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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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36.予言

 いつの間にか朝が来ていました。

 カーテンを引き忘れた窓から、朝の光が部屋の中に差し込み、賑やかな鳥のさえずりが聞こえてきます。

 けれども、ユギルはそんなことにはまったく気がついていませんでした。机の前に座り、一晩中ずっと見つめた占盤を、身じろぎもせずにのぞき続けています。その顔が青ざめているのは、占いに疲れたせいではありません。

 やがて、その唇が動きました。

「本当か……?」

 いつも丁寧すぎるほど丁寧な口調が、一人きりの部屋では、ほんの少し違っていました。

「本当なのか、この予言は……?」

 前日から、ユギルは占盤でメイの動きを読み取ろうとしていました。トウガリの警告を受けて、メイがジタン山脈を狙うようになった経緯を探り出そうとしたのです。

 ところが、その途中から、占盤はその表面に過去ではなく未来の姿を映し始めました。他人の目には見えない象徴が、一つの予言をユギルに伝えてきます。それは驚くべき内容でした。さすがの彼も信じ切れなくて、何度も何度も占い直してしまいます。それでも、出てくる結果は同じなのです。

 ユギルはふいに顔を歪めました。色違いの瞳が、何かをこらえるように細められます。

 ロムド城は急速に目覚めつつありました。通路を下男や侍女が忙しく行き交い、重臣たちの登城を入り口で知らせる声が窓の外から聞こえてきます。まぶしい朝の光の中で、一日がまた始まろうとしています。

 長い間迷った末に、ついにユギルは立ち上がりました。この時間であれば、ロムド王ももう執務室に来ています。ためらうように占盤をもう一度振り返ってから、部屋を後にします――。

 

 執務室で国王にまみえると、ユギルは朝の挨拶もそこそこに人払いを願いました。行動の早い王は即座に家臣や護衛を下がらせ、執務室には王とユギル、そして宰相のリーンズの三人だけが残りました。

「いかがなさいました、ユギル殿。そんなに深刻な顔をして」

 とリーンズ宰相が驚いていました。落ち着いた物腰の、初老の男です。ロムド王より少し年下なのですが、王が非常に若々しいので、逆に年上のように見えてしまっています。

 王もいぶかしそうに言いました。

「そなたのそのような顔は、ここしばらく見なかったような気がするな。どのような悪い予言だ」

 ユギルは王の前に片膝をつき、胸に手を当てて深く頭を下げました。長い銀の髪が床に届いて、輝く流れを作ります。そのまま、顔を上げることもなく、ユギルは言いました。

「陛下……陛下はいつも、わたくしの占いの結果を信じてくださいました。ですが、このたびのわたくしの占いは、あまりにも信じがたいものです。何故、このようなことを占盤が告げてきたのか、わたくし自身にもわかりません。占いの結果を信じるかどうかは、陛下にお委ねしたいと存じます……」

 ロムド王は驚きました。聡明な灰色の瞳で占者を見ます。

「一番占者のそなたに、それほどまで自信のないことばを言わせるからには、よほどの内容であるようだな。どのような予言なのだ?」

 ユギルは頭を下げ続けていました。重い口調で語り始めます。

「現在、ジタン山脈へワルラ将軍の軍勢が急いでおります。その勢力は二千四百騎、このまま進めば、七日後にジタンの皇太子殿下たちの元へ到着するだろう、と占盤は告げております――」

 そのこと自体は不吉でも何でもない予言でした。ユギルはその先を続けようとして、またためらい、床を見つめたまま黙り込んでしまいました。

 すると、ロムド王が促しました。

「申せ、ユギル。そなたの占いは、どれほどありえなく聞こえても、必ず正しいのだ。そなたの力を信じよ。どのような予言なのだ」

 占者の青年は思わず目を上げました。王は揺らぐことのない信頼のまなざしで見つめています。

 ユギルはとうとう予言を声に出しました。

「ワルラ将軍が率いる二千余騎の軍勢すべてを、ただちにロムド城に呼び戻せ、と――占盤は言っております」

 

 さすがに、これにはロムド王もリーンズ宰相も驚愕しました。すぐには声が出せません。占者は青ざめた顔をしていました。

 王が確かめるように尋ねました。

「それは、ジタン山脈へ送った援軍を呼び戻せ、という意味なのだな? 代わりに別の隊を送り出せと言うのか?」

 ユギルは首を振りました。

「占盤は、殿下たちの元へ援軍を送るな、と――」

 それを聞いて、リーンズ宰相は思わず声を上げてしまいました。

「ジタン山脈にはメイ軍がおります! これからサータマン軍もやってくるという! 援軍なしで、どうやって殿下たちが戦うと言われるのです!?」

 ユギルがまた目を細めました。いつも冷静で、めったに感情を外に出さない青年が、ひどく苦しげな表情をしています。

「左様です。ですから、わたくし自身が、何故このような予言になるのか悩んでいるのです。ジタン山脈には戦闘の予兆が出ております。間もなく、あそこで大きな戦いが起きることでしょう。その中心に巻き込まれるのは、殿下たちが護衛するドワーフの移住団です。ですが――占盤は援軍を今すぐ呼び戻せ、と――」

 声を震わせて、ユギルはまたうつむきました。その表情が王や宰相から見えなくなってしまいます。

 王は少し考え、また尋ねました。

「彼らに援軍を送らなければ、どうなると占盤は言っている? 援軍なしでも彼らは勝てるのか? あるいは、なんらかの方法で戦闘を回避することができるのか?」

 ユギルはまた首を振りました。いっそううつむきながら、こう答えます。

「援軍が来なければ、殿下たちもドワーフたちも全滅すると――占盤は、告げております」

 王と宰相は完全にことばを失いました。

 しんと静まりかえってしまった執務室に、中庭の礼拝堂の鐘の音が、遠く聞こえていました……。

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