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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第8章 夜の森

26.合同

 その夜、移住団と警備兵の一行は高原の森で野営しました。

 今までずっと種族ごとに別れて夜を過ごしてきたドワーフと人間が、今夜は入り混じって同じたき火を囲んでいました。ドワーフが作った料理をロムド兵が食べ、ロムド兵が振る舞う酒をドワーフが呑み、互いにおしゃべりをしています。酒が回るにつれて野営地は賑やかになり、肩を組んで歌を合唱する者たちまで出てきます。協力して闇の敵と戦ったドワーフと人間は、もう同じ仲間になっていたのでした。

 そんな様子を少し離れた場所から眺めて、ゴーリスが苦笑しました。

「敵が目の前に潜伏しているのですから、本当はもっと緊張するべきなのですが」

 その隣には、皇太子のオリバンが腕組みして立っていました。

「今夜くらいは良いだろう。ようやく人とドワーフが認め合えた記念すべき夜だ。だからこそ、特別に祝い酒も配給したのだからな」

 すると、さらにその隣からフルートが言いました。

「今夜は大丈夫ですよ。敵はジタン山脈の方に行っていますから。金の石がここにあるから、闇の襲撃も心配はないです」

 優しげな勇者の少年は、楽しそうに過ごす人々の姿に、いっそう優しい顔になってほほえんでいました。

 

 すると、ゴーリスがフルートに言いました。

「彼らにはこのまま楽しませておいていいが、我々は話し合いを始めなくてはならないぞ。おまえたちが運んできた情報はとんでもないものだ。城とも協議しなくては」

 フルートは真面目な表情になってうなずきました。そのために、彼らは雪山越えまでして駆けつけてきたのです。

 すると、オリバンが尋ねました。

「サータマン軍から逃げ出してきたというノームは、どこにいるのだ?」

「馬と一緒に、さっきここまで連れてきたんだけど……ちょっと、渋ってるんですよ」

「渋っている? 何故」

「ここにいるのはドワーフの移住団だから……。ゼンが呼びに行ってます」

 と答えて、フルートはちょっと苦笑する顔で森の外れを眺めました――。

 

 森の外れでは、ラトムが小さなたき火に当たっていました。賑やかな野営地を横目で見て、ぶつぶつ言っています。

「驚きも桃の木山椒の木。こんな光景が信じられるか? 人間とドワーフがあれほど親しくするなど、聞いたこともない」

「どうして信じられねえんだよ? 現にああして、みんな楽しそうにしてるじゃねえか」

 とゼンがラトムに尋ねます。

「まず人間が人間以外の種族に親切にしているのが信じられん。そして、ドワーフがあんなに気前よく振る舞っているのは、もっと信じられん」

 頑固に言い張るノームに、ゼンはうんざりした顔になりました。

「ラトム、いい加減その認識を変えねえか? 確かにがめついドワーフってのはいるのかもしれねえけどよ、北の峰の連中は、みんないい奴らぜだぜ。それに、人間にだっていろんな奴がいる。中にはいい人間だっているんだよ」

「おまえやフルートがまともなのは認めるがな、他のドワーフや人間まで信用するわけにはいかん。それなのに、一緒に来いだと? いいや、ごめんだ。俺はずっとここにいるぞ」

「あそこにいる連中は信用できるって」

「うるさい! とっととあっちへ行け、ドワーフの坊主!」

 ラトムに乱暴に言われて、ゼンは、むっとしました。

「ったく。このわからず屋の親父が!」

 と言うなり、ラトムの襟首をつかんで持ち上げてしまいます。なにしろ怪力のゼンですから、小さなノームなど鳥の羽ほどにも重さを感じません。ラトムがどれほど暴れようが騒ごうが、まったく無視して運んでいきます。

「こ――こら、放せ! 放さんか、馬鹿者! 俺を戻せ――!」

 わめくラトムを、ゼンがいきなり、ぽーんと放り投げました。小さな体が宙を飛び、ラトムが悲鳴を上げます。

 

 すると、誰かが大きな手でそれを受け止めました。

「こら、ゼン! なんて真似をする! 失礼だぞ!」

 と大声で叱りつけます。

 ラトムは声の主を見上げました。端正な顔立ちをした青年が、ラトムを子猫のように片手で抱いていました。

「だって、ラトムがあんまり石頭だからよぉ――」

 と口を尖らせるゼンに、げんこつを一発食らわせてから、青年はラトムを地面に下ろしました。その目の前で右手を胸に当て、大きな体を深々と曲げて見せます。

「お初にお目にかかる、ノーム殿。私はこのロムド国の皇太子のオリバンだ。我々はあのジタン山脈を目ざしているが、そこでサータマン軍が待ち伏せていると聞いた。貴殿の知っていることを、ぜひ教えてもらいたいのだ」

 ラトムは目をぱちくりさせました。ロムドは中央大陸でも急進中の大国です。そこの皇太子がこんなに丁寧に接することが信じられなくて、思わず隣のフルートを見てしまいます。

 少年は笑って言いました。

「オリバンは本当にロムドの皇太子ですよ。未来のロムド王です。若いけど、とても頼りになるんです」

 すると、皇太子の隣に立っていた人間も言いました。

「殿下はサータマン軍に捕まっている他のノームたちも助けたいと言っておられる。そのためには敵の情報が必要だ。協力してくれ」

 男は黒い鎧を着ていて、ひどく険しい目つきをしていました。髪もひげも瞳も黒い色ですが、髪にはだいぶ白いものが混じっています。腰に下げた大剣がいやに目立ちます。

「ロムド城の重臣のゴーリスです。こんなでもロムドの大貴族なんですよ」

 とフルートが説明すると、とたんに黒ずくめの男に、ぐいと引っぱられました。

「馬鹿もん! 師匠を捕まえて、こんなでも、とはどういう言いぐさだ、フルート!」

「だって、ゴーリスは貴族が大嫌いな貴族じゃないか。嘘は言ってないよ」

 フルートの口調が変わっていました。年に似合わない大人びた様子が、急に年相応になったように見えます。生意気を言うな! とまた黒い剣士に叱られて首をすくめますが、その顔も、いかにも少年らしい、いたずらっぽい笑顔になっていました。

 驚いているラトムに、また別の人物が話しかけてきました。

「ノームがドワーフを嫌っているのは昔からのことだ。だが、そうも言っていられない場合があるだろう」

 肩幅の広いがっしりした体格の小男でした。茶色の髪とひげをして、毛皮の上着をはおり、弓矢を背負っています。いかにもドワーフという体つきですが、何故だか別の人物にも似て見えて、ラトムはとまどいました。ゼンの方を見てしまいます。

 今度はゼンが笑いました。

「あれ、わかったのかよ、ラトム。そう、俺の親父だぜ。ドワーフは嫌いでも、俺の親父くらいとなら話す気にならねえか?」

 

 ラトムは、なんだか何も言えなくなりました。

 ロムド国の皇太子、ロムド城の重臣、ドワーフ、そこにノームの自分――。本当に、なんとも奇妙な取り合わせです。そんな顔ぶれが揃っていること自体ありえない気がするのですが、誰もが当然のことのような顔をしています。そして、金の石の勇者たちは、そんな青年や大人たちに絶対の信頼を寄せているのです。

 すると、深緑色の衣の老人が話しかけてきました。

「驚くのは無理ないがの、ノーム殿、ロムドの面々はとても常識では測れませんぞ。見た目で測ることもできませんのじゃ。そんなことをしていたら、驚いているだけで終わってしまって、何もできなくなりますわい」

「こいつらが見た目で判断できないってのは、嫌ってほど見せられたがな」

 とラトムは渋い顔でフルートやゼンを示し、改めて老人を見上げました。

「あんたは? 何者なんだ?」

「ロムド城を守る四大魔法使いの一人で、深緑の魔法使いと言いますじゃ、ノーム殿」

「驚き桃の木! あんたがあの有名なロムドの四大魔法使いか!」

 とラトムは声を上げ、一瞬考えてから、すぐに頭を振りました。

「いや、そうだな。驚いているばかりじゃ、確かに何も進まない。こいつらと雪山越えをしたときに、もうびっくりは売れ切れにしてきたんだ。仲間を救うためなら、人間だろうがドワーフだろうが魔法使いだろうが気にしていられるか。こうなったら、幽霊とだって手を組んでやるぞ」

 ラトムが開き直って言うと、ゼンがあわてて手を振りました。

「幽霊だけはやめとけ。呼ばれもしねえのにしゃしゃり出てくる奴を呼び出しちまうかもしれねえからな」

 とたんに、フルートとオリバンが苦笑しました。うふふ、と女のように笑う男の声が聞こえたような気がしたのです。けれども、それは空耳でした。

 ノームは意味がわからなくなって、きょとんとしました。

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