「なるほど、この事件にはデビルドラゴンが絡んでいたのか――」
とオリバンがうなるように言いました。
森の奥です。他のロムド兵やドワーフたちから少し離れた場所で、オリバン、ゴーリス、深緑の魔法使い、ビョール、ラトムの五人の大人たちと、四人の勇者の少年少女たち、それに二匹の犬たちが円座して話し合っていました。フルートたちが時の岩屋で見てきたものを伝えたので、オリバンたちはようやく今回の一件の黒幕を知ったのでした。
メールが言いました。
「鏡の中でデビルドラゴンが、メイの女王はもう出兵を決めた、って言ってたんだよ。だから、このジタンにはメイ軍のほうが先に到着してたのさ」
ゴーリスがうなずきました。
「そういうことなら、ジタン高原に差しかかったときに闇の怪物たちが襲いかかってきたことも、合点がいくな。我々より先にメイ軍をジタン入りさせるために、我々を足止めしたんだ。魔鏡がデビルドラゴンに化けた理由も納得だ」
すると、フルートが考え込む顔で言いました。
「ぼくたちはその前に、ジタンの近くでメイ軍と遭遇してます。雪山越えをした後で。ぼくたちが来たことに気がついて、合流しないうちに移住団をたたく意図もあったんですよ」
「俺たちが間に合って追っ払ったけどな」
とゼンが得意そうに言って、生意気を言うな、と父親のビョールに叱られます。
「しかし、これは容易ならんことですわい」
と深緑の魔法使いが難しい顔で言いました。地面に座り込んだ魔法使いは、かたわらに自分の杖を置いています。
「わしはもうロムド城と連絡を取り合うことができなくなってますじゃ。デビルドラゴンがいるのであれば、それも納得がいきますが、わしらは本当にどこからの援助もなしで敵と戦わなくてはなりません。ポポロ様の魔法のおかげで、敵はわしらをまた大軍と思いこんでくれたでしょうが、実際にはわしらは百四十名ほどしかおりませんからの。しかも、わしの魔法はデビルドラゴンに封じ込まれている……。この状態で、どうやって敵を撃破します?」
「今、ジタンには約千名のメイ軍がいる。そこへ間もなくサータマン軍も到着する。それでおよそ二千だ。おまけにメイ軍には象戦車までいる。まったく、かなり厳しいな」
とオリバンがまたうなるように言い、座は沈黙になりました。
やがて、また話し出したのはゴーリスでした。
「この状況で一番良い策は、いったんこの地を離れて安全な場所まで退却することだ。メイ軍はまだこちらを大勢と思いこんでいる。その隙に東へ退却して、近隣の諸侯に呼びかけ、改めてロムド城にも援軍を呼びかけ、ジタン奪回を再開する。ワルラ将軍の援軍が城に戻ってしまった今、敵に勝つためにはこの方法しかない」
え!? と勇者の一行は驚きました。
「ワルラ将軍たちが城へ帰った? どうして!?」
彼らには初耳の事実だったのです。深緑の魔法使いが苦い顔で答えます。
「ユギル殿の占いで、そうするように、という予言があったそうですじゃ。なんのためにそんなことをしたのか、わしらにはさっぱりわかりませんがの」
フルートたちは顔を見合わせてしまいました。確かにこれは容易ならない事態でした。本当に、彼らはわずか百五十名足らずで二千の敵と戦わなくてはならないのです。
すると、ビョールが言いました。
「いくらそれが最善の策だと言われても、ドワーフたちは決して退却しないぞ。ジタンは我々の山だ。それを敵に占領されて見過ごすことは、ドワーフは決してしないからな」
頑固なまでのことばでした。
すると、ラトムも言いました。
「あまり時間をかけるのは得策じゃないと俺も思うぞ……。サータマン軍は俺の仲間たちを連れている。ジタン入りすれば、すぐに魔金の採掘を初めて、武器や防具の強化を始めるだろう。連中が魔金を装備した軍団になったら、本当に誰にも対抗することなどできなくなるぞ」
再び全員が考え込んでしまいます。
「我々は総勢約百五十名。そのうちロムド兵は三十名、ドワーフは百名弱、あとはドワーフ猟師が九名と、我々が八名という顔ぶれだ」
とオリバンが重々しく言いました。猟師の組頭のビョールのことは、ドワーフ猟師の方に数えています。
「フルートの金の石のおかげで、現在我々は全くの無傷だが、戦闘が始まってしまえば、その癒しの魔力を当てにすることはできない。しかも、ドワーフたちにはまともな武器や防具もない。この状況で千、二千の敵とまともに戦おうとすること自体、無謀の極みなのだ。だが――確かにラトムの言うとおりだな。このままでは敵がジタンの魔金を利用し始める。そうなれば、我々には本当に勝ち目がなくなる」
真剣な顔で考え込む皇太子に、ゴーリスが言いました。
「奇襲をしかけるしかないでしょうな。敵陣の中心をたたいて、メイ軍を一気に崩壊させるのです」
「具体的には?」
とオリバンが聞き返します。
「ロムド兵たちに後方から山を登らせ、山頂方向から一気に襲いかからせます。敵の周囲にはドワーフたちが潜む。山頂からの襲撃に敵陣が乱れた隙に、ドワーフたちが攻め込む作戦です」
「それ、難しいと思うわ。角犬がいるわよ」
と言ったのはルルでした。ポチも言います。
「ワン、メイ軍の陣営の周りは、犬の怪物の角犬が警戒してます。ゼンやメールも追いかけられて、やっとのことで逃げ切ったんです。周囲で待ち伏せしようとしても、きっと角犬に見つかっちゃいます」
フルートも言いました。
「メイ軍には軍師がいました。森から上る煙を見て、こっちが少人数だと見抜いたんですが、それが罠かもしれないと用心することも忘れていませんでした。すごく慎重で頭のいい人物です。きっと、山頂からの襲撃も予想して備えていると思いますよ」
それを聞いて、オリバンはいっそう真剣な顔になりました。
「そう言えば、メイにはかなり有能な軍師がいると聞いたことがあるな。名前は――チャスト、とか言ったか。それがジタンまで出てきていたのか」
また一同は沈黙します。
すると、ふいに深緑の魔法使いが杖をつかんで地面を殴りつけました。
「えい、まったく! 情けのうて涙が出てくるわい! 曲がりなりにも、わしはロムドの四大魔法使いじゃというのに、魔力を抑え込まれてこの有り様とは――! ロムド城と連絡を取って、白や青たちに援助を要請することもできん!」
「相手はデビルドラゴンだ。その力に対抗して魔法を使えるのは、それこそポポロぐらいのものだろう」
とゴーリスが低く言います。
すると、オリバンが急に顔を上げて、ポポロをまじまじと見ました。
「そうか、その手があった」
と、意味がわからずにいる魔法使いの少女へ身を乗り出します。
「ポポロ、おまえの魔法でジタン山のメイ軍を直接攻撃するのだ。デビルドラゴンにも、おまえの強力な魔法は防げない。その力でメイ軍の総司令官と軍師を殺せ。指揮官を失えば、千の軍勢も実力を発揮できなくなる。そこへ二度目のポポロの魔法攻撃を下してできるだけ多くの兵士を倒し、混乱に乗じて攻め込んで敵を壊滅させるのだ」
ポポロは真っ青になりました。魔法で人を殺せ、と言ってくる皇太子に、激しく頭を振ります。
「で……できません! そんなの……できないわ!」
大きな瞳があっという間に涙でいっぱいになってしまいますが、オリバンは容赦なく迫りました。
「何故だ!? できないはずはないだろう! あれほど強力な魔法が使えるのだ。風の犬で敵陣の上空へ行って攻撃することは可能なはずだぞ!」
「そんな……あたし……あたし……」
ポポロは声が出なくなりました。全身を激しい悪寒が走り抜けていきます。恐怖で真っ白になった頭の中に、遠い記憶がよみがえってきます。自分の魔法の暴走に、大勢の人たちを巻き込んでしまった場面です。怒った人々がポポロを批難する声が聞こえてきます。助けようと思った鳥や生き物を、強すぎる魔法で逆に死なせてしまったときの悲しみも、昨日のことのようにまざまざとよみがえってきます。
ポポロは自分の魔力の恐ろしさを知っていました。本当に、たった一度の魔法で簡単に大勢の命を奪ってしまえるのです。そんな自分が恐ろしくて、ポポロはずっと自分から逃げ回ってきました。こんな恐ろしい自分はこの世から消えてしまえばいい、とさえ思っていたのです。
つらい記憶に一気に襲われて、ポポロは、わあっと泣き出しました。顔をおおい、大声で泣きじゃくります。
オリバン! とメールやルルが鋭い声を上げました。フルートがポポロを抱きしめて言います。
「ポポロにそんな魔法は使わせません! 彼女の魔法は人を殺すためのものじゃないんだ!」
少女はフルートの腕の中で激しく泣き続けていました。それをいっそう強く抱きしめて、フルートは言い聞かせました。
「大丈夫だよ、ポポロ。大丈夫だ……。君にそんな怖い魔法は絶対に使わせないから……」
ゼンが、ふーっと溜息をつきました。
「無茶言うなって、オリバン。ポポロにそんな真似ができるわけねえだろ。魔法のとばっちりで俺たちを転ばせただけで泣くようなヤツなんだぞ。魔法で闇の怪物は倒せたって、人間は絶対に無理だ」
勇者たちから批難の集中砲火を浴びて、オリバンは憮然とした顔になりました。
「まったく、おまえたちは揃いも揃って……。これは戦闘なのだぞ。負ければ全員が死ぬ。ジタンを敵に奪われれば、世界までがデビルドラゴンに蹂躙されて地獄になる。それでもかまわんと言うのか?」
ポポロの泣き声がいっそう激しくなり、オリバン! とまた少女たちが怒ります。オリバンが苦々しい顔でにらみ返します。
すると、フルートがポポロを抱いたまま言いました。
「策はあります。戦わないでジタンを取り戻す方法が」
きっぱりとしたその声に、全員は驚いて少年を見ました――。