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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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27.話し合い

 ドワーフとロムド兵が共に過ごす野営地から少し奥まった場所で、一行は話し合いを始めました。オリバン、ゴーリス、深緑の魔法使い、ビョール、それに勇者の一行の四人と二匹にラトム、いう顔ぶれです。野営地からはまだ賑やかな声が聞こえてきていましたが、話し合いの邪魔になるほどではありませんでした。

「ロムド城の白とつながりましたぞ。国王陛下やユギル殿もそばにおられますじゃ。お聞きになりたいことがあれば何なりと」

 と深緑の魔法使いが言ったので、オリバンが言いました。

「ユギルに確かめたい。ジタンにはすでにサータマンの軍勢が到達しているはずだが、相変わらず、それは見えていないのか?」

 少しの間があってから、深緑の魔法使いが答えました。

「何も見えない、とユギル殿が言っています。占盤に何も映らないそうです」

「だけど、ヤツらは間違いなくジタンにいるぞ。少なくとも、すぐ近くまでは来てらぁ。この目で見たからな」

 とゼンが言いました。

「あたしの魔法使いの目と同じなのよ……。闇に隠されて、敵の姿が映らないんだわ」

 とポポロが言うと、ゴーリスがうなずきました。

「日中、深緑の魔法使いに闇の怪物が見えなかったのも同じだな。闇の力が敵を隠していたんだろう」

 すると、フルートが考えながら言いました。

「占盤にはデビルドラゴンの気配もないんでしょうか? あの竜が世界に関わり始めると、ものすごく強力な闇が占盤に現れて、その奥にあるものを見えなくするんだ、ってユギルさんは前に話していたんですが」

 深緑の魔法使いがまたロムド城へ心で尋ね、その答えを伝えてきました。

「闇の気配は漂っているが、それほど大きなものではないそうですじゃ。デビルドラゴンがいるなら、もっと深い闇がおおうはずだ、と言ってますぞ」

 勇者の一行は思わず顔を見合わせました。彼らはサータマン軍の中にデビルドラゴンが一緒にいるのだと思っていたのです。

 

 ポチが言いました。

「ワン、今日見かけたサータマン軍の兵士は千人以上いたし、寺院跡にも同じくらいの軍勢がいましたよ。そんな大勢を隠せるような闇と言ったら、かなり強力だと思うんだけど。デビルドラゴンや魔王以外にも、そんなすごい闇を使える奴がいたんだ」

 驚いている声です。

 すると、ラトムが小さな肩をすくめました。

「軍隊全部を一度に隠すのは大変だが、兵士一人ずつを隠すのなら、それほど難しいことでもないぞ」

 え? と一同はノームを見ました。言われている意味がよくわかりません。

「闇の石だよ――。あれを持っている奴は、光の目には見えなくなってしまうんだ。ポポロも四大魔法使いもロムド城の占者も、おまえたちはみんな光の力で透視しているんだろう? それならば、闇の石の持ち主を見つけることはできんさ」

 なるほど、とそれにうなずいたのはビョールでした。

「闇の石は子石を生んで増えるんだったな。それなら、数千人の兵士全員に石を装備させるのも可能だろう」

 猟師をしていても魔石の知識を持っているところは、さすがにドワーフでした。

 メールも言いました。

「そういや思い出したよ。ゴブリン魔王が海を襲ってきたとき、海の生き物たちに闇の石を持たせて怪物にしたんだけどさ、そいつらの姿は父上たちには見つけられなかったんだよ。海の王たちの力も光の魔法に近いからね。やっぱり闇の石を持った奴は見えなくなっちゃったんだ」

「じゃ、サータマン軍の兵士たちは闇の石を持っているわけ? それじゃ、みんな闇の怪物にされているじゃないの」

 とルルが驚きます。ラトムは頭を振りました。

「直接体につけなければ大丈夫だ。闇に操られることはあるが、怪物にはならない。鎧とか兜とか――そういうものに闇の石をつけているのかもしれんな」

 一同はまた顔を見合わせました。

 

「闇の石を装備した軍勢か……。光の力では見つからなくなる他にも、何か能力を持つのか?」

 とオリバンが言いました。尋ねた相手は、自分の目の前にちょこんと座るノームです。

「闇の力に守られるから、攻撃に強くなるな。石を持った者が闇の心を持っていれば、石の力はいっそう強くなる。魔石というのはそういうもんだ」

 ラトムは小さな体で偉そうに腕組みしていました。そんな姿が、妙に鍛冶屋の長のピランを思い出させます。

 ポチが言いました。

「ワン、サータマン軍はその他に、犬の怪物や戦車を引いた象を連れてますからね。戦力としても相当――」

 ところが、言い終わるより先にゴーリスやオリバンが驚きました。

「象だと!?」

「サータマン軍が!? 馬鹿な!」

「馬鹿なって――俺とポチでちゃんと確かめてきたぞ。熊の何十倍もある、馬鹿でっかい動物で、太い触手みたいな鼻を動かしてやがった。あれが象なんだろう?」

 とゼンが言うと、深緑の魔法使いが首を振りました。

「サータマンに象はおりません、ゼン殿……。象の戦車部隊を抱えているのは、メイですじゃ」

 勇者の一行は、またびっくりしました。

「サータマンじゃない? でも、サータマンは確かにジタンを――」

 と呆気にとられるフルートに、ゴーリスが鋭く尋ねました。

「おまえらが今日見た軍勢はどんな紋章をつけていた? 鎧兜は?」

 偵察に出たゼンが頭を振り返しました。

「わかんねぇ。連中、盾を塗りつぶして、防具には、にかわで枯葉を貼り付けてたんだ……。メイっていうのは、また別の国の名前なのか? どこの国なんだよ」

 オリバンがそれに答えます。

「我がロムドと隣のザカラスの間に位置する国だ。国境を接していて、このジタンからも近い場所にある」

「じゃ、なに? ジタンはサータマンだけでなく、メイにも狙われてるってわけ!? なんでそんなに知れ渡ってんのさ! ジタンは極秘中の極秘事項だったはずだろ!?」

 とメールが声を上げます。

 

「メイとサータマンは手を結んだのかもしれんな」

 とオリバンが重々しく言いました。

「元々、メイとサータマンは折り合いの悪い国同士だったが、目の前に宝の山があるとわかれば話は別だ。今までのいさかいなど水に流して、協力してジタンを奪おうとするだろう」

「ということは、現在はメイがジタンを占領していて、そこへサータマンが援軍としてやってくる、ということだな。我が国はジタンを巡って両国と戦うことになる」

 とゴーリスが言いました。その顔は恐ろしいほど真剣です。

 深緑の魔法使いが声を上げました。

「何故こうなりますのじゃ!? この状況を恐れたために、陛下もユギル殿も我々も、決してジタンの秘密が漏れないよう細心の注意を払って来たのですぞ!」

「俺たちドワーフも、ジタンのことは口外していない」

 とビョールも言います。正直な北の峰のドワーフです。そのことばに嘘はありません。

 すると、フルートが言いました。

「それと同じことを、ぼくらも雪山越えをする前に考えました。サータマン軍を森の寺院跡で見かけたときに。あれだけの数の敵を隠せるんだから、きっとデビルドラゴンのしわざなんだろうと思ったんだけど……」

「連中を隠しているのは闇の石だ。同じように闇の石を持った間者が、ロムド城に忍び込んでいたのかもしれんな」

 とゴーリスが言いました。フルートたちはそれ以上何も言えなくなります。

 

 その時、深緑の魔法使いが言いました。

「白から伝言ですじゃ。陛下が増軍をお決めになりました。ディーラから第一師団と第四師団をこちらへ送り出してくださるそうです」

「第一師団――ワルラ将軍の直属部隊だな」

「陛下は王都の重鎮部隊を救援によこしてくださるか」

 オリバンとゴーリスが言って、頭を下げました。遠い王都の城にいるロムド王へ感謝したのです。

 大人たちはその後も、魔法使いを仲介にしてロムド城と打ち合わせを続けました。敵の大軍をにらんで、城と連携して作戦を練っていきます。勇者の少年少女たちは、それに口をはさむことができませんでした。

 

 すると、つと金の鎧兜の少年が立ち上がりました。話し合いの輪から抜けて歩き出します。仲間たちはあわてて後を追いましたが、フルートはまったく立ち止まりませんでした。黙って足早に歩き続け、森の外れまで来て、ようやくそこで止まります。行く手には夜の闇と、欠けた月に照らされたジタン山脈が見えています。

「どうした、急に?」

 とゼンが声をかけても、フルートは夜景を見たまま黙っていました。仲間たち全員が追いついて集まってくると、ようやく口を開きます。

「願い石の戦いの時にも、このジタンでロムド軍とザカラス軍が戦ったんだよ――」

 ああ、と仲間たちはうなずきました。

「もう一年半近く前のことになるな。それで?」

 とゼンが促します。月に照らされたフルートの顔は真剣そのものの表情をしていたのです。

「あの時、大勢の人たちが死んだ。ロムド兵もザカラス兵も。あれと同じことがまた起きようとしているんだ。今度はロムドとサータマンやメイとの間で。また大勢が死ぬんだ」

 仲間たちはフルートが感じていることを理解しました。優しい勇者です。戦争が起きてたくさんの人々が傷つき死ぬことに心痛めているのです。

「しかたないよ、フルート。戦わなかったらジタンは敵に奪われちゃうし、そしたら魔金を悪用されて、世界中が大戦争になっちゃうんだからさ」

 とメールが言います。海の戦士の彼女は戦いにシビアです。

 けれども、フルートはそれをじっと見つめ返しました。夜の中でもその瞳は鮮やかな青です。

「そう、大戦争を起こさないために戦争をするんだ。――でも、それって、おかしいと思わないか? 戦いを防ぐために戦うなんて。人を死なせないために人を殺すなんて。それも、大勢」

 フルート、と仲間たちは思わず溜息をつきました。フルートは本当に相変わらずです。

 ゼンがまた言いました。

「サータマンやメイは敵国なんだぞ。そいつらを倒さなかったら、こっちがやられるんだ。そこんとこはしっかり現実認めておけよ」

 すると、フルートが強く言い返しました。

「サータマンは敵国じゃない! 少なくとも、あの国に暮らしている人たちは敵なんかじゃない! 思い出せよ。サータマンで一緒に春祭りを過ごしたじゃないか。みんなと一緒に踊ったじゃないか――手をつないで!」

 仲間たちは何も言えなくなりました。それぞれの脳裏に春祭りの踊りがよみがえってきます。打ち鳴らされる鐘の音、高く飛び地面を踏みしめる皆の足音。春よ来い、幸せよ来い、と祈ったとき、確かに彼らとサータマンの人々は一つになっていました。同じ願い、同じ想いを、つないだ手から手へ伝え合いながら。

 

「じゃあ、どうするの?」

 とポポロが尋ねました。フルートは何かを強く決心する顔をしていたのです。

「戦争を止める――。戦わないでジタンを取り戻すんだ」

 勇者の少年はきっぱりとそう言いました。

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