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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第9章 霧雨の中

29.謎

 ユギルはロムド城の長い通路を歩いていました。城の中には昼間でも日の光が差さないので、あちこちに蝋燭(ろうそく)をともした照明が置かれています。その光を返して、ユギルの長い髪が銀に輝きます。

 通りかかった城の家臣や使用人たちが、通路の端に寄って丁寧に頭を下げました。中央大陸随一と名高い占者の青年は、城の誰からも尊敬されているのです。女性たちなどは皆、憧れのまなざしで眺めていますが、ユギルの方は少しもそれに目を向けませんでした。ただ黙って自分の部屋へ歩いていきます。

 すると、突然大きな男の声が追いかけてきました。

「占者殿、占者殿、そのように難しい顔で急いで歩いておられては、美しいものも大切なものも見ないままに行き過ぎましょう。そのまま人生まで足早に駆け抜けて行かれるおつもりですか? 美人薄命とは昔から言われますが、美男も薄命なのでございましょうか。いやいや、それはあまりにもったいない。しばし足を止めて、まわりをごらん下さいませ。この先長生きしていくためにも、つまらぬ道化の話に耳を傾けるくらいの余裕をお持ちにならなければ――」

 赤と黄の派手な服を着て青い鈴付き帽子をかぶった男が、ユギルの後ろで大きくお辞儀をしていました。痩せた顔には、一度見たら忘れられないような奇抜な化粧をしています。とても早口にユギルへ話しかけてきますが、不思議なくらい、そのことばは明瞭に聞き取れます。王妃付きの宮廷道化のトウガリでした。

 

 周囲の人々が道化の口上に笑っていました。ユギルも微笑して答えます。

「薄命は困りますね。わたくしはロムドのためにまだ長生きしたいと思っておりますので。トウガリ殿は、どのような楽しい話をお聞かせくださいますか?」

「左様ですね、トウガリめはつい先ほどメノア王妃様の遠乗りにおつきあいしてまいりました。王都の外の森はもう春。畑も牧場も緑におおわれ鳥が賑やかにさえずっておりました。石に囲まれた城の中では春の気配も感じられませんから、せめて展望台から春を眺められてはいかがでしょう?」

 そして、道化は口笛で鳥の鳴き声を真似て見せました。見事なヒバリのさえずりが城の通路に響き渡り、居合わせた者たちからいっせいに拍手が起こります。

 ユギルはさらに笑顔になりました。うなずいて言います。

「そうですね。息抜きに外を眺めるのは良いかもしれません。おつきあい下さいますか、道化殿?」

「私のようなものでよければ喜んで、占者殿」

 背高のっぽの痩せた道化は、また大袈裟なお辞儀をすると、ひょこひょこ踊るような足取りでユギルの後についていきました。そのまま二人で展望台へと向かいます――。

 

 けれども、塔の展望台に着いて周囲に誰もいなくなると、道化はがらりと態度を変えました。派手な化粧は相変わらずですが、生真面目な表情になってユギルへ頭を下げます。

「強引にお呼び立てしてしまって申し訳ありません。夜を待って部屋を密かにお訪ねすれば良かったのですが、急いでお話しした方が良い気がしたものですから――」

 その声にも道化のおどけた響きはもうありません。ユギルはうなずきました。

「トウガリ殿が知らせてくださることは、いつも重要なことばかりです。なんでございましょう」

 彼が向き合っている道化の正体は、ロムドを守る間者です。王妃の身辺を警護するのが一番の任務ですが、同時に城の内外の情報をつかんで、怪しい動きがあるときにはいち早く知らせてくれるのでした。

「今回のメイのジタン占拠の一件です」

 とトウガリは答えました。ユギルや国王が移住団と連絡を取り合い、隣国メイがジタン山脈を占拠したらしい、と聞かされたのは前の晩のことです。その場にトウガリは同席していなかったのに、この優秀な間者は、どこからかもうその情報をつかんでいたのでした。

「メイの動きが解せないのです。今回の進軍の手順が読めません」

 とトウガリに言われて、ユギルは眉をひそめました。闇の石で隠されたメイの動きは、ユギルの占盤にはいっさい現れてきません。間者が何をつかんできたのかと、その話に耳を傾けます。

 

 トウガリは話し続けました。重いほどに真剣な口調です。

「私は王妃様とメーレーン王女様に同行して、二月初めに、ザカラスのアイル王の戴冠式に参列してまいりました。その際に、ザカラス城でメイの手のものにもう少しで姫様を殺されそうになり、アイル王たちの機転で救われたことは、先に報告したとおりです。メイはこのロムドとザカラスに挟まれているので、我々を非常に警戒していて、両国が和平を結ぶことを妨害しようとしたわけです――」

 それはユギルたち要人の間で密かに「薔薇の使節団の事件」と呼ばれていた出来事でした。自分では口にしませんが、この事件の解決にはトウガリ自身も非常に活躍したのです。

「――あの時点でメイがジタン山脈の秘密を知っていれば、連中は姫様を殺すのではなく、誘拐しようとしたことでしょう。姫様のお命とひきかえに要求すれば、軍隊など動かすまでもなくジタンを手に入れられたのですから。つまり、二月初めの時点で、メイはまだジタンに魔金があることを知らなかった。そして、今は三月の末です。メイは象の戦車部隊も連れているというが、戦車を引いた象は非常に歩みが遅いので、どれほど急いでも、メイからジタンまで移動するのに一ヶ月はかかります。となれば、メイの軍勢が出発したのは三月の頭。ドワーフ移住団が皇太子殿下たちと北の峰を出発したのと、ほぼ同時期になります。そこから逆算すれば、メイがジタンの秘密をつかんだのは二月中――。どこでどうやって? 北の峰のドワーフがジタンに移住する計画は、この城の中のごく一部の者しか知らなかったことです。秘密を知るにはこの城に潜入するしかないのですが、城にはユギル殿がいらっしゃった。いくらメイの間者が闇の石で目をくらましていたとしても、同じ城内にいるユギル殿の目を欺けるはずはありません」

 

 そんなふうに言われて、ユギルは道化に深く頭を下げました。

「感謝します、トウガリ殿……。わたくしも、その件には頭を悩ませていたのです。ジタンのゴーラントス卿からは、敵の間者が闇の石を持っていたので、わたくしにも見えなかったのだろう、と慰められました。ですが、本当にそうであれば、占盤に象徴が現れない人物が城にいることになって、逆に目立つはずなのです。それを見逃すとは、自分でも信じられませんでした。城から秘密を盗まれたとすれば、それは、仮面の盗賊団を退治するために殿下と共に城を離れた、一月半ばの時期だけです。この時には、トウガリ殿もザカラス王の戴冠式のために城を離れておられた。守備が手薄になった隙を突かれてしまったのかと、非常に後悔していたのです」

「メイは我が国から非常に近い場所にあります」

 とトウガリは言いました。

「間者は早鳥(はやどり)を使って連絡をつけますから、その時期に秘密を知ったのであれば、メーレーン王女様はザカラスで誘拐されたはずです。やはり、敵が城に潜入したわけではないでしょう。では、薔薇の使節団の事件の後で、ジタンの秘密をつかんだサータマンから話を持ちかけられたのかといえば、それはもっと考えられません。メイとサータマンは元々折り合いが悪い。サータマンの提案をメイが受け入れるのに、一ヶ月間では時間があまりにも短すぎます。――メイはどうやってジタンの秘密を知ったのか? どのようにして、サータマンと手を組むことになったのか? 解せません。納得のいく答えが見つからないのです」

 ユギルはじっと考え込みました。展望台を風が吹き抜けていって銀の髪を揺らします。心地よい春風ですが、占者も間者もそんなものを愛でる余裕はありません。

「もう一度占ってみましょう。わたくしは過去よりも現在と未来を見る方が得意なのですが、可能な限りメイの過去を探ってみます。そこにジタンを奪回する鍵があるのかもしれません」

「こう言ってはなんだが、お急ぎになったほうが良い。サータマン軍の疾風部隊もジタンを目ざしています。メイとサータマンが連合を組んだのであれば、その進軍を妨げるものはありません。おそらく、一週間以内にジタンに駆けつけることでしょう。ワルラ将軍の率いる部隊がジタンへ出発しますが、今のままではサータマン軍に後れを取ります。そうなれば、移住団はひとたまりもありません」

 トウガリの声は厳しいほどに真剣でした。

「最善を尽くします」

 とユギルはうなずくと、展望台を下りていきました。敵の謎を解くために、占盤のある自分の部屋へと向かったのでした。

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