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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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59.脱走兵

 ロムド軍から脱走してきたという兵士は、銀の鎧を着て両手を縄で縛られていました。兜はかぶっていません。その格好でメイの将軍と軍師、サータマンの司令官たちの前に引き出されます。短い黒髪の、まだ年若い兵士でした。

 それを厳しい目で見ながら、メイの将軍が言いました。

「おまえの名は? 何故自分の軍を脱走してきた?」

 若いロムド兵はおびえながら何度も頭を下げました。へりくだった姿勢です。その後ろにはメイ兵が何人もいて、彼に剣を突きつけていました。

「レ、レンツと申します、閣下……。助けていただきたいのです! 皇太子の命令はむちゃくちゃです! このままでは殺されると思い、逃げ出してまいりました……!」

「無茶な命令? どんな?」

 とサータマンの司令官が尋ねると、若いロムド兵はいっそう必死な顔になって言いました。

「間もなくメイとサータマンの連合軍が総攻撃をかけてくる、何が何でも森を守れ、と言うのです! 連合軍はこちらの倍以上だとも聞いています。絶対にかないません! それなのに、皇太子は死ぬまで戦って森を守れ、と言うのです!」

 それを聞いて、メイの軍師はすっと鋭い目になりました。用心深く尋ねます。

「おまえたちの狙いはこのジタン山脈ではないか。それなのに、皇太子は山を攻めるのではなく、森を守れと言うのか?」

 すると、ロムド兵は激しく頭を振りました。

「わ――我々はもう目的地に到着しているのです! 我々はあの森を目ざしてきました。あの森から、魔金が採れるからです!」

 

 連合軍の指揮官たちは仰天しました。

「魔金があの森から採れるだと?」

 と軍師が聞き返します。それならば、ロムド軍が森から動こうとしないのも合点がいく、と思いながらも、それでも慎重に確認します。

「だが、魔金の金鉱はこの山にあるはずだ。証拠は?」

「私の隠しの中を確かめてください」

 とロムド兵が答えたので、警備兵がすぐに兵士の鎧を外し、その下に着ていた服のポケットを探りました。そこから出てきたのは、小さな金色の塊でした。

 軍師はそれを受けとって日にかざしました。角張った小石が、日差しにきらきら輝きます。

「確かに魔金の原石だな」

 と軍師が言ったので、指揮官たちはまた驚きました。

「おまえはこれをどこで手に入れた!?」

「森からこんな石が採れるというのか!?」

 と問いただされて、兵士は必死で話し続けました。

「森の中の坑道から採れるのです、閣下。ドワーフたちはもう魔金の採掘を始めています。地中から魔金がごろごろ出てくるんです。皇太子はその坑道を死守しろと命じますが、倍もいる連合軍にはとてもかなうはずがありません。しかも、こちらに向かっていた援軍が、急に呼び戻されて王都に引き返していった、という情報も入ってきました。他の兵士やドワーフたちも、早くここから逃げ出した方がいいんじゃないか、と言い出しています――」

 メイとサータマン両国の指揮官は顔を見合わせ、メイの軍師は目を閉じました。なるほど、そういうことなのか、と全員が納得したのです。

 

 サータマンの司令官がロムド兵に言いました。

「よし、あなたの身柄は保証しましょう。――彼を安全な場所まで送りなさい」

 と自分が連れてきた部下たちにロムド兵を渡し、これは私が預かっておきます、と軍師の手から魔金の原石を取り上げます。ロムド兵を逃がす報酬として魔金は自分がもらう、ということです。

 メイの将軍はそれをにらみつけ、低い声で言いました。

「我が軍は森へ総攻撃をかける。魔金の鉱脈をロムドの連中から奪い取るぞ」

「我々も出動します。なんだったら、貴殿らはこのまま山を守っていてもかまいませんよ」

 とサータマンの司令官は言い、笑いながら将軍の天幕から立ち去りました。ずっと敵にだまされて、魔金もないただの山を守ってきたメイ軍をあざ笑ったのです。メイの将軍は歯ぎしりしました。

「急げ、チャスト! サータマンに後れをとってたまるか!」

「しかし、将軍、まずは坑道の場所と敵の配置を知るために偵察を出さなくては――」

「黙れ! 森をサータマンに先に制圧されたら、女王陛下になんと申し開きする!? 総員、出撃準備! サータマンより先に麓の森へ総攻撃をかける!」

 軍師の慎重論を一蹴して、将軍は天幕の外へそう命じました。たちまちメイ軍が動き出します。急いで防具や武器を装備する者、軍馬を囲った柵へ走る者、それに乗せる鞍を準備する者。駐屯地全体に緊張が走り、興奮した象がパオォ、と鳴き声を上げます。少し離れた場所に駐屯するサータマン軍も、似たようなあわただしさに包まれています。

 天幕の外に出てその動きを眺めながら、メイの軍師は眉をひそめていました。二つの軍隊は、先を争うように出撃準備をしています。森にいる敵を倒すことよりも、互いに相手を出し抜くことの方に夢中なのです。これではいけない、と思いますが、うねりのような勢いを止めることはできません。二つの軍隊は異様な熱気を帯びながら、出撃に向かって動き出していました――。

 

 一方、サータマンの護衛兵たちは、司令官の命令通り、ロムドの脱走兵を安全な場所まで送っていました。脱走兵がびくびくと周囲を警戒しながら山の斜面を下っていきます。

「なんだ、ずいぶん急いでいるじゃないか? 何をそんなにあわてているんだ」

 と護衛兵が声をかけると、脱走兵が答えました。

「あ――あんたたちは知らないんだよ! ロムドの皇太子はそれは厳しい人で、脱走した兵はたちどころに首をはねられるんだ。見つかったら、俺は命がないんだよ――!」

「心配のしすぎだ。ここはもう敵陣からは遠いぞ」

 と護衛兵たちが笑ったとたん、ごうっと空から一陣の風が吹き下ってきました。ただの風ではありません。巨大な異国の竜のような姿をした犬の怪物です。真っ青になった脱走兵の前にやってきて、笑うような顔つきをします。

「見つけたわ。逃がさないわよ」

 風の怪物が人間の女の声でしゃべったので、護衛兵たちは驚きました。ロムドの脱走兵が頭を抱え、金切り声を上げて斜面を駆け出します。その後を怪物が追いかけていきます。

「この……!」

 護衛兵たちは切りつけましたが、剣は怪物の体をすり抜けました。

 風の怪物が脱走兵に追いつき、追い越して前に回りました。森の木がまばらになった、開けた斜面です。立ちすくんだ兵士に風の牙をむいてまた言います。

「裏切り者! 逃げられるもんですか。私たちと一緒にいらっしゃい!」

 私たち? とサータマンの護衛兵たちが考えた瞬間、空から新たな怪物が舞い下りてきました。翼の端から端まで十メートル以上もある巨大な鳥です。とたんに、あたりに芳香が充満しました。鳥は色とりどりの花でできていたのです。

 脱走兵が悲鳴のように叫びました。

「や――やめろ! 許してくれ! 殺さないでくれ――!」

 けれども、鳥は花でできた大きな足でがっちりと兵士を捕まえ、そのまま空へ舞い上がってしまいました。兵士の悲鳴が上空へ遠ざかっていきます。その後を、風の音を立てながら犬の怪物が飛んでいきます

 サータマンの護衛兵たちは、呆然とそれを見送りました。脱走兵を捕まえた怪物たちは、ロムド軍がいる森の方向へ遠ざかっていきます。

「と……とにかく司令官に報告だ」

「部隊に戻ろう」

 手出しのしようもなくて、護衛兵はそう言い合い、急いで今来た道を引き返していきました。

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