犬が続いていました。角犬の集団です。馬の間を抜けて、どんどん先へ出て行きます。
そして、その後ろには巨大な獣がいました。象です。大きな耳を扇のように動かし、時折鼻を高く上げて鋭い声を上げます。その短い首の上には、革の胸当てと兜をつけた象使いがのっています。
象は大きな鉄の戦車を引いていました。チャリオットと呼ばれる二輪戦車で、驚くほど幅広い車輪をしています。その車輪と鉄の車体で敵を粉砕するのです。速く動くことはできませんが、小さな木や岩をへし折り砕きながら、まっすぐに進んでいきます。
麓の高原へ飛び出すと、騎馬隊はいっそう速く走り出しました。目ざす森はすぐ目の前です。蹄の音を響かせながら駆けていきます。
じきに、同じ騎馬隊の中で差が出始めました。緑の軍勢が赤の軍勢の前に出て行きます。疾風部隊と名高いサータマン軍です。一糸乱れぬ集団のままで、つむじ風のように森へ突進していきます。
メイ軍の中から声が上がりました。こんちくしょう、サータマンの奴らめ! 負けてたまるか! と盟友のはずのサータマン軍をののしり、馬に鞭を入れてさらに急ぎます。やがて、騎馬隊と象戦車との間には、相当の距離が開いてしまいます。
騎馬隊の最後尾を、メイの軍師は馬で駆けていました。将軍は軍の先頭近くにいて、サータマン軍への闘争心もむき出しに騎馬隊を叱咤しています。その様子を後ろから眺めて、軍師はまた不安にかられました。理由はわかりませんが、どうもずっと胸騒ぎがしてならないのです。軍勢は脇目もふらず森へ突進していきます。これで本当に大丈夫なのだろうか、とまた考えてしまいます。
すると、そんな軍師の耳に、突然声が聞こえてきました。地の底から響いてくるような、不気味な声です。
「コレハ罠ダゾ、軍師。立チ止マレ」
軍師は、ぎょっと手綱を引きました。馬が急停止します。それが人の声などではないことに、軍師はすぐに気がつきました。声の中に、ぞっとするような悪意が含まれていたことも感じます。
軍師は、馬の装具につけられた小さな黒い石を眺めました。自分たちを敵の監視の目から隠す闇の石です。声はその石から聞こえたような気がします――。
けれども、軍師が躊躇したのは一瞬でした。すぐに声を張り上げて、前を行く騎馬隊に呼びかけました。
「止まれ、メイの兵士たち! 森へ行くな!」
最後尾の騎馬兵たちが馬を止め、驚いて軍師を振り向きました。それに気がついて、さらに十数人の兵士が停まります。
軍師はまた声を上げました。
「我々はここに留まる! これ以上先へ進むな!」
「何故です、軍師殿!? 将軍たちは先へ行かれますぞ!」
と騎馬兵の一人が尋ねてきました。森へ走る騎馬の集団から、将軍が振り向いてどなっていました。ほどなく伝令兵が馬で駆け戻ってきます。
「軍師殿、どうされました!? 早く続け、と将軍がお怒りです!」
軍師は自分と共に留まっている騎馬兵を見回しました。ざっと五十騎ほどいます。さらに後ろからは象戦車も追いついてきます。
軍師は伝令に言いました。
「敵に不穏な動きが見える。我々はここに留まって、森を外から警戒し、何事か起きればすぐに駆けつける。そう将軍に伝えろ」
相手は名軍師です。伝令はそれ以上何も言えなくなり、軍師の伝言を持って、先へ急ぐ部隊へ駆け戻っていきました。
ジタン山脈と森の間に広がる荒野の真ん中で、メイの軍師は一部の騎馬隊と留まり続けました。緑の鎧兜のサータマン軍が、続いて赤い鎧兜のメイ軍が、森の中へ駆け込んでいきます。驚いた鳥や獣たちが森から飛び出してきます。
とまどう騎馬兵たちに、軍師は言いました。
「周囲に充分警戒しろ。これはきっと罠だ。敵は我々の思いも寄らない場所から現れるに違いない。それを見逃すな」
森からは、兵士たちが敵を探す、ほう、ほう、という声が聞こえていました――。
サータマン軍とメイ軍の兵士たちは、森の中に馬を走らせて敵を探し続けました。木立の間、岩陰、藪の中――若草を踏みつぶし、去年の落ち葉を蹴散らしながら、いたるところを見て回ります。
ところが、やがて兵士たちは疾走をやめ、あたりを見回しました。この森には千騎のロムド兵と百人のドワーフがいるのだと聞かされていたのに、どこにも敵が見当たらないのです。
「どういうことだ……?」
と両軍の指揮官はとまどいました。森の中に鳥の声が鋭く響き、また静かになっていきます。本当に、敵の気配が感じられません。
すると、突然白い矢が飛んできて、兵たちの間の木に突き刺さりました。驚いた兵士たちの目に飛び込んできたのは、森の奥で大きな弓を構えた少年でした。ロムド兵の銀の鎧兜ではなく、青い胸当てをつけて、大きな黒馬にまたがっています。
「いたぞ!」
「子どもだ――!?」
兵たちが馬で追いかけ始めると、少年は素早く弓を背中に戻して逃げ出しました。森の奥へと駆け込んでいきます。メイ軍とサータマン軍の兵士たちはそれを追い続けました。どちらも、相手の軍より先に子どもを捕まえようとします。
すると、ふいに目の前の茂みから銀の兵士たちが馬で飛び出してきました。先頭を駆けていたサータマン兵の馬が、銀の兵士の剣で切り倒されます。
「出たぞ!」
「ロムド軍だ!!」
叫びながら連合軍の兵士たちはロムド兵と戦い始めました。馬で駆け寄り、剣と剣をぶつけ合います。激しい金属音が森に響き渡ります。
メイ軍の兵士の中に信号兵がいました。ジャーン、ジャーンと持っていた銅鑼を打ち鳴らすと、それを聞きつけて森中の兵士たちが押し寄せてきました。何百という数です。
ロムド兵はその場に三十名足らずしかいませんでした。すさまじい数の敵にたちまち怖じ気づくと、剣を引いて逃げ出します。連合軍の兵士たちはその後を追いましたが、とたんに矢が飛んできました。青い胸当ての少年がまた矢を放ち始めたのです。走る馬の上から後ろ向きに撃ってくるのに、いやに狙いが正確で、兵士たちは思わず手綱を引きました。飛んでくる矢を防ぐために盾を構えます。
その隙にロムド兵は森の奥へ逃げていきました。少年も後を追って姿を消します。
また後を追って駆け出した連合軍は、敵を探すうちに、思いがけないものに出くわしました。何頭もの死んだ犬です。それが角犬だとわかって、メイ軍の兵士は驚きました。角犬は闇の石の力で怪物になった軍用犬ですが、何故か元の犬の姿に戻って、切り殺されていたのです。
すると、そこから少し離れた場所で、別の兵士が声を上げました。地面に深い穴を掘った場所があったのです。かたわらには掘りだした岩や土を積み上げた大きな山があり、つるはしやスコップがいくつも投げ出されています。誰かがついさっきまで穴を掘っていて、あわてて逃げ出していったような様子でした。
彼らは上官から森の中の坑道を見つけろ、とも命令されていました。ここがその坑道だと気づいた兵士たちは、殺された犬のことも忘れて、それぞれの上官へ知らせに駆け出しました――。
メイの将軍とサータマンの司令官は、ほぼ同時に坑道にやってきました。地面にぽっかり口を開けている穴を見て、将軍が自分の兵士に尋ねます。
「中にロムド兵やドワーフは?」
「誰もいませんでした。どうも、こちらが攻めてくるのに気がついて、急いで逃げ出したようです」
「ですが、司令官、中に大変なものがありました!」
とサータマンの兵士が自分の司令官に向かって続けます。大変なもの? と二人の指揮官は驚き、兵たちの案内で坑道に入っていきました。
坑道は地面の中に斜めに伸びていました。ドワーフの身長に合わせてあるのか、天井は低めでしたが、幅は二人の指揮官が並んで楽に進めるくらいの余裕があります。坑道の中にも掘削の道具が散乱しているのを見て、サータマンの司令官が言いました。
「どうやらドワーフもロムド軍も、本当に臆病風に吹かれたようですね」
「脱走した兵が我々に密告したのを知って、かなわないと見て逃走したのだ。我々が攻め込む前に森から撤退していたんだな」
とメイの将軍も言います。
坑道は百メートルあまりの距離がありました。木の柱で支えられた、立派な通路です。だいぶ前から掘っていたようだな、と二人の指揮官は考えました。
すると、先を行く兵士が穴の奥を指さして声を上げました。
「ご覧ください! あれです!」
そちらを見て、二人の指揮官は自分の目を疑いました。
坑道はそこで行き止まりになっていました。岩壁が立ちはだかる前にランプが置かれています。人間が使うものではありません。台座に掛けられたランプの傘の下で、白い石が自分から明るく光っています。
ランプの周りにはきらめきがありました。大小の金色の岩が積みあげられていたのです。坑道の床に、壁に、天井に、金の輝きが反射しています。指揮官たちは呆気にとられてその光景を眺めました。
坑道の奥には、信じられないほど大量の魔金の原石があったのでした――。