森はまた大混戦になりました。馬に乗ったメイ兵がドワーフを追いかけ、追いついて剣で切りつけます。
「いかん!」
ビョールは走り鳥から下り、仲間の猟師たちと最前列に飛び出しました。この状態で弓矢は使えません。山刀を抜いてメイ兵と斬り合います。怪力のドワーフたちですが、戦闘は伎倆が大きく関係してきます。隙を突かれて猟師たちまで傷を負います。
メイ兵が馬上から振り下ろした剣を、ビョールは刀で受け止めました。兵士の剣がびくともしなくなりますが、そこに背後から別の兵士が切りつけてきました。ビョールの毛皮の上着が切り裂かれ、鮮血が飛び散ります。ビョールはうなって刀を後ろへ振りました。鎧の脇腹に刀を食らって、兵士が吹っ飛びます。
ビョールの目の前で敵がまた剣を振りかざしていました。赤い兜の下で兵士の目がほくそ笑みます。
「生意気なドワーフども! 地面のウジ虫らしく土を食らえ!」 悪口と共に頭上へ剣を振り下ろそうとします。ビョールは刀を戻して受け止めることができません。
ところが、メイ兵の一撃はやってきませんでした。
ほくそ笑んでいた兵士の目が、大きく見開かれます。信じられないように見下ろしたのは自分の腹でした。鎧の隙間から剣の切っ先が突き出ています――。
すると、剣が消えていきました。後ろから引き抜かれたのです。とたんにメイ兵はうめき声を上げ、血をまき散らしながら馬から転げ落ちました。その後ろに立っていたのは、馬にまたがったオリバンでした。血に濡れた大剣を握っています。
「彼らを侮辱することは許さん! 自らの命をもってあがなえ!」
雷のような怒声と共に剣を振り下ろし、メイ兵の首を跳ね飛ばします。
驚いて見上げるビョールに、オリバンは言いました。
「まったく、ドワーフというのはすごい種族だな。その身ひとつで正規軍と真っ正面から戦おうとするのだから、勇敢すぎて怖いくらいだぞ」
「助けに来たのか? ドワーフの俺たちを?」
とさらに驚くビョールへ、オリバンは口を尖らせました。そんな表情をすると、少し年相応に見える皇太子です。
「見くびるな。友人を大切にするのは、なにもドワーフばかりじゃない――」
そして、ロムドの皇太子は馬上で突然声を上げました。
「出ろ、ロムド兵! ドワーフに我々の誠意を見せてやれ!」
とたんに、おおおーっと声が上がり、木立の陰から銀の鎧兜の兵士たちが飛び出してきました。先頭に立つのは黒い鎧兜のゴーリスです。あっという間に何人ものメイ兵を切り伏せます。それにロムド兵たちが続き、ドワーフを守って激しい斬り合いを始めます。
ビョールが呆然とそれを見ていると、ふいにその背中に誰かが触れました。傷の激痛に思わず飛び上がりますが、痛みがたちまち弱まったので振り向くと、深緑の長衣を着た老人が立っていました。
「とりあえず傷をふさいで血を止めましたじゃ。人間なら即座に卒倒するほどの深手でしたぞ。これでよく立って動いていたもんじゃ」
あきれながら感心する魔法使いに、ビョールは短く笑いました。
「ドワーフは頑丈が取り柄だからな」
メイ軍との戦闘が始まってから初めて見せた笑顔でした。
周囲のドワーフたちにも傷の応急処置を施してから、深緑の魔法使いは戦場へ鋭い目を向けました。
「さきほど、敵の隊長のことばが聞こえましたじゃ。どうやらわしらの本当の規模がメイにばれてしまったようですな。それでメイが攻撃をしかけてきたんですじゃ」
勇敢に戦っていますが、ロムド兵はわずか三十騎です。メイ軍の方は、落とし穴などで数が減っても、まだ三倍以上の人数がいます。ロムド兵の突然の出現に驚き乱れていた陣営も、時間と共に統制を取り戻しつつありました。
「これ以上、戦闘を長引かせるのはまずいな。敵を追い払えるか?」
とオリバンが尋ねます。
「新鮮みはありませんが、大軍とキマイラの幻を見せましょう」
と深緑の魔法使いは答え、杖を握り直しました。空中にかざして、気合いを込めた声を上げます。
「出でよ――!」
森の中に銀の鎧兜の大軍と、ライオンやヤギをつなぎ合わせた怪物が姿を現します。
ところが、幻はすぐに揺らぎ、薄れて消えていってしまいました。オリバンたちが驚いていると、深緑の魔法使いはすさまじい目で宙をにらみつけ、どん、と地面を杖で突きました。空間がかげろうのように揺らめきますが、やっぱまた落ち着いてしまいます。幻は現れません。
「魔法が発動しません……敵の妨害ですじゃ!」
オリバンはうなりました。
「こちらのからくりはすべて見破られたか。しかたない、戦って追い返す。おまえたちは危険のない場所に下がっていろ」
と言い残すと、剣を握り直して戦場に飛び込んでいきます。大剣が振り回されるたびに、オリバンの馬の周囲でメイ兵が倒れていきます。
ビョールがその後を追って駆け出しました。木陰伝いに敵に近づき、至近距離からメイの軍馬に矢を射かけます。馬がいなないて兵士を振り落とすと、そこへ他のドワーフたちが飛びかかっていきました。ドワーフは、ロムド兵が駆けつけてきても、守られてばかりはいなかったのです。太い腕で敵へ槌やつるはしを振り下ろします――。
深緑の魔法使いは杖を握る手を怒りに震わせていました。魔法はすべて得体の知れない力に封じられています。幻だけでなく、攻撃の魔法も守備の魔法も、あらゆる魔法が使えなくなっていたのです。
目の前の森では激しい戦闘が続いていました。ロムド兵とメイ兵が切り結び、ドワーフが隙を見てメイ兵に飛びかかっていきます。ドワーフたちは、鈍重そうな見た目によらず動きが機敏です。メイ兵の間合いに飛び込むと、そのまま力任せに兵士を殴り倒してしまいます。そんなドワーフにメイ兵が数人がかりで襲いかかります。それを守って、ロムド兵が剣をふるいます――。
けれども、どれほど勇敢に戦っても、敵とこちらの間には埋めようのない戦力の差がありました。ゴーリスやオリバンの周りでは敵も次々に倒れますが、戦局全体としては、移住団やロムド兵たちが押されているのです。ドワーフたちが敵の剣にまた負傷し、ロムド兵が軍馬をやられて投げ出されます。
「まずいぞ。こりゃ絶対にまずい」
と深緑の魔法使いはつぶやきました。しわが深く刻まれた顔は蒼白になっています。このまま戦っていては、味方に甚大な被害が出ます。しかも、森の上空が白んできていました。夜明けが近づいているのです。明るくなれば、ジタンの敵陣から戦闘の様子がわかってしまいます。こちらが苦戦している様子を見れば、ジタンからさらに大軍が押し寄せてくるのは間違いありません。
深緑の魔法使いは声を上げました。
「白! 白、返事をせい――! 青、赤、聞こえんか!?」
と遠いロムド城の仲間へ救援を求めます。
ところが、まるで何かにさえぎられるように、その声が途中で消え失せました。心の通信まで妨害されているのです。
「なんということじゃ」
と深緑の魔法使いは青ざめた唇を震わせました。そのすぐ目の前で、ドワーフがまた一人敵の剣に切り倒されます――。
ゴーリスは目の前の敵を切り伏せ、あえぎながら戦場を見回しました。兜の中で汗が顔を流れ落ちていきますが、それを拭いている余裕はありません。彼が乗った軍馬も汗びっしょりで全身から湯気を立てています。ゴーリスの剣は、もう何人の敵を切り倒したかわかりません。けれども、敵はまだまだいるのです。
一度は彼らに有利に動いていた戦況が、また敵の優勢に変わり始めていました。ロムド兵やドワーフたちが、次第に応戦一方になっています。攻撃の隙が見つけられなくなってきたのです。
オリバンがドワーフを守ってメイ兵と戦っていました。三人を同時に相手にしています。すると、横手からいきなり新たな敵が現れました。馬に乗り、手に槍を構えています。鎧の脇腹に強烈な一撃を食らって、オリバンが落馬します。
「殿下――!!」
ゴーリスは叫んで駆け出し、次の瞬間後悔しました。思わず上げてしまった声が、敵にオリバンの正体を教えてしまったのです。
オリバンと戦っていた兵士たちが戦場に声を上げます。
「いたぞ!! こいつがロムドの皇太子だ――!!」
ゴーリスは自分を呪いながらオリバンの前に飛び出しました。敵の剣を受け止めて跳ね返します。が、別の方向からまた槍が突き出されてきました。オリバンを貫こうとします。
とたんにオリバンに守られていたドワーフが飛び出しました。槍を素手でつかんで力任せに引くと、兵士が馬から転げ落ちてきます。そこへ新たな剣が飛んできました。ドワーフが切られて倒れます。
「やめろ!」
とオリバンは跳ね起きました。ドワーフに振り下ろされたとどめの剣を、かろうじて受け止めて返します。
すると、そこへまた別のメイ兵が襲いかかってきました。オリバンよりさらに大柄な兵士です。ロムドの皇太子だ、という声に敵が続々と集まっているのです。その一撃を受け止めたとたん、衝撃で剣を持つオリバンの手がしびれ、思わず剣を取り落としてしまいました。
「殿下!」
ゴーリスは振り返ってオリバンを守ろうとしました。
けれども、それより早く剣がオリバンに突きつけられました。槍や他の兵士たちの剣も、いっせいにオリバンに向けられます。
身動きが取れなくなったオリバンたちを見て、メイ軍の隊長が声を上げました。
「武器を捨てろ、ロムド軍、ドワーフども! さもなければ、王子を殺すぞ――!」