「サータマン軍がディーラの南に!? そんな馬鹿な!」
と青の魔法使いが声を上げました。
彼らがこれまで考えていたのは、ロムド国の西南のはずれにあるジタン山脈での戦いでした。山中にメイとサータマンの連合軍が陣取り、麓の森に潜む皇太子やドワーフ移住団たちとにらみ合っています。そこへ援軍を送る、送らないでもめていたところだったのに、まったく思いもよらない方角から敵襲の知らせが入ったのです。
ユギルは、ふいに自分の占いの真相に気がついて、愕然としました。
「これ――ですか。このために、占盤はワルラ将軍たちをディーラへ呼び戻せ、と――」
占盤にも魔法使いたちの目にも南からの新たな敵はまったく見えていませんでした。ジタンの敵同様、闇の石で隠された軍勢なのです。しかも、南からのサータマン軍は信じられないほどの規模でした。ジタンにいる部隊の実に十倍以上の人数です。
白の魔法使いが青ざめたまま言いました。
「サータマンの目的はディーラとこのロムド城です。我々がジタンに注目している隙に、ロムドの中心をたたいて乗っ取ろうとしたのです。ユギル殿が将軍たちを呼び戻していなければ――危なかった」
ワルラ将軍と将軍が率いる部隊は、ロムドの守備の要でした。それがジタンへ向かっていれば、敵の急襲に気づいて呼び戻しても、きっと間に合わなかったのです。
白の魔法使いは、きびきびと続けました。
「青、大急ぎでワルラ将軍に伝えろ。敵はサータマン軍の疾風部隊。まもなくディーラまでやってくる、と」
「承知」
と言って青の魔法使いは部屋から姿を消しました。別空間を通って将軍の元へ直接飛んだのです。
白の魔法使いはユギルにも言いました。
「私は城の魔法軍団を召集します。敵の数は半端ではない。この城を襲い、陛下のお命を奪うつもりです。魔法使いたちに城とディーラを守らせます」
空中からトネリコの杖を取り出し、床をひと突きすると、女神官の姿も消えていきました。後にはユギルだけが残されます。
ユギルは机の占盤に駆け寄りました。黒い大理石の円盤をのぞき込みます。……やはり、敵の姿は見えません。南からディーラへ突撃してくるという軍勢は、占盤にはまったく現れていないのです。トウガリ殿が見つけてくれなければどうなっていたのだろう、と思わず身のうちが寒くなります。
すると、ふいに窓の外からとどろくような声が上がりました。続いて激しい蹄の音が聞こえてきます。ユギルが驚いて窓の外を見ると、銀の鎧兜に身を包んだ軍勢が城の正門から外へ駆け出していくところでした。軍勢の先頭にひるがえっているのは、ワルラ将軍直属部隊の旗印です。
青の魔法使いが将軍に知らせに飛んでから、わずか五分ほどしかたっていません。そのあまりの素早さにユギルがまた驚いていると、部屋の扉が開いて誰かが入ってきました。銀の髪とひげに金の冠のロムド王です。後ろにはリーンズ宰相を従えています。
「ワルラ将軍が出撃したな。サータマンの軍勢はどこから現れた?」
と王に尋ねられて、ユギルは本当にびっくりしました。
「ご存じだったのですか、陛下!?」
すると、ロムド王が微笑しました。
「そなたは軍勢をディーラに呼び戻して守りにつかせろと言った、ユギル。そなたの占いはいつも正しい。そう言うからには、きっと敵がこのディーラを攻めてくるのに違いないと思ったのだ。今の情勢でディーラを攻めてくるとしたら、それはサータマンだ。しかも、サータマン軍は闇の力で隠されている。ワルラ将軍には、知らせがあればいつ何時でもただちに出動できるように、と命じてあったのだ」
ユギルは何も言えなくなりました。どんな状況でも強く自分を信じてくれる王に、感激を通り越して、畏敬の念さえ覚えます。
すると、リーンズ宰相が机の上に載った金の足輪と書状に気がつきました。伝書鳥は今は窓枠に留まっています。宰相は書状に目を通してから、それを王に渡しました。
「陛下、トウガリ殿からです」
「トウガリも同じことを思ったのだな。相変わらず読みの鋭い男だ」
と王は微笑したままで言い、すぐに書状を読み始めました。その顔がみるみる厳しくなっていきます。
「なるほど、闇の森を抜けてきたか……。先のミコンの事件の際に、聖なる光がこの近辺まで及んだからな。闇の森の怪物が消滅して、森を抜けられるようになっていたのだ。しかも、敵は我々の監視の目には映らない。トウガリが知らせてくれなければ、後手に回るところだった」
「いかがいたしましょう、陛下?」
と宰相が尋ねました。こちらも王都の攻防戦を予想して、非常に厳しい顔でいます。
「周辺の住人をディーラの中へ避難させ、町の門をすべて閉じよ。諸侯に敵襲を知らせて、街道はすべて封鎖。都と近郊にいる部隊にディーラを守らせよ。敵は総力を挙げてこの城を落とそうとしている。絶対に負けるわけにはいかぬ。――負ければ、ジタンでオリバンたちが勝っても、戻ってくる場所がなくなるからな」
王の最後の一言はユギルに向けたものでした。陛下、と言ったユギルへ、王は続けました。
「オリバンたちには金の石の勇者の一行がついている。定めに逆らって闇と戦う勇者たちだ。彼らを信じよう」
強く言い切って、王は部屋の出口に向かいました。
「来い。緊急の閣議を開くぞ。リーンズ、大臣たちを召集せよ」
「御意」
宰相が先に立って部屋を飛び出していきます。
部屋の窓の外では、まだワルラ将軍の率いる部隊が出動を続けていました。銀の鎧兜が日の光にきらめきながら、城門の外へ、城下町の外へと流れ出していきます。彼らはディーラの南でサータマン軍を迎え撃つのです。
時は三月の末日。まったく突然、ロムド国内で王都攻防戦が始まろうとしていました――。