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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第10章 作戦会議

33.兄

 夕方になって霧雨はやみました。森の中に馬を走らせていたオリバンが、森の出口に近いところに光を見つけました。燃えるたき火です。駆けつけてみると、それはやはりフルートたちの一行でした。火を囲んで、夕食の真っ最中です。

「こんなところにいたのか。ずいぶん捜したのだぞ」

 と言うオリバンに、ゼンが答えました。

「捜してた? なんでだよ。別に迷子になんかなってねえぞ。それより、オリバンも一緒に夕飯食わねえか?」

「いや、いい。私は兵たちと食べることにしている」

「そりゃ残念だな。 今夜はちょっと凝って、サータマンの袋パンを作ってみたんだぜ」

 すると、メールが手に持っていた実物を掲げて見せました。

「オリバンも味見してみたら? 煮込んだウサギ肉をパンの中に入れて食べるんだけどさ、すっごくおいしいんだよ」

「チーズを一緒に詰めても絶妙だ」

 とラトムも口をもぐもぐさせながら言いました。満足そうな声です。

 

 オリバンはあきれながら言いました。

「何故おまえたちだけでこんな場所にいるのだ。ここは森の外れだ。メイ軍に見つかる危険があるぞ」

 すると、パンを食べていたフルートが、穏やかに答えました。

「それも狙いなんです。ぼくらのほうに来てくれれば、また撃退しやすいから」

「また――か。やはり日中ジタンから攻めてきたメイ軍を撃退したのは、おまえたちだったのだな」

「あら、気がついていたの、オリバン?」

 とルルが聞き返すと、青年は口元をなんとも言えない形に歪めました。

「見張りに立っていた猟師が言っていたのだ。突然高原に現れた怪物が、謎の兵士たちを殺して、山から駆け下ってきたメイの騎馬隊も追い返した、とな。怪物の姿がどう聞いてもキマイラのようだったから、もしかしたら、と思っていたのだ」

 とたんに、ポポロが小さくなって、フルートの背中へ隠れてしまいました。キマイラの幻を出すつもりが本物を呼び出してしまったので、魔法を失敗したと考えていたのです。

「ワン、メイ軍はまだこっちを大軍だと思ってるし、キマイラを連れているとも考えて警戒しています。移住団に近づかせて、本当の人数を知られるわけにはいかないでしょう」

 とポチが言ったので、オリバンはますます渋い顔になりました。

「それで、ここで見張り番をしているというわけか。だが、おまえたちばかりで危険な真似をする必要はない。皆のいる方へ戻ってこい」

 すると、それには答えずにフルートが聞き返しました。

「皆さんはどうしていますか? 森の中で」

「敵襲に備えて準備をしているところだ。兵士たちはドワーフたちと一緒に森に塹壕(ざんごう)を掘っている」

「塹壕。――ということは、もっと安全な場所まで下がるつもりはないんですね?」

「ドワーフたちが頑として承知しないのだ。ジタンはもう彼らの山だからな。それを敵に奪われながら引き下がることはできない、と言っているのだ」

 オリバンの声には少し苦いものが混じっていました。本当はオリバンもドワーフたちを安全な場所まで下がらせて、そこでロムド城からの援軍を待ちたいと考えていたのですが、ドワーフたちが承知しなかったのです。

「そりゃ当然だろう。ドワーフってのはそういうもんだ」

 とゼンがあっさり言い切ります。

 

 オリバンは話し続けました。

「今ここでメイ軍にまともに攻め込まれたら、我々に勝ち目はない。作戦を立てて迎え撃とうとしているところだ。ロムド城からはワルラ将軍が率いる部隊が出発したと知らせがあった。二千あまりの大軍だ。彼らが駆けつけるまで持ちこたえれば、勝算はこちらにある」

 フルートは片膝を抱えてその話を聞いていました。考えながら言います。

「でも、向こうにもサータマンの援軍が向かってきていますよ。それが到着すると向こうも二千人あまりで、ほとんど同じ数です。しかも、ロムド城から来る援軍は全速力で駆けつけてくるから、ここに到着するまでに疲れているはずです。それじゃ、数としては同じでも、戦力的には差が出てしまうでしょう。こっちの方が不利だ」

 オリバンはいっそうあきれて勇者の少年を見ました。

「将来、軍師にでもなるつもりか、フルート……? 確かにおまえの言うとおりだ。たとえ城から援軍が駆けつけてきても、それで安心というわけではない。だが、ここはロムド国内だ。地の利はこちらにある。さらに、国内の領主たちも間もなくそれぞれの私兵を派遣してくる。最終的にはこちらが優勢になる」

「そうして、両方で全軍が揃ったら、ものすごい数の兵士が激突しますよね。このジタン高原で……。ドワーフたちも一緒に加わるでしょう。願い石の戦いの時よりはるかに大規模な戦闘が起きて、たくさんの人が死ぬんだ。人間もドワーフも。サータマン軍に連れてこられたノームも巻き込まれるかもしれない。――そんなことはさせられません」

 いつか、フルートは立ち上がってオリバンを見つめていました。日が暮れて暗くなっていく森の中、その瞳だけは鮮やかな青い色をしています。

 オリバンは苦い表情になりました。

「おまえの言いたいことはわかる。だが、ジタンをメイやサータマンに渡すわけにはいかんのだ。あそこを任せられるのは、北の峰のドワーフたちしかいない。彼らの手にジタンを取り戻さなくてはならないのだ」

「こっちも、それはわかっています。だから、戦争を止めます。ぼくたちで」

「止める? どうやって?」

 とオリバンは目を見張りました。

「それをここで相談しています」

 そう言ったフルートの両脇に、いつの間にか仲間たちが集まっていました。ポポロ、ゼン、メール、ポチ、ルル、そしてラトム……全員が真剣な顔をする中、一番強い表情をしているのはフルートです。

 

 オリバンは何も言えなくなり、やがて、苦笑いでうなずきました。

「むろん、私も戦闘が起きなければそれに越したことはないと思っている。だが、くれぐれも無茶はするな。無理だと思ったら、すぐに戻ってこい。特に、フルート。ジタンの戦争を止めようとするあまり、願い石に願ったりするんじゃないぞ。金の石の勇者はこんな小さな場所のためにいるのではない。おまえの命は、世界のためにあるのだからな」

 すると、フルートは穏やかにほほえみました。

「いいえ、違いますよ、オリバン。ぼくの命は、ぼくの大事な人たちと一緒に生きるためにあるんです」

 そう言って、両脇に立っていたゼンとポポロを両方の腕で抱き寄せて見せます。仲間たちがたちまち嬉しそうな顔になります。

 オリバンはいっそう驚き、声を上げて笑い出しました。

「なるほど。願い石の戦いの時とはひと味違っているようだな、フルート――。気をつけろよ。命は大切にしろ」

「オリバンこそ、くれぐれも気をつけて。次のロムド王がこんなところで命を落としたら、ロムド国民が路頭に迷いますからね」

「こいつめ。言うようになってきたではないか」

 オリバンは笑いながらフルートの髪をくしゃくしゃにかき混ぜました。少年は兜を脱いでいたのです。兄のようなオリバンの手の下で、フルートも笑います――。

 

 移住団の元へ戻っていくオリバンを、フルートたちは全員で見送りました。馬に乗った大きな姿が森の奥へ消えていきます。

 それが見えなくなってもまだ見送りながら、フルートが言いました。

「彼らを死なせるわけには行かないよ。オリバンたちもドワーフたちもみんな……」

 仲間たちはうなずきました。それぞれに、声にできない想いを胸の中でかみしめます。

「そのために、俺たちも作戦を立てようぜ」

 とゼンが言いました――。

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