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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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47.おどろ

 ジタン襲撃の真相を知って、勇者の一行は憤りました。

 フルートが全員に言います。

「一刻も早くオリバンやゴーリスたちに知らせよう。黒幕がデビルドラゴンなら、ロムド城から援軍が来てもかなわない。作戦を立てないと――!」

 ごうっと音を立てて、ポチとルルが風の犬に変身しました。時の岩屋の中に異国の竜のような体を長々と伸ばして呼びかけます。

「ワン、早く乗ってください」

「ポポロ、魔法で地上まで通路を作って! 飛んで戻るわよ!」 そこで全員は犬たちの背中に乗りました。ラトムも今度は直接ルルの背中に乗り込みます。

 フルートは赤いドレスの女性を振り向きました。

「ありがとう、願い石の精霊。時の鏡を見せてくれて」

 フルートたちが真相を知ることができたのは、彼女のおかげです。けれども、精霊の女性はそっけなく答えました。

「本当に、なんのことを言っている。私はただ、自分が見たいものを鏡に見ただけだ。そなたたちが勝手に隣でそれをのぞき込んでいたのであろう」

 冷静な声ですが、どこかそれが照れ隠しのようにも聞こえます。本当に、急に人間めいてきた精霊です。隣で金の石の精霊が小さな肩をすくめていました。

 

「ポポロ、地上まで通路を開け!」

 とフルートに言われて、前に座っていた少女が華奢な腕を伸ばしました。呪文を唱えます。

「ケラーヒヨロウツデマーウヨジチ!」

 とたんに手の先からまた緑の光がほとばしりました。岩壁にそそり立つオパールの扉に激突します。

 ばん、と音を立てて扉が外へ開きました。その間から魔法の光はぐんぐん先へ進んでいきます。また岩の中に通路をうがち始めたのです。激しい音と振動が大地に響き渡ります。

 やがて、指先から魔法の光が消えると、ポポロは仲間たちを振り向きました。

「地上までつながったわ。行けるわよ」

 風の犬たちが床から浮き上がりました。風の音を立てながら、オパールの扉の外へ飛び出していこうとします。

 

 ところが、その目の前に突然真っ黒いものが現れました。行く手をふさぐように扉の外に立って大声を上げます。

「見つけたァァ! 金の石の勇者だァァァ――!」

 フルートたちはぎょっとしました。角を生やした黒い巨人が笑いながら彼らを見ていました。両肩から蛇のような触手を伸ばしてきます。

「闇の怪物!」

 と一同は驚きました。フルートが唇をかみます。彼らは時の岩屋に来るときに角犬に追跡されました。デビルドラゴンに気づかれて、闇の怪物を送り込まれたのです。

 フルートの隣に金の石の精霊が姿を現しました。空中に浮いた姿で怪物へ手を突きつけます。

「はっ!」

 とたんにフルートの胸の上でペンダントが強く輝きました。聖なる光で触手ごと怪物を溶かします。

 すると、そのすぐ後ろから、また別の触手が飛んできました。ルルに乗ったポポロへ絡みつこうとします。とっさにフルートがポポロを後ろへ引くと、空振りした触手が一番前に座っていたラトムをつかみました。そのままノームを奪い取っていきます。

「ラトム――!!」

 フルートたちは叫びました。岩でできた通路の床から、真っ黒い怪物が出てくるところでした。たくさんの触手を髪の毛のように揺らした人の姿をしています。

 ラトムは金切り声を上げました。死にものぐるいで触手を振り払おうとしますが、小さなノームの力ではかないません。すると、怪物の頭の頂上に、牙がずらりと並んだ口が開きました。引き寄せたラトムを食いちぎろうとします。

 

 ひゅっ、と風の音を立ててルルが飛んでいきました。風の体がひらめくと触手が切れ、ラトムが空中に放り出されます。

「ラトム!」

 ゼンがポチの上から手を伸ばしてノームを捕まえました。後を追うように襲ってきた触手を、ポチがかわします。

 声も出せずにいるラトムをメールに押しつけて、ゼンは背中の弓矢を下ろしました。

「通路から怪物が次々出てきやがる! 気をつけろ!」

 そのことばの通り、地上に向かって伸びた通路に、たくさんの闇の怪物が姿を現していました。仲間が戦っている気配に集まってきたのです。風の犬に乗った一行を見て歓声を上げます。

「いタぁぁ! 金の石の勇者ダぁぁ!」

「願い石! 願い石をヨコセ!」

「どけ、オレが食うぞ!」

「イイや、ワタシだ!」

 通路は押し合いへし合いする怪物でいっぱいになりました。たちまち岩屋へ殺到してきます。ゼンは矢で怪物を牽制しながらどなりました。

「急げ、フルート! 早くしねえと通路が消えるぞ!」

 フルートがゼンを追い越して前に出ました。通路の端で金のペンダントを突き出します。

「光れ!」

 たちまちまた金の輝きが通路を照らし、闇の怪物が消滅していきます。

 

 けれども、金の石の精霊が言いました。

「地面の中にまだ怪物がたくさんいるぞ。ぼくの光が届いていない」

 言っているそばから、また怪物が姿を現しました。通路の岩壁から、岩の床から、黒い姿が這い出してきます。

 フルートは言いました。

「このまま光り続けてくれ! 強行突破していく!」

 金のペンダントがまた輝きを強めました。地下の通路を真昼のように照らし出します。ルルはフルートとルルを乗せたまま飛び始めました。ポチもゼンとメールを乗せて通路に飛び込みます。メールはラトムを抱きかかえています。

 まばゆい金の光の中を彼らは飛びました。ごうごうと風の音が耳許でうなります。金の石ノ勇者、願イ石、と叫ぶ怪物の声が聞こえますが、たちまちそれが消えていきます。聖なる光に触れたとたんに消滅しているのです。通路の先へ、地上へ――彼らは飛び続けました。

 

 その時、突然ポポロが大声を上げました。

「停まって、ルル、ポチ!!!」

 犬たちが驚いて急停止すると、少女は行く手を見て言い続けました。

「来るわ! ものすごく大きな闇の怪物よ――!」

 ずずずず……と不気味な地響きが行く手から伝わってきました。金の光が照らし出す中、通路の先に黒い塊が押し寄せてきます。形のない、黒い霧か泥のような怪物です。金の光に照らされても、止まることもなくこちらに向かってきます。

「聖なる光が効かない!?」

 と驚くフルートの前でポポロが言いました。

「効いているのよ! でも、怪物が大きすぎて溶かしきれないの! またすぐに押し寄せてくるのよ!」

「来るぞ! 気をつけろ!」

 と金の石の精霊も叫びました。必死の表情で両手を怪物へ突きつけていますが、闇の泥はやっぱり止まりません。

 フルートは剣を抜いて大きく振りました。炎の弾が飛び出して泥の怪物に激突します。泥は一瞬躊躇(ちゅうちょ)しましたが、すぐにまた動き出しました。

「願い石ィヒヒヒィィ……オレのものになれエェェ……」

 気味の悪い声が笑うように響き渡ります。

 いつの間にか彼らのそばにやってきた願い石の精霊が言いました。

「おどろだな。もう何千年も私を追い回している怪物だ」

「撃退法は!?」

 とフルートは焦って尋ねました。通路が出来上がってからもう一分以上が過ぎています。時間切れが迫っていたのです。

 すると、精霊の女性は冷静に答えました。

「ない。時の翁も、これを追い払うのにはいつも苦労していた。奴があきらめて立ち去るのを待つしかないのだ」

 フルートたちは愕然としました。おどろは通路をふさぎながら迫ってきます――。

 金の石の精霊がまた叫びました。

「もうこれ以上は抑えられない! 戻れ、フルート! 通路が消えるぞ!」

 とたんにメールが悲鳴を上げました。ラトムを抱えたままゼンにしがみついてしまいます。

 フルートは真っ青になって通路を見ました。金の石は強く輝き続けています。それなのに、本当におどろは止まることなく近づいてくるのです。濃い闇の気配が通路に充満して、息が詰まりそうなほどです。

 フルートはついに言いました。

「岩屋に戻れ、ポチ、ルル! 早く!!」

 二匹の風の犬は即座に身をひるがえしました。来たときよりももっと速度を上げて、通路を飛び戻っていきます。

 その後をおどろが追ってきました。ずずずず、と地響きを立てながら通路の中をなだれ落ちてきます。

 行く手に開いたままのオパールの扉が見えました。ポチとルルはそこに飛び込み、すぐに後ろを振り向きました。おどろが岩屋に流れ込んできます――。

 

 すると、声が響きました。

「閉じよ!」

 願い石の精霊が、扉に向かって手を伸ばしていました。高く結って垂らした髪とドレスが、燃える炎のように揺れています。

 とたんに、オパールの扉が弾けるように閉まりました。間に挟まれて闇の泥がちぎれ、本体が扉の向こうの通路に残ります。続いて、ずうぅん、とすさまじい地響きが扉の向こうから伝わってきました。時の岩屋が大揺れに揺れます。

 あっ、とポポロは声を上げました。魔法の時間切れが来て、通路が大地に戻ったのです。ポポロの魔法はこれが二つ目でした。今日はもう、魔法を使うことができません。

 岩屋の中に閉じこめられてしまった一行は、青ざめた顔を見合わせました――。

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