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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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38.撤退命令

 「な、何故じゃ!?」

 深緑の魔法使いが、森の中で空に向かって大声を上げていました。

「何故、そのようなことになるんじゃ!? 説明せい、白――!!」

 木の芽と小さな若葉を抱いた梢越しに水色の空が広がっていますが、そこに相手の姿はありません。深緑の魔法使いは心を通じて、はるか離れたロムド城の白の魔法使いとやりとりしているのです。

「どうした?」

 とそばにいたオリバンが尋ねました。ゴーリスやビョールも魔法使いの取り乱しぶりに驚きます。

 そこから少し離れた場所には、弓矢を背負ったドワーフの猟師たちがいました。さらに離れた場所では、ドワーフとロムド兵たちが協力して塹壕を掘っています。怪力のドワーフたちが作業しているので、塹壕はもう相当深く長くなっていました。作業をしている者たちは気がつきませんでしたが、ドワーフの猟師たちは、やはり何事かと魔法使いの方を見ました。

 深緑の魔法使いは、さらに激しい口調で白の魔法使いとやりとりを続けていました。普段穏和な老人が青筋を立てて相手をどなりつけています。それがしばらく続いた後、魔法使いは突然黙り込みました。足下に降り積もった去年の落ち葉をじっと見つめ、ふいに手にしていた杖で、どんと地面を突きます。

「何故じゃ!? 何を考えておる――!!」

 

「何があった、深緑?」

 とオリバンがまた尋ねました。魔法使いの様子は尋常ではありません。何かとんでもない連絡が城からあったのだと察します。

 老人は足下をにらみつけたまま顔を歪めました。濃い眉の下で、鋭い目が怒りに光っていました。

「陛下が――ワルラ将軍たちを城に呼び戻されました――! こちらに向かう援軍はなくなりましたじゃ!」

 一同は愕然としました。驚きのあまり、すぐには反応できないほどでした。

「呼び戻した……? 援軍を?」

 とオリバンが繰り返しました。自分の耳を疑っている声です。深緑の魔法使いは激しく頭を振りました。

「ワルラ将軍は二千四百の軍勢を率いて、このジタンに向かって出発しておりました! ところが、国王陛下がそれを突然呼び戻されたそうですじゃ! こちらに援軍を送らない、とお決めになったと――!」

 声が震えてことばがとぎれました。魔法使いの老人は、これ以上ないほど腹を立てていたのです。

 ゴーリスもオリバンと同じように呆然としていましたが、それを聞いて我に返りました。鋭く聞き返します。

「ディーラに何事かあったのか? それで陛下はワルラ将軍を呼び戻されたのか?」

 魔法使いはまた頭を振りました。

「そのようなことは起きていない、と白は言うとった! ディーラは安泰、城にも何事も起きてはいない! なのに陛下は援軍をお引き上げになった! わけがわからん!」

「何故、そんなことになった――!? 援軍が来なければ、我々は全滅だぞ!」

 とオリバンが詰め寄ると、魔法使いはそれを見返しました。鋭い目で王子さえにらみつけながら言います。

「そう、わしらはメイ軍やサータマン軍の襲撃を受けて、全滅しますじゃ。陛下もそれはご承知でいる。陛下に援軍撤退を進言したのは、ユギル殿ですじゃ」

 オリバンとゴーリスはまたことばを失いました。思わず顔を見合わせてしまいます。

 

 すると、黙って彼らのやりとりを聞いていたビョールが言いました。

「ロムド王は俺たちを助けるために軍勢を送るのをやめたのだな。つまり、俺たちは俺たちだけの力でジタンの敵と戦わなくてはならないということだ」

 その声がひどくよそよそしく聞こえて、オリバンは、はっとしました。

「我々は友を敵の前に見捨てるような真似はしない! どんな状況でも、必ずおまえたちを守る!」

 夢中で訴えますが、ビョールの後ろに集まってくる猟師たちも、同じように冷ややかな表情をしていました。援軍を引き上げたという話に、人間がドワーフたちを助けるのをやめたと受けとったのです。ビョールがまた言います。

「おまえたちは損得の計算がうまい人間だ。我々ドワーフを敵の前に捨てることで、もっと大きな利益を得ることができるとわかれば、ためらうことなくそうするだろう」

「違う! 我々はそのような卑怯者ではない! ユギルの占いだ。必ず理由はある! それがわかるまで、いったん我々とここから引いてくれ――!」

 援軍が来ない以上、ここで敵と戦っても勝つことはできません。一度大きく撤退して、ジタンを取り戻すための作戦を練り直さなくてはなりませんでした。

 けれども、ビョールは冷ややかな口調を変えませんでした。

「俺たちはドワーフだ。ドワーフは敵に山を奪われて見過ごすようなことは決してしない。おまえたちはこの場所を去れ、人間。俺たちは俺たちのやり方でやる」

 それだけを言うと、猟師たちと共に背を向けて歩き出しました。ロムド兵たちと一緒に塹壕を掘っているドワーフの方へ向かっていきます。

 

「馬鹿な――!」

 オリバンは青ざめ、後を追ってさらに説得しようとしましたが、ゴーリスが引き止めました。

「殿下、ドワーフは非常に頑固な種族だ。しかも、北の峰のドワーフたちは人間への不信感が強い。援軍撤退の真意がはっきりしない状況では、いくら彼らを説得しようとしても無駄です」

 ロムドの皇太子は唇を震わせました。ロムドの誠意をドワーフたちに疑われたことが、耐え難く感じられます。けれども、ゴーリスが言っていることも真実でした。

 深緑の魔法使いが杖で地面を何度も突きながら言いました。

「ドワーフたちは絶対にこの森から退却せんじゃろう。このままでは全滅じゃ。わしが生きている限り、そんなことはさせんわい!」

 もう何か呪文を唱え始めています。森にかけた守りの呪文をさらに強めているのです。

 ゴーリスもオリバンに言いました。

「ロムド兵を集めます。隠していてもどうしようもない。この状況を我々で打開する方法を考えなくてはなりません」

 オリバンは顔を上げると、自分の馬に駆け寄って飛び乗りました。

「フルートたちを呼び戻してくる! ドワーフを守り、ジタンを取り戻すのだ! ――たとえ我々だけであっても!」

 と家臣たちに言い残して駆け出します。

 

 けれども。

 森の中をどれほど探し回っても、皇太子は勇者たちの一行を見つけ出すことができなかったのでした――。

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