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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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58.司令官

 ジタン山脈は長い間、住む人もいない地域でした。大小のなだらかな山が十余り連なっていますが、それぞれの山に名前もついていません。

 メイの軍隊は、その中でも一番大きな山を占領していました。国からそう指示されたからです。名前がなくては不便なので、とりあえず「大山」という名前をつけ、目の前に広がるジタン高原と麓の森を見張るのに便利な、東側の斜面に駐屯していました。

 そこへ、西からサータマンの援軍が到着しました。総勢千騎が、はるか東の彼方のサータマン国からメイの国内を通り、ロムドとの国境の山脈を回ってジタンまでやってきたのです。疾風部隊の異名通り、通常であれば二ヶ月以上かかる道のりを、わずか半月あまりで駆け抜けてきました。メイ軍と合流して、同じ大山に駐屯します。

 メイの軍師は、高い場所からその様子を見下ろしていました。赤いマントをはおった小男で、頭には一本の髪の毛もありません。

 まだ葉が充分に茂っていない森の中に、双方の兵士たちが見えていました。赤い鎧兜をつけているのは、軍師が所属しているメイの軍勢。緑の鎧兜をつけているのは、昨日駆けつけてきたサータマンの軍勢です。双方とも兵の数はほぼ同じで、上から見れば、赤い軍勢と緑の軍勢が綺麗に色分けされていて、どちらがどの軍と一目でわかります。

 

 どうも難しい状況になってきたな、とメイの軍師は考えていました。

 元々メイとサータマンは長年対立してきた敵国同士です。女王が突然サータマンとの連合を指示してきたので、メイ軍としてはそれに従うしかなかったのですが、下層の兵士ほど、その決定には納得できずにいます。今まで敵だったサータマンと協力などできるか、すぐに裏切られるのに決まっている、と猜疑心のかたまりになっているのです。先方のサータマン軍にしても、同じような気持ちでいるに違いありません。それが眼下の光景でした。赤の軍勢と緑の軍勢は共に戦う仲間なのに、互いに行き交うこともなく、大きく距離を開けて、にらみ合うように駐屯しているのです。

 それは軍の上層部でも同じことでした。サータマン軍が到着して、もう二十四時間が過ぎるというに、まだサータマンの司令官からは正式な面談の申し込みがありません。代わりに、サータマンの偵察や間者がちょろちょろと山の周りへ出て行きます。先にこの山に来ていたメイ軍に状況を確認することもなく、独自に動き出しているサータマン軍に、メイの軍師は危惧の念を抱かずにいられませんでした。

 

 そして――軍師にはもう一つ、もっと大きな悩み事がありました。

 ロムド軍とドワーフたちが森を離れようとしない理由がわからないのです。

 ジタン山脈のこの大山には魔金の鉱脈があるのだ、と軍師は聞かされていました。彼らにしてみれば、一刻も早く大山を奪い返し、魔金の採掘を開始したいはずです。それなのに、ロムド軍は麓の森に潜んだままで、こちらを攻めてこないのです。昨日も、攻めていったこちらの軍を追い払っただけで、また森へ戻っていってしまいました。

 何故そんなことをしているんだ? と軍師は考え続けていました。

 ロムド軍が実は少人数だった、というのであれば納得も行くのです。圧倒的な戦力の差があるために、攻め込むことができなくて、援軍が到着するのを待っているのに違いありません。ところが、昨日試しに仕掛けた戦いで、ロムド軍はメイ軍にも匹敵する大軍だということがわかりました。森の中に気配もなく潜んでいたのです。

 それだけの人数がいて、どうして何もしてこないんだ、と軍師は悩み続けていました。やはり援軍の到着をひたすら待っているんだろうか? 大軍になったところで大山を包囲して、我々を一気に壊滅させようとしているのだろうか?

 それはあり得ることでしたが、軍師はなんとなく納得がいきませんでした。ロムド軍を率いているのは皇太子です。まだ十九歳という若さですが、非常に勇敢な性格だと聞いています。その皇太子がこれほど消極的な戦いを展開するのは不自然に感じられました。まるで、何かを隠しているようです。

 何を隠している、ロムド軍? と軍師は麓の森を見ながら思いました。いらだちと共に、得体の知れない不安にかられます。眼下の森には、反目しあっている味方の兵たちがいます。本当にこれで大丈夫か? と、ついまた考えてしまいます。

 

 そこへメイの伝令兵が来て、将軍が呼んでいると知らせました。急いで行ってみると、メイの将軍は自分の天幕の中で椅子に座り、顔を真っ赤にして足を踏み鳴らしていました。軍師の顔を見ると、猛烈な勢いでどなってきます。

「サータマン軍の指揮官は、わしに向こうへ出向けと言ってきおったぞ! この大山を先に制圧していたのは我が軍だ! 後からのこのこやってきた方がこちらへ出向くのが礼儀だろう!」

 ここでもか――と軍師は密かに溜息をつきました。サータマン軍の到着で、こちらの軍勢は一気に二倍に増えました。けれども、その人数がそのまま戦闘の時の実力にはならないだろう、と軍師は確信したのでした。

「サータマンとは協力しなくてはなりません」

 と軍師は将軍へ言いました。相手を落ち着かせようとして、ことさら静かな口調になっています。

「ロムド軍は間違いなく援軍を呼んでいます。それが到着してしまえば、ジタンを守りにくくなります。サータマン軍と共に森へ攻め込んでロムド軍とドワーフを壊滅させ、皇太子を人質に取らなくてはなりません。今の我々であれば、それもたやすいことです――」

 話しながら、軍師はまた漠然とした不安にかられていました。

 そう、今の兵力で言えば、メイとサータマンの連合軍の方が圧倒的に強いのです。まもなくこちらが総攻撃をかけることは、ロムド軍にだって簡単に予想がつくはずです。その状態で、何故ロムド軍は動かないのか。こちらの戦力を削ぐための攻撃もしてこなければ、援軍を待って安全な場所まで退却することもしない。それは何故なのか――? 戦いの常識から外れるロムド軍の行動に、さすがの軍師もとまどいを隠せませんでした。

「サータマンの協力など我が軍には必要ない!」

 とメイの将軍はまだ腹を立てていました。

「我が軍には象戦車もある! ロムド軍など踏みつぶしてくれるわ!」

 もっと早い時期にそうするべきだったのかもしれない、と軍師は密かに後悔していました……。

 

 そこへサータマンの指揮官が数名の部下を連れて訪ねてきました。メイの将軍に、そちらが出向いてこい! と言われて、ようやくやってきたのです。背の高い男で、緑の鎧兜の上に金茶色のマントをはおっています。

「そちらが会いたいとおっしゃるので、来てあげましたよ」

 その口調が軍人にしてはいやに上品だったので、メイの将軍はじろりとにらみつけました。

「貴殿は貴族か?」

「左様。サータマン第六師団長ジ・ナハ。サータマン王の甥に当たります。王の親任を受けて、今回の攻撃の司令官をつとめています。我が部隊は、疾風部隊の中でも最も素早く行動することができるのです」

 誇示の気持ちを隠しもせずに、サータマン司令官は言います。下級兵からたたき上げで今の地位まで来たメイの将軍は、非常に不愉快そうな表情になりましたが、それでも今なすべきことに気持ちを切り替えて話し出しました。

「敵は目の前の森に潜んでいる。その数はロムド兵がおよそ千、ドワーフがおよそ百。ロムド兵はほとんどが騎馬隊だ」

「おや、そんなにいましたか。警戒が厳しくてなかなかロムド軍の様子はわかりませんでしたが、それでも、それほどいるとは感じられなかったのですが」

 敵を過大評価しているのではないか、という揶揄(やゆ)もありありと、サータマン司令官が言います。メイの将軍はいっそうむっとしました。

「我々はこの目で敵を見ている」

 それを補足するように、メイの軍師が急いで口を開きました。

「ロムド軍は、さらに怪物のキマイラも連れております。用心が必要です」

「こちらは?」

 とサータマン司令官が尋ねたので、軍師は一礼しました。

「チャストと言います。今回のジタン占領計画の軍師を務めております」

「ああ、貴殿が有名なメイの軍師殿ですか――」

 司令官の声にちらっと馬鹿にする響きが混じりました。メイの軍師が見るからに貧相な男だったので、噂ほどでもない、と考えたのです。

 

 軍師は個人的な気持ちをいっそう深く隠して話し続けました。「ロムド軍とドワーフたちは、このジタン山脈を前にして、森から動こうとしません。王都からやってくる援軍を待って、いっせいにこちらを攻めてくるつもりだと思われます」

 すると、サータマンの司令官が突然笑い出しました。驚くメイの将軍と軍師に言います。

「その心配はご無用。ロムドの王都から援軍は絶対にやって来ません。今頃、我らがサータマン王がロムドの王都に総攻撃を仕掛けていますから」

「王都に総攻撃!?」

 とメイの将軍と軍師は仰天しました。まったく聞かされていない話でした。彼らの女王がこれを知っていたら黙っているはずはないので、サータマンの勝手な行動に違いありません。

 司令官はしたり顔で話し続けました。

「サータマン王の援護です。王都を攻撃されれば、ロムドもそちらを守らざるを得ない。こちらへ送り出した援軍も、すぐに呼び戻さなくてはならないのです。ジタンにやってくる援軍はありません」

「王都の総攻撃とは、どれほどの規模で?」

 と軍師が尋ねました。

「疾風部隊が八千、後方部隊が四千――総勢一万二千です」

 王都ディーラから遠い場所だということもあって、サータマンの司令官は気軽に答えます。それはトウガリがロムド城に報告したサータマン軍の規模とぴったり合っていました。

 これはジタン戦の援護などではないな、とメイの軍師は考えました。れっきとした侵略戦争です。敵に気づかれずに動ける闇の石を手に入れたサータマン王は、それを軍隊の他の部隊にも装備させて、念願だったロムド侵攻を始めたのです。抜け目のない王だ、と考えます。

 貴族の司令官は話し続けました。

「貴殿たちの話の通りだとしても、今目の前にいるロムド軍とドワーフの数は千百。援軍もすでに用心する必要はない。こちらも森へ総攻撃をかけて、敵を壊滅させましょう」

 さすがのメイの将軍も、これにはうなずくしかありませんでした。軍師も、ロムド軍には援軍が来ないという話に考え込みます。

 

 すると、突然天幕の中にメイの伝令が飛び込んできて報告しました。

「協議中、申し訳ございません。火急のお知らせです! ロムド軍からの脱走兵が、我々の陣営に逃げ込んでまいりました。将軍たちに会って話したいことがあると言っております!」

「ロムド軍からの脱走兵だと?」

 思いがけない知らせに、メイの将軍と軍師、そしてサータマンの司令官たちは、思わず顔を見合わせてしまいました――。

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