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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第13章 真相

45.鏡の光景

 時の翁がジタンに恐怖の結界を張ったときの様子を映す鏡――それを見つけた、と言うルルの声に、仲間たちはいっせいに駆け出しました。ルルは天井まで幾層にも重なる回廊の真ん中あたりにいました。そこまで駆け上がったり、駆け下りたりします。

 大きな鏡の中に山脈が映っていました。間違いなくジタン山脈です。山も麓の高原も晩秋の枯れた色に染まっています。風が吹くたびに枯草が海の波のような音を立てます。

 その中に、時の翁が立っていました。もじゃもじゃにもつれた髪とひげ、ぼろぼろの服――ジタンに魔法をかけたのは何百年も前のことなのですが、今よりほんの少し服や汚れがましに見えるだけで、ほとんど変わりがありません。ひゃっひゃっひゃっ、と聞き覚えのある笑い声をたてます。

「ようやっと、見つけた、ぞ。願い石。こんなところに、また生まれてきて、いたんじゃ、な」

 妙な感じに間延びした口調で、老人はひとりごとを言いました。もつれきった髪の間から、ちらりと薄青い目がのぞきます。それが意外なくらい思慮深く見えて、フルートたちはとまどいました。

 時の翁は山を見ながらひとりごとを言い続けていました。

「待っておれ、よ、願い石。今、おまえさんの城を、創ってやるから、な。くだらん願いを持つ連中が、おまえさんの力を、もてあそばんように、の」

 かさかさに枯れた細い腕が、ひげの間から突き出てきました。それを山脈に向けて、老人が突然高原中に響き渡るような大声を上げます。

「出でよ、結界!!! 山に入らんとする者の心を縛り、恐怖を呼び起こして追い払え!!! 願い石に真の主人が現れるまで、決して破れることはならん!!!」

 驚くほど流暢な口調で、そう呪文を唱えます。

 とたんに、山々がぼうっと白い光に包まれました。光はすぐに消えましたが、しばらくすると山から悲鳴が聞こえてきました。弓矢を背負った猟師たちが、馬に乗って死にものぐるいで山を下りてきたのです。十数人ほどいましたが、振り返りもせずに高原を駆け抜けて、どこかへ行ってしまいます。続いて、きこりたちも山から駆け下ってきました。山の別の降り口からは、全身を炭の粉で真っ黒にした炭焼きの集団や、山に家を構えて暮らしていたらしい人たちが逃げ出してきます。山賊たちまでが極悪面を真っ青にして逃げていきます。

 それに続いて、ざあっと音を立てて山から飛び出してきた黒い集団がありました。角や牙、翼を生やした、何百、何千という怪物たちです。人間たちと同じように恐怖の悲鳴を上げながら、地を駆け、空を飛んで山を離れていきます……。

 

 フルートたちは呆気にとられて鏡を眺め続けました。小さなみすぼらしい老人が、山脈から人や怪物を残らず追い払ってしまったのです。すさまじい魔力でした。

 けれども、間もなくフルートは我に返って尋ねました。

「どう、ポポロ? 結界の魔法は使えそう?」

 少女は宝石のような瞳を見張って鏡を見つめていましたが、そう言われて首を振りました。

「だめ……。時の翁の魔法は、あたしたちが使う光の魔法とは別のものなんだわ。呪文が全然違うの……。あたしには真似できない……」

 言っているそばから涙がこぼれ出しました。せっかくここまで来て、こうして時の鏡の中に求める場面まで見つけたのに、ポポロは結界の魔法を使うことができないのです。ごめんなさい、と言って泣き出してしまいます。

 

 やれやれ、とゼンは渋い顔になりました。

「この鏡で時のじっちゃんをここへ呼び出せればいいんだけどな――。おい、そういうのはできねえのかよ?」

 尋ねた相手は、すぐそばに立っていた金の石の精霊です。

 精霊の少年は肩をすくめ返しました。

「無理を言うな。これは過去の出来事を記憶しているだけの鏡だ。人を遠い場所から呼び寄せる扉じゃない」

「じゃ、あたいたち、これからどうしたらいいのさ……?」

 とメールが言って、そっとゼンの腕にしがみつきました。この場所に求めるものがないとわかって、また急に地下が怖くなってきたのです。

 ポチがうつむきました。

「ワン、ポポロにまた地上まで通路を作ってもらって――風の犬になったぼくらに乗って戻るしかないでしょうね」

「地上に戻ったって、戦闘を防いでオリバンたちを守る方法なんかないじゃないの! 本当に、なんとかならないの!? 山はもう、本当に結界の魔法を全然覚えていないの!?」

 怒ったように言うルルに、ポポロはいっそう泣き声になりました。

「無理よ……。結界の魔法は、時の翁がすっかり解いてしまったんだもの。呼び出せないわ……」

 まるで自分が悪いことでもしたように泣き続けるポポロを、フルートは抱きしめました。本当に、どうしたらいいのかわかりません。戦闘を起こさずに軍勢を追い払うなんて、やっぱり無理だったんだろうか、と絶望感に襲われます……。

 

 すると、彼らよりずっと下の方からラトムの声が響いてきました。

「おおい、ちょっと来てみろ――! こいつはサータマン軍だぞ!」

 えっ!? と一同は驚きました。ラトムは彼らよりずっと下の方の回廊にいて、一枚の鏡を指さしていました。フルートたちと一緒に回廊の階段を駆け上がってきたのですが、途中の鏡に引っかかったのです。そこまで駆け下りていくと、ラトムは驚くほど真剣な顔をしていました。

「見ろ! 闇の石だ!」

 と鏡の中を改めて指さして見せます。

 そこには大勢の兵士たちが広場を埋め尽くしている光景が映っていました。緑の鎧兜で身を包み、左腕には剣と鳥の紋章の盾を装備しています。サータマンの軍勢でした。

 闇の石? とフルートたちがいっそう驚くと、ノームはじれったそうに足踏みしました。

「どこを見ているんだ、おまえたちは! 左肩だ、鎧の左肩のところを見ろ! 闇の石があるだろうが!」

 言われて鏡の軍勢の左肩に注目すると、そこには確かに同じような黒い石がはめ込まれていました。直径がせいぜい一センチほどの小さなものです。石に目ざといノームでなければ、とても気がつかない代物でした。

「闇の石って、あんなにちっちゃかったのかい!?」

 と驚くメールの隣で、フルートはぎゅっと拳を握りました。

「小さくたって、あれは生き物を闇で支配したり怪物に変えたりする、恐ろしい石だ。軍勢の居場所を隠しているのも、あの石なんだ。……どうやら、サータマン軍が国を出陣する時の場面みたいだな。サータマンはどうやってあの石を手に入れたんだろう?」

 一同はそのまま見つめ続けましたが、鏡はただ軍勢が隊列を整え、点呼に応える場面を映し続けるだけでした。

「もうちょっと前の場面を見せろよ! 時間を戻して、もう一度最初から映せねえのか!?」

 とゼンがまた金の石の精霊相手に文句を言いましたが、精霊の少年は黙って肩をすくめ返しただけでした。

 

 すると、彼らの間に出し抜けに背の高い女性が現れました。赤いドレスを着た願い石の精霊です。ぎょっと身を引く一同を尻目に、鏡に向かって呼びかけます。

「映せ!」

 とたんに、鏡の中の軍勢が消えました。どこか別の場所の場面に変わります。

 金の石の精霊は意外そうに目を見張りました。

「願いをかなえたのか? だが、今のはゼンの願いだぞ。フルートは願っていないじゃないか」

 すると、願い石の精霊は、つん、と顔をそらしました。

「何のことだ、守護の。私はただこの鏡を初めから見たかっただけだ」

 フルートたちは目を丸くしてしまいました。やっぱり願い石の精霊は自分たちを助けてくれています。願いなどかなえていない、と言いながら……。

 

 鏡の中には立派な部屋が映っていました。壁には見事なタペストリーが何枚も下がり、床には分厚い絨毯が敷き詰められています。その中央に金と黒檀(こくたん)でできた椅子があって、太った中年の男性が座っていました。黒ヒョウのマントをはおり、頭には金の冠をかぶっています。

「こりゃ、サータマン王だ」

 とサータマン国に住むラトムが即座に言いました。とすると、ここはサータマン城の一室か、とフルートたちは見当をつけました。

 サータマン王は半ば白くなった茶色のひげをなでながら、自分の前にいる誰かに話しかけていました。

「ほほう。ジタン山脈に魔金がな……。それも、百年掘り続けてもなくならないほど大量にあるというのか。そなたの話が本当であれば、その魔金を使って世界を支配するのも夢ではないな。ロムド王はやはり、世界の覇者を目ざしておったか。他国になど興味のないような顔をしながら、やはりな」

 鋭い目がいっそう鋭いまなざしを浮かべます。決して油断しない目です。確かめる口調で続けます。

「ロムドはエスタ、ザカラスと次々に和平を結んだ。連中が連合軍を作って狙う国はどこなのだ。我がサータマンか、それともメイか――?」

 中央大陸には大小様々な国が集まっていますが、その大半の国々は、自国の領地を広げて新しい富を奪い取ろうと、他国を虎視眈々(こしたんたん)と狙っています。隣国と共存することで国を守ろうとするロムド王の政治は、周囲の国々からは、侵略のための準備としか見られていないのでした。

 すると、王の前の誰かがそれに答えました。

「ろむどノ狙イハ、さーたまんトめいの両国ダ。ろむど王ハ、じたんノ魔金ヲ北ノ峰ノどわーふタチニ与エタ。どわーふニ命ジテ、強力ナ武器防具ヲ作ラセ、無敵ノ軍隊デ攻メ込モウトシテイルノダ」

 フルートたちは、ぎょっとしました。それは彼らがよく知っている声でした。地の底から聞こえてくるように、低く響きます。まさか!? と思わず言った彼らの前で、鏡が大きく光景を動かしました。振り向くように、サータマン王と話している相手を映します。

 地の底から聞こえるような声が、また言いました。

「じたんヲ奪イ取レ、さーたまん王。めいノ女王ハ、スデニ決断シタゾ。我ガ、チカラヲ貸シテヤル。オマエタチガじたんノ主トナリ、世界ヲ支配スルノダ」

 ばさり、ばさり、と鳥の羽ばたくような音が聞こえていました。部屋の真ん中にカラスほどの大きさの影が浮かんでいます。影を落とす実体は、部屋のどこにも見当たりません。

 その影の背中には、コウモリのような四枚の翼がありました――。

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