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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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34.作戦会議

 夕飯をすませ、後片付けも終えると、フルートたちはいよいよ作戦会議を始めました。まず、メイ軍を直接偵察してきたゼンが話し始めます。

「もうわかってることだが、ジタン山脈の一番手前の山にはメイ軍が陣取ってるんだよな。兵の数はおよそ千。馬もかなりの数がいた。大規模な騎馬隊があるんだ。ってことは、山から攻撃を開始すれば、あっという間にこっちの森まで攻めてくるってことだ」

 それをポチが引き継ぎました。

「ワン、他の軍備として一番強力なのは象戦車ですね。象も大きくて強いけれど、鉄の戦車にまともにひかれたら、人間もドワーフも、まず助かりません。それから闇の怪物の角犬。これは何頭くらいいるのかわかりません。それに、魔法使いもいるはずです。最初の偵察の時に、ぼくやゼンを稲妻で攻撃してきたんだから」

「その様子がこっちから見えない、っていうのが困るわよねぇ」

 とルルが言いました。メイ軍は闇の石を配備しているらしいので、魔法使いの目やユギルの占盤で動きを読むことができないのです。

 

 すると、フルートが言いました。

「メイ軍のほうだって、こっちを見ることはできないでいるよ。ぼくたちは金の石の力で闇の目から隠されているし、移住団の方は深緑の魔法使いが隠しているはずだから。直接やってきて自分の目で見るまでは、こっちの実態を知ることができないんだ。そこを使うしかないな」

 まあね、とメールが言いました。

「おかげであっちはこっちをすごい大軍だと思って、用心してくれてるもんね。あっちが戦意をなくすくらい大軍に見せる方法ってない? それで山をぐるっと取り囲んで見せたら、向こうも逃げ出すんじゃないかな」

「向こうは山に立てこもっている状態だ。前にゴーリスに教えられたことがあるんだけれど、立てこもった敵を降伏させるには、かなりの兵力と時間が必要なんだってさ。城と違って、山を囲むのにはものすごい人数が必要になるし、そこを突破して別の山に逃げ込まれる可能性も高い。時間がかかればサータマンの援軍も到着する――。その方法は難しいだろうな」

「サータマン軍が到着したら、もう一つ警戒しなくちゃならんことがあるぞ」

 と口をはさんだのはラトムでした。

「俺の仲間のノームたちが三十人ほど連れてこられるんだ。ジタンについたら、すぐに魔金を掘らされて、武器や防具を作らされるだろう。魔金はダイヤモンドより強い石だから、そんなものを配備した軍隊となると、とても対抗できなくなるぞ」

 一行は思わず顔を見合わせました。彼らが時間とも戦っていることを、改めて感じてしまいます。

 

「直接攻撃できるなら、まだやりようもあるんだよな」

 とゼンがうなりました。

「向こうに怪我させちゃいけねえから大変なんだ。猟だって、獲物を生け捕りにするのが一番難しいんだぞ」

「あたし、もう幻の魔法は使えないわ……。きっとまた本物を呼び出しちゃうから……」

 泣きそうな顔でポポロがうつむきます。フルートは言いました。

「他の方法を見つけよう。――きっとあるはずだ。考えよう」

 

 長い長い時間、彼らは考え続けました。

 誰かが何かを思いついては言いますが、そのたびに他の仲間が欠点を見つけて、また考える羽目になります。山にこもっている軍勢を、傷つけることなく速やかに退却させるというのは、本当に困難なことでした。

 フルートがじっと考えながら言いました。

「メイ軍に撤退の命令は出せないかな。本国から命令があれば、彼らだってジタンを引き上げていくんだ」

「ワン、そんな都合のいい命令、どうやって出させるんですか? 偽の退却命令を流したって、本国に確認してからでなければ、撤退はしないでしょう」

 とポチが冷静に言います。

「ポポロの魔法で嵐を起こすってのは? 嵐が山を襲えば、いくら軍隊でもいられなくなるわよ。地震でもいいわ」

 とルルが言うと、今度はメールが首を振りました。

「それ、あたいはやだな。嵐や地震に襲われたら、山の木や草たちが大打撃を受けるもんね。あんたたちには聞こえないだろうけど、そういう時って、あたいには森の悲鳴が聞こえてるんだ。自然の災害ならどうしようもないけどさ、できれば、そういう方法はやめておいてほしいな」

 とルルの案も却下になってしまいます。

 やがて、誰も何も思いつけなくなって、沈黙になりました。それでも彼らは考え続けましたが、やっぱりうまい考えは浮かんできません。

 

 ついに、ゼンがその場に仰向けにひっくり返りました。

「ああ、だめだ! 考えすぎて、頭が煮込みすぎたシチューみたいだ! いくらかき回しても、なんにも引っかかってこねえ! 俺は休むぞ!」

 そう言うなり、腕枕をして、たちまち眠ってしまいます。メールも肩をすくめました。

「ゼンの言うとおりだね。あたいももう頭が働かないよ。なんにも浮かんでこない。――ひと休みしよう。今夜はまず、あたいが見張りに立つからさ。みんな眠りなよ」

 と立ち上がると、森の外れでジタン山脈を見張り始めます。淡く届くたき火の光の中、木々の間に立つメールのすんなりした姿は、なんだか本物の若木のように見えます。

 ポポロやラトムや犬たちも、たき火のぬくもりが届く場所で横になりました。みんな、考えすぎて本当に疲れていました。とりあえず問題は棚上げして、それぞれに目をつぶります。

 けれども、フルートだけは片膝を抱えた格好で座って、一人で考え続けていました。揺れるたき火の炎をじっと見つめています。

 ポポロが目を開けて尋ねました。

「フルートは休まないの……?」

 少年は苦笑しました。

「休んだ方がいいんだろうけど、そんな気になれないんだ。早くしないと、って気持ちばかり焦っちゃって……」

 そして、フルートは溜息をつくと、森の木立の向こうにジタン山脈を眺めました。東の空に上ってきた月が山々を照らしています。

 ポポロがまた起き上がりました。しょんぼりとうなだれて言います。

「ごめんなさい。あたしがもっと上手に魔法を使えたら、きっと何かいい方法があるのに……。考えてみたの。ジタンに幽霊を出すとか、怪物の気配をさせるとか、怖がらせる方法を……。でも、そうすると、やっぱりとんでもない結果が起きそうな気がするのよ。きっと、本物の幽霊や怪物が出てきて、メイの兵士を殺しちゃうんだわ。あたしの魔法は、いつもそんなふうだから……」

 宝石のような緑色の瞳が涙ぐんでいました。

 フルートはポポロの髪をそっとなでました。少女は手を伸ばせば届く場所に座っていたのです。

「ポポロのせいなんかじゃないよ。もともと不可能に見えることをやろうとしてるんだ。誰も傷つけずに軍を追い払うなんて、そんなうまいこと、それこそ願い石にでも頼まなくちゃできないのかもしれない――」

 ポポロは、はっとしました。フルートは遠い場所を見ていました。その瞳が燃えて揺れる炎を映しています。

 

 ポポロは、自分の髪をなでていたフルートの手を、とっさにつかみました。

「や、休みましょう、フルート! 考えすぎて疲れたのよ。そういう時って、おかしなこと考えちゃったりするから……!」

 フルートは我に返りました。ポポロが今にも泣き出しそうになっているのを見て顔を赤らめ、そうだね、と答えます。

「確かに、休んだ方が良さそうだ。眠って起きれば、またいい考えが浮かぶかもしれないしね」

 けれども、ポポロは心配そうな顔のままでした。大きな瞳の中で涙が揺れています。フルートは困った表情になり、やがて、突然くすりと笑うと、地面の上に寝転がりました。その頭を置いたのは、ポポロの膝の上です。

 驚いて思わず真っ赤になったポポロを、フルートはいたずらっぽく見上げました。

「ここならぼくも眠れそうな気がするんだけどな。いい?」

 ポポロはますます赤くなりました。恥ずかしさと緊張で全身をこわばらせながら、うん……とうなずきます。

 フルートはくすくすと笑い続け、少女の膝の上に頭を載せたまま大きく伸びをしました。

「ああ――いい気持ちだぁ」

 と言って目を閉じたと思うと、次の瞬間にはもう本当に寝息を立て始めました。あっという間のことに、ポポロが目を丸くしてしまいます。

 

 たき火を挟んだ反対側で、ルルがうずくまってぶつぶつ言っていました。

「まったくもう、フルートったら。そこはポポロにもっと話しかける場面でしょうよ。あっさり眠っちゃだめじゃない」

「ワン、あの格好じゃポポロは寝られませんよ。どうするつもりかなぁ」

 とポチも小声で心配します。

 すると、犬たちと一緒に横になっていたラトムが言いました。

「こらこら、静かに。いいから、寝たふりしてやらんか――」

 揺れるたき火が投げる赤い光の中、ポポロはもっと赤い顔をして、フルートの金髪の頭を膝にずっと抱いていました。

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