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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第7章 敵襲

23.勘

 移住団の先頭を進んでいたビョールが、ふいに走り鳥をぴたりと停めました。行く手にそびえるジタン山脈を見上げます。

 彼らは荒野を抜けて、ロムド南西部に広がる高原地帯に差しかかろうとしていました。進路はもう上り道になっていますが、屈強なドワーフたちは、山のような荷物を担いでいても少しも速度が落ちません。それがビョールにならって急に立ち止まってしまったので、オリバンとゴーラントス――ゴーリスが馬で駆けつけてきました。後ろの方からは、馬に乗った深緑の魔法使いと、走り鳥に乗った他の猟師たちもやってきます。

「どうした?」

 茶色の髪とひげの猟師頭は自分の首筋の後ろをなでていました。

「行く手に敵がいるな」

 一同はたちまち警戒する顔になりました。

「何か見えたのか?」

「いや。だが、首の後ろがちくちくする。この感覚がするのは、決まって敵が隠れているときだ」

「なんじゃ。ただの勘かね」

 と深緑の魔法使いがあきれたように言いました。たちまち他のドワーフ猟師たちが魔法使いをにらみます。

 ビョールが答えました。

「そう、ただの勘だ。だが、俺たち北の峰の猟師は、目や耳と同じくらい勘を大事にする。この先には敵がいるぞ。このまま進むことはできない」

「わしには何も見えんぞ。このわしの目から逃れているというのかね?」

 と老人は鋭いまなざしを行く手に向けました。真実を見抜く魔法使いの目ですが、いくら眺めても行く手には何も見当たりません。疑うようにまた言いました。

「城の占者のユギル殿も、行く手に敵は存在しない、と言っておったぞ。つい一時間ほど前のやりとりじゃ。いよいよ目的地を前にして、気が立っているんじゃないのかね?」

 ビョールは何も言い返しませんでした。むっとした顔になったのは、他の猟師たちです。人間たちから離れるように、ビョールのまわりに集まっていきます。

 

 オリバンとゴーリスは思わず顔を見合わせました。深緑の魔法使いは人の好い老人なのですが、自分の目には非常に自信を持っています。一方のドワーフたちは実直で誇り高いので、自分たちのリーダーを疑われるのが我慢できません。彼らが言い争いになれば対立が起きて、せっかくここまでうまくやってきた移住団との間に、取り返しのつかないひびが入ってしまいます。

 オリバンは即座に深緑の魔法使いに命じました。

「もう一度、城と連絡を取れ。ユギルにもう一度占うように言うのだ」

 今度は魔法使いが面白くない表情になりましたが、さすがに皇太子の命令には逆らえなくて、しぶしぶ目を閉じました。ロムド城にいる白の魔法使いと心で話し始めます。

 その間、移住団の一行は足を止めて、その場で休憩していました。先頭に立つリーダーたちの不協和音を感じ取ったのか、人間たちを眺めるドワーフたちの目は、どうもあまり友好的ではありません――。

 

 やがて、深緑の魔法使いが目を開けて言いました。

「ユギル殿に再度占ってもらいましたが、やはり、ジタン山脈に敵は見当たらないそうですじゃ。ただ――」

 魔法使いの老人は渋い顔つきをしていました。

「間もなく、非常にびっくりするようなことが起きる、と言われました。思いがけないことが、我々のところで起きるそうですわい」

「思いがけないこと?」

 とオリバンもゴーリスも、ドワーフの猟師たちも、思わず聞き返してしまいました。

「なんだ、それは?」

 とオリバンが尋ねます。深緑の魔法使いは首を振りました。

「わかりません。ユギル殿の占いですじゃ」

「敵襲か」

 とビョールがつぶやくように言ったので、深緑の魔法使いが言い返しました。

「ユギル殿は、そんなことは一言も言っておらん。敵は見当たらない、と言っているんじゃ――」

 また魔法使いとドワーフ猟師の間でもめ事が始まりそうな雰囲気でした。オリバンが急いで割って入ろうとすると、とたんに深緑の魔法使いが大きく飛びのきました。何かにあわてながら、空に向かって叫びます。

「わ、わかっとる! わかっとるわい! 年寄り相手に、そんなにどなるんじゃない、白!」

 まるで誰かがそこにいるような口調ですが、空には何も見えません。

「白の魔法使いか?」

 とオリバンが目を丸くして尋ねると、深緑の魔法使いはうなずきました。

「まだ頭の中で白とつながっておりましての。現場では現場の指示に従え、とえらい剣幕でどなられました」

 ロムド城にいる四大魔法使いのリーダーは、はるかな距離を超えて、移住団のドワーフたちと争いを起こすな、と深緑の魔法使いを叱りつけてきたのでした。

 深緑の魔法使いは、ぶつぶつ言い続けました。

「まったく、いつまでたっても、年寄りをいたわることを知らんおなごじゃ。そんなにきつい性格では、そのうち青にも愛想を尽かされて――」

 とたんに、老人はまた首をすくめ、何もない空へ言い返しました。

「わかったと言うとるじゃろうが! 冗談じゃ! そんなにむきになって怒るんじゃないわい!」

 どうやら、深緑の魔法使いはまた白の魔法使いにどなりつけられたようでした。

 

 ビョールは走り鳥の背から表情も変えずにそれを見ていました。オリバンに向かって言います。

「現場では現場の指示に従え、か。おまえはどうしたいんだ、王子」

 すると、オリバンはあっさりと答えました。

「移住団に指示を出すのは貴殿だ、ビョール。我々はドワーフたちを護衛するためにここにいるのだ」

 少しもためらいのない声でした。ゴーリスは密かにうなずきました。自分の身分にこだわらず、どんな相手にも必要な敬意を払うことができる皇太子です。こんなふうだから北の峰のドワーフたちに信頼されたのだ、と改めて考えます。

 猟師たちの間の緊張した空気が、急速に和らいでいきました。皆が落ち着いた表情になって自分たちのリーダーを見ます。ビョールが言いました。

「サグ、グード、偵察に出ろ。安全が確認できるまで、俺たちはここから動かん」

「わかった」

 二人のドワーフの猟師が走り鳥で行く手へ出て行きました。

 他の者たちはそれを見送りました。深緑の魔法使いも、もう何も言いませんでした。

 

 行く手には高原が広がっていました。荒れ地ですが、ところどころに森があります。その向こうに広がっているのが、目ざすジタン山脈です。なだらかな稜線の山々は、春を迎えて、けむるような緑や薄紅に包まれています。

 すると、偵察に出た走り鳥が突然ピイ、と悲鳴を上げました。二人の猟師が右へ左へ大きく飛びのいて叫びます。

「やっぱり出たぞ! 怪物だ――!」

 そんな馬鹿な!? と驚いたのは深緑の魔法使いでした。あわててそちらへ目を凝らしますが、やはり、老人の目には何も映りません。ですが、偵察に出た二人は、確かに何かから身をかわして逃げているのです。

 即座にオリバンとゴーリスは馬を走らせました。二人の猟師を追いかけるものが見えてきます。それは、真っ黒な猿のような怪物でした。四つ足で走り、大きく飛び上がって走り鳥に襲いかかろうとします。猟師が手綱を引いてそれをかわします――。

 オリバンが先にそこへ駆けつけました。大剣で切りつけると、怪物が悲鳴を上げて飛びのきます。体に受けた傷が見る間に消えていきます。

「闇の怪物か」

 とオリバンはつぶやき、大剣を鞘に戻して、別の剣を引き抜きました。ドワーフの猟師たちにどなります。

「貴殿たちには倒せない敵だ! 下がれ!」

 言いながら自分は逆に飛び出し、怪物へ剣を振り下ろします。リーン、と鈴を振るような音が鳴り響き、真っ二つにされた怪物が黒い霧になって消えていきます。オリバンは聖なる剣で怪物を切り捨てたのでした。

 

 すると、オリバンの後ろにゴーリスが飛び込んできました。ものも言わずに自分の剣を振ります。とたんに、別の怪物が血をまき散らしながら地面に倒れました。新しい怪物が皇太子に襲いかかろうとしていたのです。

 それに聖なる剣でとどめを刺しながら、オリバンはあたりを見回しました。次々と新しい怪物が姿を現していました。あっという間に増えていきます。地面の中から這い出しているのです。

 オリバンは振り向いてドワーフたちに言いました。

「身を守れ! 闇の怪物の襲撃だ!」

 ゴーリスも、移住団の後方に向かって叫びました。

「警備隊、出ろ! 敵襲だ!」

 とたんに、後ろの林の中から、おーっと声が上がりました。銀の鎧兜に揃いの暗緑色のマントの兵士たちが、馬と共に飛び出してきて、ドワーフ移住団のまわりを囲みます。護衛のロムド兵たちでした。三十名ほどいます。

 地中から現れた怪物たちがそちらへ走っていきました。狙いはドワーフなのです。

「ドワーフたちを守れ!!」

 とオリバンの声が響く中、怪物と人間の戦いが始まりました――。

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