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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第14章 窮地

49.水脈

 ジタン山脈の地下深くに存在する時の岩屋。オパールでできた壁には、黒大理石の床から天井まで、何万枚もの鏡が並んでいます。

 そのほとんどが灰色のガラスに変わって沈黙する中で、一枚の鏡だけが鮮やかに人物を映し出していました。ジタンの山中で、崖の上から麓の森を見下ろす二人の男です。彼らはジタンを占領するメイ軍の指揮官と軍師でした。森に潜むロムド軍とドワーフたちが実は非常に少人数だと見抜いた軍師に、ほう、と将軍が声を上げます。

「それは非常に面白いな。そうであるなら、サータマンの援軍など待つ必要はない。一気に森を攻めて連中を壊滅させてやろう。ロムドの皇太子を人質にとれば、ジタンは苦もなく我々のものだ。サータマンに分け前をやる必要もなくなる」

 けれども、口ではそう言いながらも、将軍はすぐには動き出しませんでした。慎重な目で軍師を見ます。

「で――どうなのだ? これが敵の罠だという可能性はないのか? わざと火を焚かずにおいて、少数と見て討ちに出て行った我々を待ち伏せている、とことは考えられないか?」

「確かに、その可能性はありますな」

 と軍師は素直に認めました。ロムド軍が非常に統制の取れた、知略にも優れた軍勢であることは、大陸中に知れ渡っていたのです。

「一つ試してみましょう、将軍。部隊をあの森へ差し向けてみるのです。連中が本当はどれほどの規模のものであるのか、それですぐに知ることができます――」

 

 フルートたちは鏡の前で真っ青な顔を見合わせました。

「やべえぞ! 移住団がメイ軍に襲撃される!」

 とゼンがどなると、メールも声を上げました。

「連中が襲撃を決めて、どのくらいたつのさ!? 今、何時頃なんだい!?」

 地下の岩屋からは空が見えないので、今の時間を知ることができません。ポポロはじっと頭上を見上げると、やがてこう言いました。

「夜の空に半月が出てきたところよ……。たぶん、九時くらいだわ」

「ワン、これは夕方の場面です。ってことは、もう三、四時間はたってるってことだ!」

「メイ軍は今夜にも襲撃しそうじゃないの! 明日までなんて待てないわよ!」

 とポチとルルも言います。

 フルートは青ざめたまま鏡を見つめました。メイの将軍と軍師が声を潜めて打ち合わせています。確かに、一刻の猶予もならない様子です。――が、自分たちは夜明けが来るまでこの岩屋を出ることができないのです。オリバンたちに襲撃を知らせることもできません。どうしたらいいんだ? と必死で考え続けますが、方法は思いつけません。

 

 すると、あわてふためく彼らのかたわらで、願い石の精霊がつぶやくように言いました。

「大地は常に何かを隠しているものだ。探し求めれば、見つけることもできるかもしれぬな」

 フルートは精霊を見上げました。それってどういうこと? と聞き返そうとしましたが、それより早く精霊は姿を消してしまいました。同時に、メイの将軍たちを映す鏡も灰色になります。

「大地は何かを隠している……?」

 フルートは精霊のことばを繰り返しました。謎めいていて、意味がわかりません。

 すると、ラトムが、ふむ、と言いました。

「大地が隠しているものを探すなら、俺たちノームが最適だぞ。どれ、何かあるか調べてやろう」

 と地面に横になって大理石の床に耳を押し当て、少しの間、聞き耳を立てます。

「水の音だな。この下から聞こえてくる。地下水脈が真下を通っているんだろう」

 地下水脈? と聞き返したメールに、ゼンが言いました。

「地面の中にも地上と同じように川が流れてんだよ。岩の隙間を通ってるんだ。そういうのが地底湖を作っていることもあるし、時々地上に姿を現すこともある――」

 そこまで言って、ゼンは、はっとしました。フルートたちも、あっと声を上げます。

 ラトムが立ち上がって言いました。

「俺たちノームは地面の中の様子を知る目と耳を持っている。目の方は地面に潜らないと効かないから、今は使えないが、音の方はここからでもわかる。どうもすぐそばを地下水脈が流れているようだな。ひょっとすると、地上まで流れているのかもしれん」

 もっとも、それが見つかったって俺たちには脱出できないがな、とノームが苦笑いの顔になると、フルートたちは強くさえぎりました。

「いいえ、できます! ぼくらは水の中を行けるんです!」

「ワン、ぼくたちは人魚の涙を飲んでいるから!」

「あたいはそんなの飲まなくたって、初めから水の中は平気だよ。海の民だもんね」

 とメールが笑います。ずっとおびえた顔をしていた彼女が、久しぶりで自信に充ちた表情に戻っていました。

 

 ラトムはあきれて言いました。

「だが、この水脈が本当に地上に出るかどうかはわからないんだぞ。えらく長い距離を遠回りしていて、水が実際に地上に姿を現すまでに何十年とかかるものも多いんだ。それでも探すというのか?」

 すると、フルートが言いました。

「無理だとあきらめてしまったら、その時点でもうこっちの負けなんです。どんなに不可能に見えることでも、少しでも可能性があるなら、やってみなくちゃいけないんだ。――オリバンたちのところへ行くのに他に方法はない。地下水脈を探せ、みんな! きっと、どこかにあるはずだ!」

 強い強い声でした。おう、と仲間たちが答えて、いっせいに岩屋のあちこちへ走っていきます。

 やれやれ、とラトムは座り込みました。少年少女や犬たちが岩壁の陰や奥の暗がりを探し回るのを、ほおづえで眺めます。地下をあれほど怖がっていたメールでさえ、懸命に狭い暗がりをのぞいていました。その顔色は真っ青ですが、歯を食いしばってこらえています――。

 ラトムは舌打ちしてまた立ち上がりました。

「まったく、なにを見当違いな場所ばかり探しているんだ。水の音はこっちに向かっているんだぞ……」

 とぶつぶつ言うと、小さな体で岩屋の一角へと駆け出しました。

「おまえたち、こっちへ来い! 地下水脈はこっちだ――!」

 

 それは岩屋の片隅にありました。暗がりの中、ごうごうと音を立てて水が岩のトンネルから流れ出し、またすぐに岩の中のトンネルへ姿を消しています。ほんの数メートルだけ岩屋のかたわらに姿を現している、地底の川でした。

 川岸までの床が短い階段になっているのを見て、ゼンが言いました。

「ここは時のじっちゃんの水汲み場だったのかもしれねえな」

「やっぱりここもトンネルなのかぁ」

 とメールがうんざりした顔になりましたが、もうトンネルはいやだ、とは言いませんでした。

「これ、本当に地上につながっているのかしら。ポポロ、わかる?」

 とルルに聞かれて、お下げ髪の少女は遠い目でトンネルの行く手を眺めました。

「……わからないわ。かなりの距離があるし、曲がりくねっているから……。追いかけてもいいけれど、時間がかかると思うわ」

「いい。一分一秒も惜しいんだ。願い石のことばを信じよう」

 とフルートはまた強く言い、全員を見回しました。

「流れはかなり急だ。みんな、はぐれるなよ」

 おう、と全員はまた返事をしましたが、とたんにポチが声を上げました。

「ワン、フルート、ラトムは――? ラトムだけは水の中を進めませんよ!」

 フルートたちは、ようやくその事実に気がつきました。全員にいっせいに振り向かれて、ノームは苦笑いしました。

「早くしなけりゃ間に合わないんだ。いいから、俺のことは気にしないで行け。なぁに、俺はノームだ。地下は慣れっこさ」

 けれども、ラトムは地面を潜る能力を魔法の足輪で封じられていて、この場所から移動していくことができません。食べるものも何もない場所に、一人取り残されることになるのです。少年少女たちは青くなります……。

 

 フルートは声を上げました。

「金の石!」

 呼ばれてたちまち金色の少年が姿を現しました。同時にノームへ手を伸ばします。とたんに、淡い金の光がラトムの周りに集まって、ぼうっと輝くボールを作りました。

 驚くフルートたちに、金の石の精霊は肩をすくめて見せました。

「どうせ君たちが言うことはわかっている。ラトムを無事に一緒に連れていってくれ、と言いたいんだろう? この光の中にいれば、ラトムが溺れることはない。一緒に君たちと水脈の中を行けるよ。ただ、こういう流れにはよく水魔が棲みついているものだ。ラトムを守っていると、ぼくはそっちにまでは手が回らなくなるから、充分気をつけるんだぞ」

 フルートたちはたちまち笑顔になり、ありがとう! と声を揃えました。精霊の少年がまた肩をすくめます――。

 

 水音を立てて、彼らは流れに飛び込んでいきました。ゼン、メール、ポポロ、二匹の犬たち、そして金の光に包まれたラトムを抱えたフルート、金の石の精霊……。精霊だけは水に飛び込んでも音もしぶきも上がりません。

 地底の川は大きな水音を立てながらトンネルに流れ込み、地中へ見えなくなっていました。一行も、流れに乗ってトンネルの中へと消えていきます。

 再び訪れた暗闇の中に、誰もいなくなった時の岩屋だけが残されました――。

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