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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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50.夜襲

 夜空に半月が上っていました。静まりかえった森を照らします。

 森の外れで警戒に当たっていた二人の男が、ふいに、はっとしたように顔を上げました。走り鳥に乗ったドワーフ猟師たちです。月の光が二人の赤い髪とひげを照らします。

 ジタン山脈の方角から蹄の音が聞こえていました。遠い雷鳴のようです。土煙が薄く上がっています。

「来たぞ! みんなに知らせろ!」

 と一人に言われて、もう一人が走り鳥で森へ駆け込んでいきました。最初のドワーフは逆に土煙の方へ駆け出していきます。間もなく、土煙の中に人の姿が見えてきました。赤い鎧兜を着た兵士たちが馬で山を駆け下り、森へ向かってくるのが、夜目の利くドワーフには、はっきりとわかります。人数は、ざっと百人ほどです。メイの軍勢でした。

 ドワーフの猟師はあわてて走り鳥を方向転換させました。森に向かって逃げ出します。その姿をメイ兵が見つけました。

「いたぞ!」

「ドワーフだ!」

 口々に叫び、ドワーフ猟師めがけて突進してきます。走り鳥は必死で逃げますが、その差がどんどん縮まって追いつかれてしまいます。

 騎兵たちは剣を抜きました。先頭の兵士たちが猟師へ剣を振り下ろします。ピイ! と走り鳥が叫んでそれをかわし、森の中へと駆け込みます。

 

 メイ兵が追って森に飛び込むと、とたんに何本もの矢が飛んできました。先頭の馬が体に矢を受けていななき、乗っていた兵士が振り落とされます。他の馬たちも棒立ちになります。森の奥の暗がりでは数人のドワーフたちが弓を構えていました。もう次の矢をつがえて放ってきます。

 メイ軍の隊長が叫びました。

「馬を下りろ! 盾を構えて矢を防げ!」

 そこで兵士たちは馬を飛び下り、盾を前にかざしました。十文字の上に城を配したメイの紋章が描かれています。矢が盾や鎧兜に跳ね返されて地面に落ちます。

 すると、矢の攻撃が突然やみ、同じ暗がりから太い声が上がりました。ずんぐりした体つきの男たちが数十人、飛び出してきたのです。ドワーフたちでした。メイ兵へまっしぐらに飛びかかっていきます。

 後ろの方から声が上がりました。

「行け! 人間どもの手からジタンを取り戻すんだ!」

 弓を構えたドワーフたちの中に、一回り体の大きな猟師がいて、走り鳥の上から仲間に呼びかけていました。その髪とひげは他のドワーフとは異なった茶色をしています。

 たちまち戦闘が始まりました。

 鎧兜で身を包む兵士たちに比べて、ドワーフたちはほとんどなんの装備もしていません。防具は左手に持った盾だけですが、それも金属の板に簡単な取っ手をつけただけの、間に合わせの代物です。武器に至っては剣もなく、手に手に棍棒やつるはし、斧などを握っていました。

 隊長がまた叫びました。

「ドワーフ自らが戦いに出てきているぞ! やはり敵は少数だったのだ!」

 彼らは将軍や軍師たちから敵が非常に少人数だと聞かされていました。それでも、ここに来るまでは半信半疑だったのですが、ロムド兵が姿を現さず、ドワーフがあり合わせの武器で戦っているのを見て、そのことばを確信したのでした。

 

 メイ兵たちは勢いづきました。雄叫びを上げ、剣を振りかざして切りかかっていきます。人間たちより背が低いドワーフは、切りつけるには格好の相手です。

 その剣をドワーフたちは盾でがっちりと受け止めました。そのまま跳ね返し、逆に相手に襲いかかります。棍棒や斧でも、ドワーフの怪力で振り下ろされれば、すさまじい破壊力を持ちます。メイ兵は鎧兜ごと殴り倒されて地面に倒れました。

「一人ずつでかかるな! 数人で戦え!」

 とまた隊長が命じます。怪力のドワーフには必ず複数で相手をするように、と軍師からも言われていたのです。

 たちまちドワーフの悲鳴が上がりました。ドワーフたちはごく普通の布の服を着ているだけです。メイ兵の剣に、あっという間に数人の背中や肩が血に染まります。

 けれども、ドワーフは頑強でした。負傷しても決して引きません。また大声を上げてメイ兵に襲いかかっていきます。斧で兵士の盾をたたき割り、棍棒で兵士たちを殴り倒していきます。その迫力に、戦闘のプロである兵士たちの方が、思わずたじたじとなります。

 すると、また隊長の命令が響きました。

「退け!」

 すると、メイ兵はたちまち戦闘を放棄して大きく退きました。後にはとまどうドワーフたちが残されます。そこへ、メイ軍の後方から矢が飛んできました。ドワーフたちが矢を受けてまた悲鳴を上げます。

 

「下がれ! 下がるんだ!」

 茶色の髪とひげのドワーフが鳥の上からどなっていました。他の猟師たちがメイ軍に向かって矢を放ち始めます。矢と矢が応酬される中、ドワーフたちは必死で逃げ出しました。その背中にも矢が突き刺さりますが、ドワーフは倒れません。血を流しながら退却して、森の奥へと駆け込んでいきます。

「追え! 連中を全滅させるのだ!」

 という隊長の声にメイ兵たちはまた突撃を開始しました。剣を振り上げ、後を追います。その数はおよそ百名、ドワーフたちの倍以上です。ドワーフたちはまた悲鳴を上げました。森のできるだけ暗い場所へ逃げ込もうとします。矢を放っていた猟師たちまでが、なし崩しになって逃げ出します。

 一人後に残っていた茶色のドワーフが、猟師仲間にどなり続けていました。

「逃げるな! みんなを援護しろ!」

 けれども、臆病風に吹かれてしまった猟師たちは立ち止まりません。鳥に乗ったまま、たちまち森の中へ姿を消してしまいます。

 すると、茶色いドワーフめがけてメイ軍から矢が飛んできました。かろうじてそれをかわしたドワーフは、歯ぎしりして鳥の手綱を引きました。鳥が頭を巡らして、森の奥へ駆け込んでいきます。

 ドワーフの指揮官までが逃げ出したので、メイ軍は完全に勢いづきました。ドワーフどもを倒せ! 全滅させろ! と口々にどなり、逃げるドワーフに追いついてとどめを刺そうとします。

 

 すると、その足下でいきなり大地が崩れました。重い鎧兜を着た兵士たちが、吸い込まれるように地面に呑まれます。暗い森の中です。後続の兵士たちも、次々に地面に消えていきます。そこには横に長い溝が隠されていました。深さは二メートル以上もあって、落ち込んだ兵士たちは折り重なって動けなくなってしまいます。

「こしゃくな! 落とし穴か!」

 メイ兵たちはドワーフたちが駆け抜けた痕を見つけて、落とし穴を越えていきました。再びドワーフに追いつきますが、そこでもまた地面が陥没して、十数人が呑み込まれます。兵士たちは思わず二の足を踏みました。目の前の森が、至るところ落とし穴だらけだということに気がついたのです。

 とたんに、周囲の森からすさまじい声が上がりました。新たなドワーフたちが兵士たちを取り囲んでいました。音を立てて岩が飛んできます。人間にはとても持ち上げられないような岩の塊を、ドワーフたちは軽々と持ち上げ、まるで小石のように投げつけてくるのです。兵士たちは岩つぶてから逃げまどい、そのあげくにまた落とし穴に落ち込みました――。

 

 その様子を走り鳥の上から眺めて、茶色のドワーフが言いました。

「人間相手にはだます作戦が効く、か。本当だな」

 ビョールでした。隣に立った仲間の猟師が言います。

「先に掘っておいた塹壕が役に立ったな。だが、走り鳥をわざとゆっくり走らせて森に誘い込むのは、けっこう大変だったぞ」

「ご苦労、グード」

 とビョールが短く言います。

 

 森の中では再び激しい戦いが始まっていました。その場に集まっているのは移住団のドワーフ全員です。防具などなにもつけていない状態で、恐れることもなく敵兵に飛びかかり、斧やつるはし、果ては素手で殴り飛ばしていきます。倒れた兵士は片端から塹壕の落とし穴に放り込みます。その穴の中へも、岩が雨あられと投げ込まれます。森に響き渡るのは、兵士たちの悲鳴と怒声でした。

 すると、最後尾にいた兵士たちの中から弓弦の音が上がりました。落とし穴には近づかずに、矢を射かけ始めたのです。矢は敵味方が入り乱れる戦場に飛び込んできました。ドワーフに当たることもありますが、それと同じくらいの数が、味方の兵士にも当たります。

「人間は馬鹿だな。暗くなると目が見えなくなるくせに、矢を撃っているぞ」

 とグードがあきれました。ビョールは後ろに控える猟師たちを振り向きました。臆病風に吹かれて逃げたと見えたのは演技です。全員が走り鳥に乗ってそこに並んでいました。

「弓矢を持った奴だけ狙え。こっちの正確さを見せつけてやるんだ」

 よし、と猟師たちが前に出ました。たちまち矢が飛び始めます。茶色の羽根の矢が弓を持つ兵士たちの鎧に当たり、隙間に突き刺さってまた悲鳴が上がります。

 暗い森の中で正確に矢を命中させてくるドワーフ猟師たちに、メイ兵たちは本当に恐怖を感じました。他のドワーフたちも怪力にものを言わせて暴れ回っています。重い鎧兜を着た兵士が子どものように持ち上げられ、勢いよく地面にたたきつけられます――。ついにメイ兵は戦意を失い、落とし穴の中でうめく仲間たちを見捨てて森を逃げ出しました。

「追え! 敵を逃がすな!」

 と再びビョールが声を上げました。ドワーフたちがいっせいに兵士たちの後を追いかけていきます。先刻とは正反対の構図です。逃げる兵士の中にはメイ軍の隊長もいました。

「なにが敵は少人数で、ドワーフどもは戦いを知らないでくの坊だ――! 敵の勢力を確かめるために我々をはめたな、軍師!」

 と呪うように味方をののしります。

 

 メイ軍の兵士たちは森から荒野へ飛び出そうとしました。そこには自分たちの馬が待っています。ほうほうの体でジタン山脈へ逃げようとします。

 すると、突然森の外から鬨の声が上がりました。ジャーン、ジャーンと銅鑼(どら)の音も響き渡ります。それを聞いたとたん、遁走していた兵士たちは立ち止まりました。

「味方だ――!」

「援軍だぞ!!」

 と歓声を上げます。それはメイ軍の銅鑼の音だったのです。

 数十名の兵士たちが馬で森へ駆け込んできました。逃げてきたメイ兵たちを追い越して、追ってくるドワーフたちの前に出ます。メイの将軍と軍師は、森に突入させた部隊の後ろに、念のため、もう一つの部隊を待機させていたのでした。

「ドワーフだぞ! 皆殺しにしろ!」

 新たな兵士たちは声を上げ、立ちすくんだドワーフたちへいっせいに襲いかかっていきました――。

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