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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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46.真相

 「デビルドラゴン!!」

 時の鏡の前で、フルートたちはいっせいに叫びました。目を見張ったまま、それ以上ことばが続けられなくなります。

 鏡の中で、影の竜は羽ばたきながらサータマン王に話し続けていました。

「ろむど王ハ中央大陸ヲ征服スル野望ヲ持ッテイル。ソノ手始メガ、コノさーたまんト、西隣ノめいダ。ろむどガ魔金ヲ手ニ入レタラ、ソノ侵攻ヲ止メル手段ハナクナル。タタクナラバ、今シカ時ハナイ」

「そして、その魔金で我々に大陸の支配者になれと言うか、闇の竜。だが、メイ国は我が国の敵だ。積年の恨みを忘れて協力することができると思うのか」

 サータマン王は闇の権化の竜を前にしても、動じることなく話していました。うまい話を持ちかけられても、すぐに飛びつくようなことはしません。

「中央大陸ハ広イ。フタツノ国ノ王デ分ケ合ッテモ、充分ナ取リ分ニナルダロウ」

 と竜が言いました。こちらも利益を改めて示すだけで、決して相手をせかすようなことはしません。羽ばたく場所から王に近づいていくこともしません。

 サータマン王は金と黒檀の椅子に肘をついて考え込みました。その指という指には、大きな宝石の指輪が光っています。やがて、王はまた口を開きました。

「メイの女王はすでにおまえの提案に乗ったと言ったな。ジタンに出兵したのか。それを傍観すれば、ジタンはメイのものになる。メイが中央大陸の支配者になるな」

 鏡の前で、フルートたちは息を呑んでやりとりを見守っていました。サータマン王は、メイに出し抜かれることを警戒して、竜の提案に乗ろうとしています。もしもそれを拒絶すれば、メイがジタンを手に入れたとき、次にメイに蹂躙されるのはサータマンだとわかっているからです。敵同士の二つの国を、手を結ばざるを得ない状況へ追い込む闇の竜に、思わず背筋が寒くなってきます――。

 

 けれども、サータマン王はまだ慎重な姿勢を崩しませんでした。

「ロムド国には非常に優秀な占者がいる。あの男がいる限り、ロムドを出し抜くことはまず不可能だ。どうやってジタンをロムドから奪う」

「確カニろむどハ良イ目ヲ持ッテイル。占者ダケデナク、強力ナ魔法使イモ、ヤッカイナ金ノ石ノ勇者タチモイル。連中ニ気ヅカレナイヨウ、速ヤカニじたんヲ奪ワナクテハナラナイ――。オマエニ、コノ石ヲヤロウ、さーたまん王」

 竜のことばと共に王の目の前に落ちてきたのは、一つの黒い石でした。鶏の卵ほどの大きさで、闇そのものの色なのに、深く輝いて見えます。王はいぶかしい顔で身を乗り出しました。

「なんだ、これは?」

「闇ノ石ダ。コノ石ハ、次々ニ子石ヲ産ンデ増える。子石ヲ軍隊ニ配備スレバ、ろむどノ連中ニハ、オマエタチノ様子ヲ伺ウコトガデキナクナル。人間ダケデナク、天空ニイル光ノ王カラモ、オマエタチノ動キハ見エナクナルノダ」

「闇の石か――」

 王が手を伸ばそうとすると、竜がまた言いました。

「直接ソレニ触レレバ、オマエデモ、ソノ姿ハ保テナクナルゾ、王。闇ノ石ニ触レテ加工スルコトガデキルノハ、闇ニ属スル者タチダケダ。ソレモモウ呼ンデアル」

 いつの間にか部屋の片隅に一人の人物がうずくまっていました。竜に言われて顔を上げ、ゆっくりと立ち上がってきます。

 とたんに、ゼンとラトムが声を上げました。

「ドワーフだ――!」

 

 鏡の中で立ち上がったのは、背が低くがっしりした体格のドワーフの男でした。北の峰のドワーフたちは赤毛に赤いひげをしていますが、こちらのドワーフは黒髪で黒いひげをしています。肌の色も、もっと浅黒く見えます。

「闇ノどわーふダ」

 とデビルドラゴンが言いました。のそり、と黒いドワーフが動いて、王の前から闇の石を拾い上げます。王を見上げる目は少しも王を尊敬していません。

 ふん、とサータマン王は言いました。

「そなたの子飼いのドワーフか、デビルドラゴン。闇の石と闇のドワーフ。それだけのものを我々に貸し与える代償はなんだ? まさか、ただでこれだけのものをよこすわけではあるまい」

「ムロンダ――」

 と闇の竜が笑いました。地の底から這い上がってくる笑い声は、背筋が凍るような冷たさをはらんでいます。

「我ハ、闇ノ石ト闇ノどわーふヲめいニモ与エタ。オマエタチノチカラハ、同等ニナッテイル。マズハめいト連合シテ、ろむどノ皇太子ト北ノ峰ノどわーふタチヲ殺スノダ。じたんヲ奪ッタラ、次ハろむど王ト占者ヲ殺セ。ろむどハ要(かなめ)ノ国。彼ラサエ消エレバ、オマエタチヲ妨ゲル者ハイナクナル。めいト共ニ中央大陸ニ戦火ヲ広ゲ、敵国ノ人間ノ血デ大地ヲ染メ、悲鳴ト嘆キデ空ヲ震ワセルノダ。痛ミト苦シミ、悲シミト呪詛。ソレラハ我ニ大キナチカラヲ与エル。我ヘノ報酬ハソレダ、さーたまん王」

 王は、ふん、とまた鼻先で笑いました。目の前にいるのはカラスほどの大きさしかない影の竜です。その小さな姿に王は相手を過小評価していました。

「グル神を信じぬ他国民の血など、いくら流したところで痛くもかゆくもない。よかろう。そなたへの生け贄に連中の死体を山と積み上げてやる。闇の石を我が軍に配備しろ、闇のドワーフ。準備が整い次第、出撃するぞ。時間はどれほどかかる?」

「明朝までには」

 と黒いドワーフが答えました。にごった低い声です。サータマン王は驚き、声を上げて笑い出しました。

「我がサータマン軍は疾風部隊と名高いが、それにも勝る素早さだな! よし、さっそく取りかかれ、ドワーフ。中央大陸に我がサータマンの名を知らしめてやる!」

 

 すると、闇の竜がまた言いました。

「金ノ石ノ勇者ノ一行ニハ気ヲツケロ、さーたまん王。連中ハ今、ろむどヲ離レテイルガ、コチラノ動キヲ知レバ、必ズ妨害シテクルゾ」

「金の石の勇者――ああ、金ぴかの勇者の小僧のことだな。最近よく噂は聞く」

 サータマン王のその言い方が、金の石の勇者をどう受け止めているかをはっきり表していました。評判だけの、実質は大したことがない存在だと思っているのです。

 警告するように竜は言い続けました。

「連中ヲ甘ク見ルナ。連中ノ居場所ハ我ニモ見エナイノダ。連中ニ手出シサセナイヨウ、細心ノ注意ヲ払ッテ行動シロ」

「わかった。手配する」

 と王は手を振って、ぞんざいな返事をしました――。

 

 鏡の前の一同は真っ青になっていました。本当に、誰もすぐには声が出せません。

 やがて、拳を振り回してわめきだしたのはゼンでした。

「ちっくしょう! これが真相だったのかよ! だからサータマン軍とメイ軍がジタンを――!」

 メールも声を上げました。

「なんとかしなくちゃ! デビルドラゴンの目的は中央大陸に大戦争を起こすことだよ! そのために、ジタンの魔金を利用しようとしてんだ!」

「それに、オリバンたちも殺すつもりよ! 最初からそれが狙いだったんだわ!」

 とルルも叫びます。

 フルートは青ざめた顔を時の鏡に向けていました。そこに映る光景よりもっと遠い場所を見据えながら言います。

「オリバンやロムド王たちは、いつもどこにいても、ぼくたちを助けてくれている。デビルドラゴンは、ぼくらを直接攻撃しても倒せないものだから、今度は彼らを狙ってきたんだ。ぼくらを孤立させて、弱らせようとして――!」

 いつも穏やかなフルートの声が怒りに震えています。

 

 ラトムは鏡の中を見つめ続けていました。薄暗い地下室で闇のドワーフが一人きりで作業をしています。魔石が吐き出す無数の小さな石をつまみ上げては、緑の鎧の左肩にはめ込んでいくのです。時折、蝋燭の明かりに小石をかざして、ヒヒヒ、と笑い声を上げるドワーフの姿は、背の低い悪魔か魔女のように見えます。

 ラトムは思わずつぶやいていました。

「こいつだ……こいつが、ノームの宝を奪うドワーフだったんだ。間違いない……」

 黒いドワーフはいかにも貪欲そうな顔つきをしていました。闇の手下のドワーフなら、ノームの里を襲って宝を奪っていくこともあったでしょう。それを、ドワーフすべてがそんなふうに欲深いのだとノームが思いこんでしまった瞬間から、ノームとドワーフの対立は始まったのです。

 地上へ戻るぞ! みんなを助けるんだ! とゼンがどなっていました。その向こう側には、ゼンに呼び出されでもしたように、ドワーフたちを映す鏡がありました。いつの、どこの場所のドワーフかはわかりませんが、地下の坑道でつるはしをふるい、汗まみれになりながら石を掘り出しています。たくましい体で黙々と働き続ける姿は、本当に実直そのものです。

 その赤い髪とひげを見つめながら、ラトムはまたつぶやいていました。

「村の連中にまた会えたら俺は言うぞ。赤いドワーフたちは信じてもいい。絶対に、そう話してやるとも……!」

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