夕飯をすませ、後片付けも終えると、フルートたちはいよいよ作戦会議を始めました。まず、メイ軍を直接偵察してきたゼンが話し始めます。
「もうわかってることだが、ジタン山脈の一番手前の山にはメイ軍が陣取ってるんだよな。兵の数はおよそ千。馬もかなりの数がいた。大規模な騎馬隊があるんだ。ってことは、山から攻撃を開始すれば、あっという間にこっちの森まで攻めてくるってことだ」
それをポチが引き継ぎました。
「ワン、他の軍備として一番強力なのは象戦車ですね。象も大きくて強いけれど、鉄の戦車にまともにひかれたら、人間もドワーフも、まず助かりません。それから闇の怪物の角犬。これは何頭くらいいるのかわかりません。それに、魔法使いもいるはずです。最初の偵察の時に、ぼくやゼンを稲妻で攻撃してきたんだから」
「その様子がこっちから見えない、っていうのが困るわよねぇ」
とルルが言いました。メイ軍は闇の石を配備しているらしいので、魔法使いの目やユギルの占盤で動きを読むことができないのです。
すると、フルートが言いました。
「メイ軍のほうだって、こっちを見ることはできないでいるよ。ぼくたちは金の石の力で闇の目から隠されているし、移住団の方は深緑の魔法使いが隠しているはずだから。直接やってきて自分の目で見るまでは、こっちの実態を知ることができないんだ。そこを使うしかないな」
まあね、とメールが言いました。
「おかげであっちはこっちをすごい大軍だと思って、用心してくれてるもんね。あっちが戦意をなくすくらい大軍に見せる方法ってない? それで山をぐるっと取り囲んで見せたら、向こうも逃げ出すんじゃないかな」
「向こうは山に立てこもっている状態だ。前にゴーリスに教えられたことがあるんだけれど、立てこもった敵を降伏させるには、かなりの兵力と時間が必要なんだってさ。城と違って、山を囲むのにはものすごい人数が必要になるし、そこを突破して別の山に逃げ込まれる可能性も高い。時間がかかればサータマンの援軍も到着する――。その方法は難しいだろうな」
「サータマン軍が到着したら、もう一つ警戒しなくちゃならんことがあるぞ」
と口をはさんだのはラトムでした。
「俺の仲間のノームたちが三十人ほど連れてこられるんだ。ジタンについたら、すぐに魔金を掘らされて、武器や防具を作らされるだろう。魔金はダイヤモンドより強い石だから、そんなものを配備した軍隊となると、とても対抗できなくなるぞ」
一行は思わず顔を見合わせました。彼らが時間とも戦っていることを、改めて感じてしまいます。
「直接攻撃できるなら、まだやりようもあるんだよな」
とゼンがうなりました。
「向こうに怪我させちゃいけねえから大変なんだ。猟だって、獲物を生け捕りにするのが一番難しいんだぞ」
「あたし、もう幻の魔法は使えないわ……。きっとまた本物を呼び出しちゃうから……」
泣きそうな顔でポポロがうつむきます。フルートは言いました。
「他の方法を見つけよう。――きっとあるはずだ。考えよう」
長い長い時間、彼らは考え続けました。
誰かが何かを思いついては言いますが、そのたびに他の仲間が欠点を見つけて、また考える羽目になります。山にこもっている軍勢を、傷つけることなく速やかに退却させるというのは、本当に困難なことでした。
フルートがじっと考えながら言いました。
「メイ軍に撤退の命令は出せないかな。本国から命令があれば、彼らだってジタンを引き上げていくんだ」
「ワン、そんな都合のいい命令、どうやって出させるんですか? 偽の退却命令を流したって、本国に確認してからでなければ、撤退はしないでしょう」
とポチが冷静に言います。
「ポポロの魔法で嵐を起こすってのは? 嵐が山を襲えば、いくら軍隊でもいられなくなるわよ。地震でもいいわ」
とルルが言うと、今度はメールが首を振りました。
「それ、あたいはやだな。嵐や地震に襲われたら、山の木や草たちが大打撃を受けるもんね。あんたたちには聞こえないだろうけど、そういう時って、あたいには森の悲鳴が聞こえてるんだ。自然の災害ならどうしようもないけどさ、できれば、そういう方法はやめておいてほしいな」
とルルの案も却下になってしまいます。
やがて、誰も何も思いつけなくなって、沈黙になりました。それでも彼らは考え続けましたが、やっぱりうまい考えは浮かんできません。
ついに、ゼンがその場に仰向けにひっくり返りました。
「ああ、だめだ! 考えすぎて、頭が煮込みすぎたシチューみたいだ! いくらかき回しても、なんにも引っかかってこねえ! 俺は休むぞ!」
そう言うなり、腕枕をして、たちまち眠ってしまいます。メールも肩をすくめました。
「ゼンの言うとおりだね。あたいももう頭が働かないよ。なんにも浮かんでこない。――ひと休みしよう。今夜はまず、あたいが見張りに立つからさ。みんな眠りなよ」
と立ち上がると、森の外れでジタン山脈を見張り始めます。淡く届くたき火の光の中、木々の間に立つメールのすんなりした姿は、なんだか本物の若木のように見えます。
ポポロやラトムや犬たちも、たき火のぬくもりが届く場所で横になりました。みんな、考えすぎて本当に疲れていました。とりあえず問題は棚上げして、それぞれに目をつぶります。
けれども、フルートだけは片膝を抱えた格好で座って、一人で考え続けていました。揺れるたき火の炎をじっと見つめています。
ポポロが目を開けて尋ねました。
「フルートは休まないの……?」
少年は苦笑しました。
「休んだ方がいいんだろうけど、そんな気になれないんだ。早くしないと、って気持ちばかり焦っちゃって……」
そして、フルートは溜息をつくと、森の木立の向こうにジタン山脈を眺めました。東の空に上ってきた月が山々を照らしています。
ポポロがまた起き上がりました。しょんぼりとうなだれて言います。
「ごめんなさい。あたしがもっと上手に魔法を使えたら、きっと何かいい方法があるのに……。考えてみたの。ジタンに幽霊を出すとか、怪物の気配をさせるとか、怖がらせる方法を……。でも、そうすると、やっぱりとんでもない結果が起きそうな気がするのよ。きっと、本物の幽霊や怪物が出てきて、メイの兵士を殺しちゃうんだわ。あたしの魔法は、いつもそんなふうだから……」
宝石のような緑色の瞳が涙ぐんでいました。
フルートはポポロの髪をそっとなでました。少女は手を伸ばせば届く場所に座っていたのです。
「ポポロのせいなんかじゃないよ。もともと不可能に見えることをやろうとしてるんだ。誰も傷つけずに軍を追い払うなんて、そんなうまいこと、それこそ願い石にでも頼まなくちゃできないのかもしれない――」
ポポロは、はっとしました。フルートは遠い場所を見ていました。その瞳が燃えて揺れる炎を映しています。
ポポロは、自分の髪をなでていたフルートの手を、とっさにつかみました。
「や、休みましょう、フルート! 考えすぎて疲れたのよ。そういう時って、おかしなこと考えちゃったりするから……!」
フルートは我に返りました。ポポロが今にも泣き出しそうになっているのを見て顔を赤らめ、そうだね、と答えます。
「確かに、休んだ方が良さそうだ。眠って起きれば、またいい考えが浮かぶかもしれないしね」
けれども、ポポロは心配そうな顔のままでした。大きな瞳の中で涙が揺れています。フルートは困った表情になり、やがて、突然くすりと笑うと、地面の上に寝転がりました。その頭を置いたのは、ポポロの膝の上です。
驚いて思わず真っ赤になったポポロを、フルートはいたずらっぽく見上げました。
「ここならぼくも眠れそうな気がするんだけどな。いい?」
ポポロはますます赤くなりました。恥ずかしさと緊張で全身をこわばらせながら、うん……とうなずきます。
フルートはくすくすと笑い続け、少女の膝の上に頭を載せたまま大きく伸びをしました。
「ああ――いい気持ちだぁ」
と言って目を閉じたと思うと、次の瞬間にはもう本当に寝息を立て始めました。あっという間のことに、ポポロが目を丸くしてしまいます。
たき火を挟んだ反対側で、ルルがうずくまってぶつぶつ言っていました。
「まったくもう、フルートったら。そこはポポロにもっと話しかける場面でしょうよ。あっさり眠っちゃだめじゃない」
「ワン、あの格好じゃポポロは寝られませんよ。どうするつもりかなぁ」
とポチも小声で心配します。
すると、犬たちと一緒に横になっていたラトムが言いました。
「こらこら、静かに。いいから、寝たふりしてやらんか――」
揺れるたき火が投げる赤い光の中、ポポロはもっと赤い顔をして、フルートの金髪の頭を膝にずっと抱いていました。