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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第11章 大騒動

37.ジタン

 朝はジタン山脈の麓の森にも訪れていました。鳥がさえずる梢の上に、水色の空が広がっています。まだ薄靄(うすもや)が漂っていますが、それが晴れれば良い天気になりそうな気配です。

 朝食をすませたフルートたちが、昨日の話し合いの続きを始めていました。戦わずにメイ軍をジタン山脈から撤退させるにはどうしたらいいか――という難問に、また正面から取り組みます。

「ワン、ポポロの魔法でメイ軍をジタン山脈から別の場所に飛ばすことはできませんか? いっそメイまで送り返せれば最高だけど」

 とポチが言うと、ポポロは目を丸くして頬に手を当てました。

「いくらあたしでも、そんな魔法は無理よ。力が足りないわ……。移動の魔法にはかなりの魔力が必要なのよ」

「それじゃ、魔法でロムド軍が攻めてきたように見せる、ってのは?」

 と言ったのはメールです。

「連中がそれを迎え撃とうとジタン山脈から下りた隙に、本物の移住団が山に入るのさ。ドワーフは山の民だから、山に入っちゃえば、そう簡単には追い出せないだろ?」

「北の峰みたいに、山に隠れる場所があればな。今はまだ無理だ。すぐにメイ軍が引き返してきて、やられちまう」

 とゼンが渋い顔をします。

「メイ軍の中に嘘の情報を流す、っていう方法もあるな」

 とフルートが考えながら言いました。

「サータマン軍がここに向かう途中で、国境を警備しているロムド軍に見つかって、救援を求めている――ってね。それを信じて救援に向かってくれれば、本当に、戦うことなくジタンを取り戻せるんだけど」

「私たちだけの力では難しいんじゃないの、それ? どうやってその偽の情報をメイ軍に信じさせるの?」

 とルルに聞き返されて、うぅん、とフルートはうなりました。方法はいくつか思いつかないではないのですが、子どもの彼らがそれをやろうとすると、どうしても難しいのです。

 ポチも言いました。

「ワン、その情報でメイ軍が動けばいいけど、助けに向かわなかったらどうしようもないですよね。もともとメイとサータマンは仲の悪い国同士だったから、うまくいく確立は半々ってところだろうなぁ」

 思いつく方法は、相変わらず次々と仲間たちから却下されます。それでも、彼らはあきらめることなく考え続けました。あきらめてしまえば、全面戦争に突入するしかないのです。考えることをやめるわけにはいきませんでした。

 

 地面に座り込んでいたラトムが、溜息をついてズボンの裾をまくり上げました。

「これさえなければなぁ……。俺も役に立てるんだが」

 その小さな両足首には黒い金属の輪がはめられていました。継ぎ目も端も見当たらない魔法の足かせです。それのためにノームは地面に潜る能力を封じられているのでした。

 ごめんなさい、とポポロが謝りました。

「あたしの魔法で外してあげようと思ったんだけど、メイ軍を退却させるのに魔法が必要かもしれないから……」

 すると、フルートが真剣な顔で首を振りました。

「たとえ地面に潜れるようになったって、ラトム一人では行かせられないよ」

「だが、こいつさえなければ、様子を探るとか連中を攪乱するとか、何かやりようもあるんだ。姿を消すことだってできるようになるんだからな。メイ軍の中で工作することもできるんだぞ」

「一人じゃ危険すぎます。向こうには角犬がいるんだ。絶対だめです!」

 とフルートが強く言い渡したので、ラトムはしょんぼりしました。両足の輪をなでながら言います。

「悔しいなぁ……。こう見えたって、俺は大人なんだぞ。子どものおまえらでさえ、そんなに一生懸命何とかしようとしているのに、俺には何もできないんだからな」

 ラトム、と言ったきり、一同はそれ以上続けることができなくなりました。肩を落として足をなで続ける小さな姿を見つめてしまいます。

 

 ところが、そのうちに、フルートが考える顔になりました。じっと足下を見つめて、やがてつぶやくように言います。

「地面に潜る……地下の岩屋……時の翁」

 仲間たちはフルートを見ました。メールが肩をすくめます。

「時の翁はもうジタンにいないってばさ。願い石がなくなっちゃったんだもん」

 けれども、フルートは首を振りました。

「願い石の戦いの時、時の翁は、次にまたこの世に願い石が現れるまで待つと言っていた。ここから立ち去ると言ったわけじゃない。ただ、待つと――。願い石はまだぼくの中にある。この世に改めて生まれてきてはいないんだから、時の翁はまだ待ち続けているんだよ。時の岩屋に、まだいるかもしれないんだ!」

 大声になったフルートに、仲間たちは驚きました。ゼンが尋ねます。

「時のじっちゃんはまだ地下にいるのかもしれねえけどよ……だから、どうだって言うんだ? 何を思いついたんだよ?」

「何百年にも渡って、このジタンに恐怖の結界を張っていたのは、時の翁だ! 翁に会って、また結界を張ってくれるように頼むんだよ! そうすれば、メイ軍は恐怖にかられて、このジタンから逃げ出すんだ!」

 あっ、と仲間たちは気がつきましたが、ラトムだけは意味がわかりません。

「なんなんだ、その――時の翁とかいうのは? 名前は前にも聞いたが、何者なんだ?」

「信じられないくらい長い時間を生きてきた魔法使いです。このジタン山脈の地下に、時の鏡がたくさん並んだ岩屋を作って、そこで願い石を守っていたんです。ジタン山脈に恐怖の結界を張って、人が近づかないようにして……」

 ジタン山脈の地下にオパールの岩屋を作り、そこに無数の鏡を立てて一人きりで生きていた老人を、彼らは思い出していました。もう何百年も風呂に入っていなかったような、汚らしい姿をしていて、伸びきった髪とひげは、もつれた木の根のように見えました。けれども、その老人は、はるか昔からこの世に生きていた時間の魔法使いでした。ひとりぼっちで、欲にかられた人々からずっと願い石を守り続けていたのです。

 

「それ、いいかもしれないわね」

 とルルが言い、ポチもうなずきました。

「ワン、恐怖の結界が張られると、みんな、なんとなく不安になって逃げ出してしまうんですよね。おかげでジタン山脈には何百年もの間、誰も住んでいなかったんだから」

 これまでジタンの魔金が誰にも見つからなかったのも、その結界のせいでした。今また同じ結界を張ってもらえれば、メイ軍がジタンから退却するのは間違いありません。

 すると、ゼンが腕組みしました。

「だが、どうやって時のじっちゃんのところまで行く? 時の岩屋は、地下二千メートル以上も深い場所にあるんだぞ」

「あたしが――!」

 とポポロが身を乗り出しました。いつもの引っ込み思案が嘘のように、頬を真っ赤にして、夢中で言います。

「あたしが魔法でまた岩屋まで通路を作るわ! 大丈夫。岩屋のある場所は覚えているし、また継続の魔法で通路が消えないようにするから!」

 たった一人、今にも泣き出しそうな顔と声になったのはメールでした。

「また行くのかい、あの地下の通路に……? かんべんしてよぉ」

 メールは生まれてからずっと広々とした海や森の中で暮らしてきました。暗くて狭く、先を見通すこともできない地下が、死ぬほど苦手なのです。

「メールはここに残っていていいよ。オリバンたちとの連絡係も必要だしね」

 とフルートが言いましたが、メールは大きく首を振りました。自分だけ留守番というのも、やっぱり死ぬほど嫌なのです。本当にしゃくりあげて泣き出してしまいます。

 すると、ゼンがメールの頭を乱暴に抑えつけました。

「泣くな、馬鹿! 俺がちゃんと連れていって、また地上に戻してやらぁ! これでも俺はドワーフだぞ! 地下の民を信じやがれ!」

 乱暴で自信満々に見えるゼンですが、その目は意外なくらい真剣でした。明るい茶色の瞳が、絶対大丈夫だ! と語りかけます。

 メールは涙ぐんだまま鼻をすすり、そんなゼンの毛皮の上着をつかんで引き寄せました。泣き顔を胸に伏せてしまいます。

「ちゃんと連れてってよ! お、置いてったらホントに承知しないからね……!」

「おう、当たり前だ。だから、俺の服に鼻水つけるな」

「もうっ――!! この馬鹿っ!!!」

 相変わらずデリカシーのないゼンに、メールが激怒して思いきり背中をひっぱたきました。

 

 フルートは森の向こうのジタン山脈を見ました。

「時の岩屋への入り口は、山の中腹にある。メイ軍に見つからないように注意して通路を開かないと――。頼むよ、ポポロ」

 少女は、ぱっと赤くなり、すぐに、にっこり笑いました。

「ええ、任せて、フルート」

 輝く笑顔が広がります。それに魅せられて、今度は少年が顔を赤らめます……。

 朝靄が晴れて青さを増していく空の中、ジタン山脈はその姿をくっきりと浮かび上がらせながらそびえていました。

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