猿のような黒い怪物は数十匹に増えていました。移住団のドワーフたちへ襲いかかっていきます。それを守って、ロムド兵たちが剣をふるいます。怪物の悲鳴が上がり、血しぶきが飛びますが、怪物の傷は見る間に治ってしまいます。
ゴーリスがそちらへ駆け戻りながらどなりました。
「闇の怪物だ! 切ってもすぐ復活する! 首を切って火をかけろ!」
目の前の地面から、新たな怪物が姿を現してゴーリスに飛びかかってきました。ゴーリスが即座にその首をはねます。後を追ってきたオリバンが、聖なる剣でとどめを刺します。
ドワーフの猟師たちは、押し寄せる怪物へ次々と矢を放っていました。急所に当たって倒れても、矢はすぐに抜け落ち、怪物が跳ね起きてきます。
「くそ!」
猟師たちは弓矢を山刀に持ち替えました。怪物に切りつけますが、その傷もすぐに治っていきます。猿に似た頭が、牙をむいて猟師に食いつこうとします――。
すると、老人の声が響きました。
「黒い猿め! 正体を見せんか!」
深緑の魔法使いが長い杖を構えて怪物たちをにらみつけていました。とたんに、飛びかかろうとしていた怪物が地面に落ちて、しぼみ始めました。人間の倍もある大きさだったのに、あっという間に犬ほどの大きさになって、キイキイと叫び始めます。それは赤毛の猿でした。
「なんじゃ。元の姿も同じか」
と深緑の魔法使いは言うと、ドワーフの猟師たちに言いました。
「そら、これなら、おまえさんたちの得意な相手じゃろう! 元の姿に戻っとるのは少しの間じゃ。早うやっつけんか!」
「確かにな。これは俺たちの相手だ」
とビョールが笑うように言って山刀を振り下ろしました。キーッと猿が叫んで絶命します。魔法使いは怪物を次々猿に変えていきます。他の猟師たちがそれへ刀をふるい、矢を放ちます。
移住団のドワーフの周囲では、ロムド兵が怪物と戦い続けていました。深緑の魔法使いも、後方の怪物までは変えることができなかったのです。剣がうなり、血しぶきが飛び、怪物が首を切り落とされて倒れます。
ところが、兵士たちは敵と戦うことで手一杯でした。倒れた怪物を燃やさなければ、切れた頭と体がまたつながって生き返ってくるというのに、次々新しい敵に襲いかかられて、火を放つことができません。倒れた怪物がうごめき、地面に落ちた頭が、見えない糸で引き寄せられるように、ずるずると体の方へと動き出します。兵士たちが焦ります――。
すると、突然その頭がまた遠くへ跳ね飛ばされました。移住団のドワーフの一人が、大きな槌(つち)で殴り飛ばしたのです。転がった怪物の頭がドワーフへ歯をむいて、キーキーと怒ります。
ドワーフはずんぐりした体に似合わない敏捷さで駆け出すと、また槌を振り下ろしました。たった一撃で頭が粉砕されます。それでも怪物は死なないのですが、そこへ後続のドワーフたちが駆けつけました。怪物の体へ液体をぶちまけ、松明を押しつけます。とたんに火の手が上がりました。油をかけて火を放ったのです。
思わず呆気にとられたロムド兵たちの間から、移住団のドワーフたちが雄叫びを上げて飛び出していきました。防具など何も身につけていないのに、恐れる様子もなく怪物へ飛びかかり、手にした槌やつるはしを振り下ろします。ドワーフは怪力の民です。たちまち怪物が打ちのめされて地面に倒れます。そこへ油がまかれ、火がつけられます。兵士たちは我に返りました。気がつけば、ドワーフたちは一人残らず彼らの前に出て、怪物相手に戦い始めていたのです。
「守れ! 怪物にドワーフたちを傷つけさせるな!」
と兵士たちは叫び、ドワーフたちに駆け寄って再び怪物へ剣をふるいました。今まさにドワーフに食いつこうとしていた怪物が、剣に切られて地面に転がります。そこへドワーフが大きな槌を振り下ろし、別のドワーフが油と火をお見舞いします。燃え上がる炎の中、怪物の絶叫が響き渡ります――。
「なるほど、これはすごい」
とゴーリスが馬上からその光景を見て言いました。ドワーフたちの戦いぶりは勇猛の一言です。王の軍隊でも、これほど勇敢に戦うことはなかなか難しいのに、彼らはただの坑夫たちなのです。
「ドワーフが生まれながら強力な戦士だというのは本当だな」
とオリバンも感心していました。
みるみるうちに、彼らの周囲から闇の怪物が消えていきます。
すると、突然老人の声が響きました。
「出ますぞ! 下がりなされい!」
深緑の魔法使いが一同の前に飛び出して長い杖を前に向けていました。その場所に、まだ敵は姿を現していません。
けれども、老人は鋭い眼光でにらみながら杖を動かしました。一同の前に濃い緑色の光が走り、輝く壁を作ります。とたんに、そこに黒い炎が激突して散りました。
いつの間にか、深緑の魔法使いの目の前に怪物が現れていました。見上げるように巨大なナメクジです。赤い体に黄色い縞模様の毒々しい色合いをしています。
「大ウミウシじゃな。炎を吹くとは、また珍しい」
感心したように言う老人へ、大ウミウシがまた口を開けました。黒い炎がまた飛び出してきますが、老人に届く前に、光の壁にさえぎられてしまいます。
深緑の魔法使いはウミウシへ杖を突きつけました。
「そなたも正体を見せい! こんな場所にウミウシがいるわけがない! 本当のそなたの姿はなんじゃ!?」
たちまちウミウシの体が崩れ、色と形を変え始めました。毒々しい赤と黄色が流れるように落ちていって、黒一色に変わります。首が細く長くなり、体は太く、尾が長くなります。
一同は、ぎょっとしました。目の前に姿を現したものを、信じられないように見上げます。それは実体のない、影だけの怪物でした。大ウミウシよりもっと巨大な姿をしています。その背中にばさりと音を立てて大きなものが広がりました。コウモリの羽のような形をした、四枚の翼です――。
「デビルドラゴン!?」
とオリバンとゴーリスが思わず声を上げました。まさか! と思いますが、そこにいるのは、確かに四枚翼の影の竜でした。長い首を振り上げ、笑うように空へ口を開けます。すると、そこから無数の黒い弾が飛び出してきました。立ちすくむ人々へ魔弾が噴水のように降りかかってきます。
深緑の魔法使いが杖を振り上げました。自分の身長よりも長い樫(かし)の杖です。一同の上にまた光の壁が広がり、魔弾の雨を防ぎます。
「何故だ!? 何故、ジタンにデビルドラゴンがいるのだ――!?」
とオリバンが言います。誰もそれに答えることはできません。
すると、ビョールが突然どなりました。
「危ないぞ、魔法使い!」
闇の竜が影の尾を振り上げていました。勢いをつけて深緑の魔法使いへたたきつけようとします。魔法使いはとっさに杖を竜へ向け直しました。光の攻撃魔法を繰り出します。
ところが、竜はそれを跳ね返してきました。光の魔法がそのままの勢いで戻り、深緑の魔法使いを打ちのめします。老人は地面に激しくたたきつけられて動かなくなりました。
「深緑!!」
オリバンとゴーリスは駆け出しました。ビョールと猟師たちも駆けつけます。そこへまた闇の竜が口を開けました。トンネルのような咽の奥で、黒い魔弾が無数に光っているのが見えます。
「この……!!」
と猟師たちが弓を構えました。竜の口へ矢を放とうとします。
すると、そこへ誰かが叫びました。
「だめだ! 攻撃するな――!」
オリバンとゴーリスは同時に空を見上げました。声はデビルドラゴンの向こうから聞こえてきます。とても聞き覚えのある少年の声です。
とっさにゴーリスが叫びました。
「撃つな!」
けれども、ドワーフの猟師たちはいっせいに矢を放ちました。空中のドラゴンめがけて八本の矢が飛んでいきます。影の竜に届くと見えたとき、それがふいに反転しました。勢いはまったく衰えないまま、猟師やオリバンたちへ戻ってきます。彼らは避けられません。
すると、今度は少女の声が響きました。
「セエカ!」
いきなり一同は吹き飛ばされて地面にたたきつけられました。矢も空の彼方へ弾き飛ばされます。後ろにいた移住団のドワーフたちまでが、強風にあおられたように地面に倒れていました。
オリバンは顔を上げました。痛みより驚きの方が勝っています。信じられない思いで空を見上げます。
すると、空中で羽ばたく四枚翼の竜から、二匹の風の獣が飛び出してきました。影の体の中を突き抜けてきたのです。白いその背には、それぞれ二人の少年と二人の少女が乗っていました。手前にいた小柄な少女が、泣きそうな顔を獣の背に伏せます。
「ごめんなさい……! また一緒に飛ばしちゃった……!」
後ろに乗っていた長身の少女が、それをぐいと引き起こしました。
「気にするんじゃないよ! ちゃんと、みんなを守ったじゃないか!」
別の風の獣の背からは、少年たちが叫んでいました。
「オリバン! ゴーリス!」
「みんな、無事かよ!?」
オリバンもゴーリスも、ドワーフたちも、呆気にとられてそれを見上げていました。
闇の竜から飛び出してきた少年と少女。それは、風の犬に乗った、金の石の勇者の一行だったのです――。