フルートが、戦争を止める、戦わずにジタンを取り戻す、と言うのを聞いて、仲間の少年少女や犬たちは思わずことばを失いました。言うのは簡単なことです。でも、それを本当に実現するのは、きわめて困難でした。
フルートは話し続けました。
「ゴーリスやオリバンたちに話したら、そんなことできるわけがない、と言われるさ。それはわかってる。ジタンがどこかの国に奪われたら大陸中が大戦争になるんだから、そうならないために戦うんだ、って彼らが言うのだってわかる。だけど――やっぱりロムドとサータマンが戦うのは我慢できない。あの国の人たちは、ぼくたちを助けてくれたじゃないか。祭りの会場で憲兵からぼくたちをかばってくれたり、こっそり逃がしてくれたり。怪物から守ってくれてありがとう、って言ってくれたじゃないか。――戦争にやってくるのは、その人たちとは別の兵士たちだ? その人たちと戦うわけじゃないから、話は別か? でも、兵士の中には、あの人たちにとって大切な人がいるかもしれないんだ。家族とか親戚とか友だちとか――。戦争が起きて、その人たちが傷ついたり死んだりしたら、やっぱりあの人たちは悲しむんだよ。それでも戦争をしていいだなんて、ぼくには思えない! サータマンは敵国だから戦ってかまわないんだ、なんて割り切れないんだよ! そして、それはメイだって同じことなんだ!」
普段は物静かで口数も少ないフルートが、驚くほど饒舌(じょうぜつ)になっていました。瞳を強く光らせながら仲間たちに訴えます。
ゼンは腕組みしました。
「相変わらず甘いよなぁ、おまえ。大人たちが聞いたら、そんなのは夢の話だ、って絶対に言うぞ」
ゼン! とフルートは叫びました。目に薄く涙さえ浮かべてにらみつけます。
すると、ゼンが急に表情を変えました。にやっと笑って親友を見返します。
「大人たちならそう言うが、俺たちは言わねえぜ――。だって、俺たちは子どもだもんな。夢を見るのは子どもの特権だ。甘かろうが現実的でなかろうが、子どもはそんなのは気にしねえんだよ。俺たちのやりたいようにやってやるさ」
「なんか、そういう言い方自体、子どもっぽくないんじゃない?」
とメールが笑いました。ワン、とポチがほえます。
「なんでもいいですよ。ぼくたちは金の石の勇者の一行で、ロムドの家来じゃないんだから。ぼくたちはぼくたちで動いてかまわないんです」
「つまり、私たちで戦争を防いだってかまわない、ってことよね」
とルルも笑う声で言います。
「あたしたちは何をすればいいの、フルート? 戦争を起こさないでジタンを取り戻すために」
とポポロが言いました。絶対にそうしましょう、という想いが伝わってきます。
フルートも笑顔になりました。仲間たちにうなずいて答えようとします。
すると、一同の後ろから甲高い声が上がりました。
「こらこら、おまえら! 俺をのけ者にするんじゃない!」
フルートたちは驚いて振り向きました。いつの間にかそこにラトムが立っていたのです。
「あっちでは俺にできることは何もないようだからな。俺もこっちに入れてもらおう。戦わないで敵を撃退する。大賛成だ。なにしろ、戦いになれば、俺の仲間たちまで巻き込まれて怪我するかもしれないからな」
「ラトム!」
彼らはいっそう大きな笑顔になりました――。
「で、具体的にはどうする?」
とゼンが尋ねました。その場所からジタン山脈はよく見えますが、敵がどのあたりにいるのかはわかりません。山は夜の中に黒く横たわっています。
フルートは考えながら言いました。
「あそこにサータマン軍まで到着したら、軍勢は倍にふくれあがって手の打ちようがなくなるから、その前にメイを撤退させなくちゃいけないんだ。一番いいのは、願い石の戦いの時のように、軍勢が戦争を放棄して逃げ出してくれることなんだけれど」
とたんにポポロが顔を曇らせました。
「あの時は、あたしが魔法でザカラス軍を追い返したけど……あれはもともと、ジタン山脈に恐怖の結界の魔法がかけられていたからなのよ。ジタンに足を踏み入れようとすると、怖くて逃げ出したくなる魔法。時の翁(おう)が願い石を守るために山にかけていたの。あたしはそれを軍勢全体に広げただけなのよ」
「時のじっちゃんかぁ。もうジタンにはいねえだろうな。願い石がなくなっちまったんだから」
とゼンが考え込みます。
「願い石に持ち主が現れるまで石を守るのが役目だったんですものね」
とルルも言います。
すると、ラトムが、目を丸くして聞き返してきました。
「なんだ、今の話は。願い石もこのジタンにあったのか? なんだかおまえら自身が願い石を見たような口ぶりじゃないか」
あっ、と少年少女たちは気がつきました。彼らはまだラトムに願い石の話をしていなかったのです。そんな様子に、ラトムがいっそう不思議そうにします。
「なんだなんだ、その反応。聞かれちゃまずい話だったのか? 願い石はまず見つからない石だが、本当に出てきたら大ごとなんだぞ。そんなものを手にしたら、そいつは――」
そこまで言って、ノームは急に、はっとした顔になりました。フルートが着ている鎧をまじまじと見つめます。月に照らされた金の鎧には、黒い星のように、堅き石がちりばめられています……。
「願い石は普通の方法では見つからない石だ。だが、願い石はたいてい堅き石と対になってこの世に現れる。だから、願い石を見つけるには堅き石を探せばいいことになっているんだ――。その鎧の堅き石はどこで見つけた、フルート? このジタンか? その時に魔金の鉱脈も見たんだな? それじゃ、願い石は誰のものになったと言うんだ?」
ラトムのことばは疑問形の確認でした。勇者たちの表情から、ジタンの真の秘密を知ってしまったのです。
「ぼくです」
とフルートは答えました。
「願い石はぼくの中に消えました。今もぼくの中で眠り続けてます」
ラトムは、ぽかんとしました。驚き桃の木、と唇が動きましたが、それは声になっていませんでした。かなり長い間フルートを見つめてから、ようやくこう言います。
「おまえの中に眠っている――? それで、どうしておまえはこうして無事でいるんだ? あれは持ち主を破滅させる魔石なんだぞ」
「よくわかってます。でも、ぼくはこうして無事でいます。願い石を使わずにすんでいるから」
「願い石を使わない? 願いを言ってないのか? 願い石は強力な魔力を持つ石だぞ! そんなことが本当にできるのか!?」
石に詳しいノームは、願い石の怖さも充分知っていたのでした。ゼンは口の片端を歪めて笑って見せました。
「俺たちがどれくらい苦労してるか、わかってくれて嬉しいぜ。ったく。この馬鹿野郎は、自分が破滅するのを承知で、すぐに願い石を使おうとしやがるからな」
「もう願わないって言ってるじゃないか!」
とフルートが顔を赤らめて言い返します。
ラトムは頭を振りました。
「もう驚かないぞと思うのに、やっぱりおまえらには驚かされるな。願い石に取り憑かれて無事でいられる奴がいるとは思わなかったぞ……。あれは強烈な願いを持つ者の前にしか現れないんだ。ということは、フルートにだって願いはあったということだ。いったい何を願おうとしたんだ?」
また少年少女たちが沈黙します。
フルートが静かに言いました。
「誰も傷ついたり死んだりすることなく、この世界が平和になることを。そのために、デビルドラゴンが永遠に消滅していくことを」
とたんに、ポポロがフルートに飛びつきました。真っ青になって、鎧をつけた腕を強く抱きしめます。
フルートは穏やかな表情をしていました。
「今もその願いは変わらない。やっぱり、ぼくはこの世界に平和になってもらいたいんだ。ただ――」
少年は自分の腕を抱きしめている少女を見ました。優しく笑いかけて続けます。
「それはもう、願い石にかなえてもらう願いじゃないんだよ。ぼくは、その夢を君たちとかなえていきたいんだ。君たちと一緒に――力を合わせて」
青い瞳が仲間たちを見回します。フルート、と彼らは言いました。ことばにできないものが、それぞれの胸にあふれます。犬たちがフルートの足下にすり寄り、ポポロとメールが涙ぐみます。
ゼンがフルートの頭を小突いて言いました。
「いい心がけだ。そのことば、絶対に忘れんなよ!」
「驚き桃の木山椒の木」
とラトムがまたつぶやきました。
「これで最後だ。この後はもう絶対に驚かないぞ。そうでなきゃ、こいつらにはついていけないからな――」
ジタン山脈の方向から夜風が吹き下りてきて、森の梢を鳴らします。冷たい風の中、集まって肩をたたき、ほほえみ合う一行に、ノームはちょっと苦笑いの顔をしていました。