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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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52.人質

 武器を捨てなければ王子を殺すぞ、というメイの隊長の声に、戦場は突然静まりかえりました。敵も味方も思わず戦いを止めて、そちらを振り向きます。

 オリバンが敵に囲まれて武器を突きつけられていました。いつも皇太子を守ってきた剣が足下に落ちています。少しでも動けばたちまち切りつけられるので、拾い上げることができません。

 するとロムド兵が自分の剣を投げ捨てました。ガシャン、ガシャン、と金属音が響きます。オリバンはどなりました。

「武器を捨てるな、ロムド兵! 戦え!」

 けれども、オリバンは彼らの王子です。武器を捨てなければ王子を殺すと言われれば、彼らはそれに従うしかありません。

「申し訳ありません、殿下……」

 ゴーリスも悔しさに身震いしながら自分の大剣を投げ捨てました。

「よせ! 戦うのだ――!」

 声を上げるオリバンに、いっせいにまた剣が突きつけられます。

「おまえたちもだ、ドワーフ。抵抗をやめろ」

 とメイの隊長がまた言いました。戦場に緊張が走り、あたりがさらに静まりかえります。赤い髪とひげのドワーフたちは剣に囲まれたオリバンを見つめ続けます――。

 

 すると、突然一人のドワーフがつるはしを投げ捨てました。それが合図のように、次々とドワーフたちも武器を捨て始めます。槌、斧、棍棒……間に合わせの盾までが重い音を立てて地面に落ちます。

 オリバンは信じられないように目を見張りました。必死で叫びます。

「武器を捨てるな、ドワーフ! おまえたちが皆殺しにされるぞ!」

 すると、ビョールが言いました。

「従わなければおまえが殺される、王子」

 手にしていた山刀を地面に捨て、さらに背中の弓矢も外して投げ捨てます。

「馬鹿な……」

 オリバンは声を震わせました。あれほど勇敢で、どんな状況でも戦うことをやめなかったドワーフたちが、全員武器を捨てていました。敵の前に丸腰で立っています。

「こりゃあいい! 見上げたチビどもだ!」

 メイ兵の一人があざ笑って、目の前にいたビョールの顔を殴りました。ビョールは地面に倒れましたが、それでも抵抗はしません。

「馬鹿者!」

 とオリバンは思わずまたどなりました。

「戦え、ドワーフ! 敵は貴殿たちを生かしてはおかないぞ! 貴殿たちが死んだら誰がジタンを守るのだ! 戦え!!」

 けれども、やっぱりドワーフたちは戦おうとしませんでした。ビョールが地面から身を起こして言いました。

「ドワーフは決して友だちを見捨てないものなのだ、王子」

 人間の自分を友だちと言い切るドワーフに、オリバンは何も言えなくなりました。

「行け! ドワーフどもを殺せ!」

 隊長の命令にメイ兵がてんでにドワーフに駆け寄っていきました。ドワーフたちは逃げません。自分たちに振り下ろされようとする剣を、黙ってにらみつけています――。

 

 その時、出し抜けに森の奥から角笛の音が上がりました。

 ウポーー……ポォォォーー……!!!

 一つ二つではありません。何十という笛がいっせいに吹き鳴らされ、同時に雷のとどろくような音が響き始めます。驚く者たちの前に森の奥から姿を現したのは、銀の鎧兜で身を包んだ兵士の大軍でした。剣を構え馬を走らせて、雪崩のように押し寄せてきます。

「ロムド兵――!!?」

 人々は仰天しました。銀の鎧兜の大軍は、確かにロムドの紋章の盾を構え、ロムド軍の旗印を掲げていたのです。今森にいるメイ兵の数倍の規模です。メイ兵が浮き足だって後ずさります。

 メイ軍の隊長がどなりました。

「ええい、あれは魔法が生み出した幻の軍勢だ!! 本物ではない! 惑わされるな!!」

 そのことばにメイ兵が踏みとどまりました。本当だろうか? という目で押し寄せてくる敵を眺めます。その中から勇敢なメイ兵が飛び出していきました。

「俺が幻の正体を見破ってやる!」

 と言いながら馬を走らせ、銀の軍勢に切りかかっていきます。その剣は幻の軍勢を素通りするはずでした。

 

 ところが、次の瞬間、メイ兵の馬が血しぶきを上げて倒れました。先頭のロムド兵が馬に切りつけたのです。若いメイ兵が地面に投げ出されます。

 その両脇を銀の軍勢が駆け抜けていきました。何千という馬の蹄が大地にとどろき、森の木々をびりびりと震わせます。人の声、馬の息づかい、熱気と風――それは正真正銘の軍隊でした。幻などではありません。

「本物だ!!」

「本物のロムド軍だぞ!!」

 メイ軍は大混乱に陥りました。隊長も驚愕のあまり次の命令が下せません。その間にロムド兵は敵に襲いかかり、剣をふるい始めました。そこここでメイ兵の血しぶきと悲鳴が湧き起こります――。

 

 オリバンを囲むメイ兵たちも呆然とその光景を眺めていました。いきなり現れた敵軍に目を疑っていたのです。

 その隙をゴーリスは見逃しませんでした。投げ捨てた剣に飛びつき、雄叫びを上げて切りかかっていきます。オリバンに剣を突きつけていた兵士たちが、たちまち倒れます。

 とたんに、オリバンも動きました。頭を下げて足下の剣を拾うと、次の瞬間、その場から転がるように飛びのきます。メイ兵の剣が、たった今までオリバンのいた地面に突き刺さります。その兵士をオリバンが切り捨てます。

 ビョールも自分の山刀を拾ってメイ兵に切りかかりました。他のドワーフたちもいっせいにまたメイ兵に飛びかかっていきます。隙を突かれたメイ兵たちが、切られ、投げ飛ばされます。そこへも銀の大軍が押し寄せて来ます。

 

 周囲の敵を残らず倒して、ゴーリスはオリバンに駆け寄りました。

「殿下、お怪我は!?」

「ない。助かったぞ」

 とオリバンは答え、森で大暴れしているロムド兵に改めて驚きました。

「これはどこから駆けつけた味方なのだ。深緑が呼び出したのか?」

「いいえ、わしの魔法ではございませんですじゃ」

 と深緑の魔法使いが駆けつけて言いました。同じように驚いた顔で味方の軍勢を眺めています。

「敵に妨害されて、城とは通信することさえかなわずにおりました。ワルラ将軍が援軍を率いて到着していたとは、わしもまったく存じませんでしたじゃ」

 突然現れたロムド軍はメイ軍を追いたてていました。メイの隊長が声を枯らして叫んでいます。

「退却! 退却だ――! 山へ戻れ!」

 メイ兵が死にものぐるいで森を逃げ出していきます。それを銀の軍勢がさらに追いかけます。足の遅いドワーフや馬に乗っていなかったオリバンたちは、森に取り残されます。

 

 すると、彼らのすぐ近くで誰かが言いました。

「もうすぐ時間切れだ。一気に追い払ってくれ」

「ええ」

 少女の声がそれに答え、続けて細く澄んだ声が響きました。

「ローデローデリナミカローデ……エラーハオキテ!」

 とたんに、たった今まで明るかった空に暗雲が湧き起こりました。――あたりはいつの間にか夜明けを迎えていたのです。朝日に青みを増していく空がいきなり真っ暗になり、ピカリ、ピカリと雲間に稲光が走ります。

 と、雲から荒野の真ん中へ巨大な稲妻が降ってきました。あたり一面が目も開けられないほどまぶしく輝き、続けて、ドドドドーーン!!! とすさまじい音が大気と大地を揺るがします。

 稲妻の直撃をくらったメイ兵はいませんでした。稲妻のとどろきがおさまると、地面から跳ね起き、またジタン目ざして逃げ出します。全員が次の雷を警戒して頭を抱え、後ろも見ずに走っていきます。もし、誰かが後ろを振り向いたら、きっと驚いたことでしょう。たった今まで彼らを追いかけていたロムド軍が、煙のように消え失せていたのですから……。

 

 オリバン、ゴーリス、深緑の魔法使いの三人は、声のした方を振り向きました。森の奥から勇者の一行が現れます。

「ゴーリス、オリバン――! 無事ですか!?」

 とフルートが駆け寄ってきました。兜の下の金髪が濡れてしずくを落としています。ゼン、メール、ポポロ、ポチとルル、そしてラトムも走ってきます。何故か全員がずぶ濡れです。

 オリバンは驚きながら言いました。

「今のはポポロの魔法か? あのロムド軍も――? どうやったのだ」

 その無事な姿に、にこりと笑顔になってから、フルートは答えました。

「ポポロに幻の軍勢を出してもらっただけです。でも、ポポロが幻を出そうとすると、いつも本物になるから、きっとこうなるだろうと思ったんです」

「二、三分しか出せねえ軍勢だから、時間内に追い払えるか、ひやひやもんだったぜ」

 とゼンも言います。

「よくやったね、ポポロ」

 とメールに肩を抱かれて、ポポロが恥ずかしそうにほほえみました。華奢で小柄な、本当にかわいらしい姿の少女です。その服も赤いお下げ髪も、すっかり水に濡れています――。

 オリバンたちは、ただただ呆気にとられて一行を見つめてしまいました。

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