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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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55.策

 「戦わずにジタンを取り戻す方法だと? どうやって?」

 とオリバンがフルートに聞き返し、疑うように続けました。

「まさか――おまえが願い石に願う、とか言うのではないだろうな?」

 仲間たちが、どきりとしたようにフルートを見ました。激しく泣きじゃくっていたポポロも、たちまち泣きやんで真っ青になります。

 フルートは首を振りました。

「違いますよ。メイ軍に自分から山を下りてもらうんです。正確には、山を下りないではいられないようにするんです」

 仲間たちは今度は目を丸くしました。ゼンが尋ねます。

「どうやって? ポポロだって、ジタンに恐怖の魔法をかけることはできなかったじゃねえか」

「魔法じゃない。策略を使うのさ。敵も味方も、誰も死ぬことなくジタンを取り戻すためにね」

 そう答えたフルートは、腕の中にまだポポロを抱きしめています。

 すると、ゴーリスが言いました。

「戦闘の中で最もうまい戦い方というのは、見事に敵を粉砕するような戦いのことじゃない。戦わずに相手に勝つことだ。戦えば、必ず敵にも味方にも被害が発生する。味方の被害は言うまでもないが、敵だって死傷者が出れば必ず恨みを持つようになるから、後々の争いの種になる。だから、優秀な軍師や司令官ほど、まず戦わずに相手に勝つ方法を考えようとするものだ。ワルラ将軍などはこれの名人だぞ。迫力と威圧感で、戦う前に敵を圧倒してしまうからな」

「それくらいは私も知っている――」

 憮然とした表情のままでオリバンは言いました。ゴーリスがフルートに賛同する形で自分を戒めたと気がついたのです。

「前にフルートたちには話したな。私だって、戦うことなくジタンを取り戻せるなら、それに越したことはないと思っているのだ。そして、フルートはそのための策を思いついたと言うのだな。よし、聞こう。どんな作戦だ」

 自分の非を認めて即座に態度を改められるのが、この皇太子の長所です。フルートはうなずいて話し始めました。

 

「ぼくは、メイ軍の方でこっちをどう思っているだろう、と考えたんです。もちろん、さっきの戦いで何十人も味方を殺されたわけだから、腹を立てていますよね。でも、それと同時に、不思議に思ってるはずなんですよ。ロムド軍はどうして自分たちを攻めてこないんだろう、って――」

「そりゃ当然だろう。こっちはたった百五十人だし、ポポロは今日の魔法を使い切っちまったんだから」

 とゼンが言ったので、フルートちょっと笑いました。

「そう。こっちにしてみれば、ジタンを攻めたくても攻められない、ってのが本音だ。でも、向こうにはそんなことはわからないんだよ。さっきだって、絶対にメイ軍を追撃していいはずの状況だったのに、雷を一発落としただけで、すぐにまた森に引き上げていったように見えたはずだ。どうしてそんなことをしたんだろう、何かわけがあるんだろうか、って絶対に考えているんだよ。あの慎重そうな軍師は、特にそうだと思う。だから、そこにもっともらしい答えを教えてあげるのさ――」

 もっともらしい答え? と一同が身を乗り出したので、フルートは声を潜めて説明をしました。やがて、全員は驚いたように身を起こしました。

「なるほど……それならば確かに敵は山を下りるかもしれませんな」

 と深緑の魔法使いが感心します。

「だが、その後はどうする? ジタンを無血開城させて、その後は?」

 とオリバンが山を城になぞらえて尋ねます。

「ポポロの魔法で地下の時の岩屋まで通路を開いて、移住団のドワーフに行ってもらいます。もちろん、食料や必要なものは持っていくんです。翌朝になれば通路は消えてしまうから、メイ軍が気がついて引き返して来ても、後を追ってくることはできません。時の岩屋は魔法で守られている場所だし、ドワーフは地下の民だから、そこから町作りを始めることができます。オリバンたちはジタンを離れて、改めて援軍を連れてきてください。五千とか、一万とか、できるだけ大勢の味方を連れてくるんです。圧倒的な数の差があれば、メイ軍もサータマン軍も戦闘を放棄して引き揚げるはずです」

「だが、ジタンの地下には怪物のおどろがいるだろうが。ドワーフが襲われるぞ」

 とゼンが心配すると、フルートはまた、にこりと笑いました。

「それも大丈夫だ。おどろは願い石を狙っている。願い石を持つぼくが、あいつを連れてジタンを離れればいいだけなんだから」

「おまえ! また自分を餌にして怪物を惹きつけようとしてやがるな――!? どうしてそう自分に危険な発想ばかりしやがんだよ、唐変木!」

 怒ったゼンに襟首をつかまれても、フルートは笑い続けていました。

「違うったら。ぼくが危険になるんじゃないよ。ぼくたちが、危険になるんだ。君たちのことも一緒に巻き込むからね。おどろを撒くまで、覚悟してつきあえよ」

 いたずらっぽい口調でそんなことを言うフルートに、仲間たちは思わず目を丸くしました。なんだかフルートの雰囲気が少し違うような気がします……。

「待て待て待て」

 とそこへ口をはさんできたのはラトムでした。

「敵をジタンから追っ払って、ドワーフが一気に地下に潜る。それはいいが、サータマン軍と一緒に俺の村のノームたちが来るのは変わらないんだぞ。連中は連中で山の上から魔金を掘り出して、利用してしまうぞ」

「それもぼくらが助け出すよ。なんだったら、おどろとサータマン軍を鉢合わせさせてもいいかもしれない」

 さらりとすごいことを言うフルートです。

 すると、ビョールが不思議そうに尋ねてきました。

「ノームは地面に潜ることができるだろう。何故その力でサータマン軍から逃げない?」

「このいまいましい足かせのせいだ!」

 とラトムは地面に座り込んでズボンをまくり上げて見せました。継ぎ目も鍵穴もない輪が両足首に現れます。ほう、とビョールが言いました。

「封じの足輪だな……。だが、このくらいならドワーフにも外せるぞ。俺は猟師だから無理だが、移住団のドワーフには鍛冶屋もいるから、そいつに頼んでやろう。おまえの仲間のノームたちも、ジタンに着いたところで助けてやる」

 驚き桃の木山椒の木! とラトムは誓いも忘れて思わず叫びました。

「ドワーフがノームを助けてくれると言うのか!? 本当に、本気でそんなことを言っているのか!?」

「他の里のドワーフたちがどうかは知らんが、俺たち北の峰のドワーフは、別にノームに恨みも偏見もないからな」

 とビョールがあっさり言い切ります。

 

 それじゃあ、さっそく、とラトムがビョールと一緒に行こうとすると、メールが言いました。

「待って。もう一つ大事なことを忘れてるよ――。デビルドラゴンは? メイやサータマンにはデビルドラゴンがついているんだよ。このジタンだって、あの竜の支配下にあるから、深緑の魔法使いは魔法が使えなくなっているんだろ? あいつがいて、そんなに計画通りに事が運ぶかい?」

「それも考えた」

 とフルートは答えました。落ち着いた声です。

「あいつは今回、誰かに取り憑いて魔王に変えているわけじゃない。メイとサータマンに闇の石と闇のドワーフを貸し与えて、自分の都合の良いように二つの国を動かそうとしているんだ。そして、奴はぼくらが本当は少数だと言うことを見抜けないでいる。つまり、デビルドラゴンはこのジタンにいるわけじゃなくて、どこか別の場所から闇の目を使っているんだよ」

 フルートの胸の上では金の石が光っていました。今この瞬間も、聖なる結界を彼らの周囲に張って、闇の監視から彼らの姿を隠し続けています。

 ふむ、と深緑の魔法使いが言いました。

「それは合点がいきますの。わしもロムド兵や移住団全員に、闇の目から見えなくなる魔法をかけた。北の峰を出発するときにかけたものじゃから、魔法を封じ込まれた今でも、その力だけは続いてますのじゃ」

「ワン、デビルドラゴンが直接ここに来ていたら、ユギルさんだって絶対に占いで気がつきましたよね」

「ポポロや私だって気配で感じたはずよ。デビルドラゴンが放つ闇の気配は桁外れだから」

 とポチとルルも言います。

 なるほど、とオリバンはうなずきました。

「この状況であれば、フルートの策がうまくいく可能性は高いな。――よし、やってみよう。ゴーラントス卿、兵たちに作戦の説明をしろ。ドワーフたちには私が説明しよう。先刻彼らに救ってもらった礼も、まだきちんと言っていなかったからな」

 オリバンが言っているのは、メイ軍に人質にされたときに、オリバンの命を救おうとドワーフ全員が武器を捨ててくれたことです。ビョールが微笑しました。

「人間のくせに本当に誠実で潔いな、王子。実に我々ドワーフ好みだ」

「ありがとう」

 とオリバンも笑顔になります。

 

 ところが、彼らがそれぞれに動き出そうとしたとき、見張りに立っていたロムド兵が血相を変えて飛んできました。

「殿下! ゴーラントス卿――!」

 馬から飛び下りながら叫びます。

「ジタンに西方から大軍が近づいています! その数およそ千! 装備の色は緑! サータマンの軍勢です!!」

 新たな敵の出現に、一同は顔色を変えました。メイに援軍が到着してしまったのです。

「ちっきしょう! よりにもよって、このタイミングで来やがったのかよ!」

 とゼンがわめくと、フルートが言いました。

「いいや。これはぼくらには不利にならない……。味方の動揺を抑えるんだ。この状況を利用して、サータマン軍も一緒に策にはめるぞ」

 きっぱりとそう言い切るフルートを、一同は驚いて見てしまいました。本当に、今までとどこか違って見えるフルートです。

 強い表情でジタン山脈の方向を見る少年は、片腕にまだお下げ髪の少女を抱き続けていました――。

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