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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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22.逃走

 空を引き裂いて降ってきた稲妻に直撃されて、ゼンとポチは真っ逆さまに空から落ちました。

「ワン、ゼン――!」

 ポチは落ちながら風の頭を振りました。遠くなりかけていた意識を引き戻し、自分の真下を落ちていくゼンを見つめます。ゼンは魔法の鎧を着たフルートとは違います。たとえ十数メートルの高さからでも、まともに落ちれば助かりません。

 ポチは痛む体で必死に急降下しました。もう地面は目の前です。地上で激しく渦を巻いてゼンを受け止め、ゆっくりと地上へ降ろします。とたんに、ポチは力尽きて、その場に倒れてしまいました。あっという間に子犬の姿に戻ります……。

「おい、ポチ! 大丈夫かよ!?」

 ゼンが跳ね起きて子犬に飛びつきました。ポチは目を開けて、ほっと笑いました。

「ワン、良かった……無事だったんですね」

「俺はなんともねえよ。風の犬になっていたのに食らったのか? 魔法攻撃だったんだな」

「ワン、だからゼンは平気だったんですね……胸当てが守ってくれたんだ」

 魔法の稲妻に打たれたポチは起き上がることができませんでした。牛のような角を生やした犬たちが、こちらへ向かって走ってきます。たくさんの敵兵がそれに続きます。ゼンはポチを抱いて立ち上がると、ショートソードを抜きました。敵はあまりに大勢で、逃げ切れなかったのです。

 飛びかかってきた角犬へ、ゼンはショートソードを突き出しました。犬がかわして牙をむきます。ゼンは避けられません。

 

 すると、突然空から剣が降ってきて、角犬の胴体を串刺しにしました。犬が悲鳴を上げ、火を吹いて燃え上がります。

 剣と一緒に飛び下りてきたフルートが、身をひねって着地しました。すぐに剣を地面から引き抜き、次の角犬に切りつけます。切っ先が弧を描き、切り裂かれた犬が炎に包まれます――。

 フルートを運んできたルルが、風の犬の姿で兵士たちに襲いかかっていました。猛烈な風で兵士を押し返します。後ろの森からは蹄の音と共にゴマザメが駆けてきました。鞍からメールが手を伸ばします。

「早く! 乗りなよ!」

 とゼンとポチを馬の上に引き上げます。

 フルートは仲間たちにどなりました。

「次の魔法攻撃が来るぞ! 逃げろ!」

 言っているそばから空が裂け、また黒い稲妻が降ってきました。すさまじい音が大気と大地を激しく揺すぶります。

 けれども、フルートたちは無事でした。淡い金の光が彼らを包んでいます。金の石が守ったのです。

 同じ光を浴びて、角犬たちが悲鳴を上げていました。地面を転がりながら溶け出します。

「闇の怪物だ!」

 とフルートたちは驚きました。この軍隊は闇の怪物も抱えているのです――。

 

 一同の頭の中に、またポポロの声が響きました。

「みんな、こっちに戻ってきて! 早く!」

 フルートたちは森を振り向きました。木立の間に、馬にまたがった小柄な少女がいました。小さなノームをのせたコリンや、主人を待つ黒星の姿も見えます。

「フルート、乗って!」

 とルルが飛び戻ってきて、背中に少年を拾いました。メールがゴマザメを走らせ始めます。そのあとを、兵士が追いかけてきます。

 フルートたちが森の中へ駆け込むと、ポポロが馬の上で片手を伸ばしました。指先をまっすぐ敵に向けて呪文を唱えます。

「レマート!」

 停止の魔法です。とたんに兵士たちが止まりました。剣を振り上げ、走る格好のままで凍りついたように動かなくなります。後続の兵士たちは魔法を逃れましたが、驚いて思わず二の足を踏みます。

 そこへ今度はメールが両手を向けました。

「お行き、花たち!」

 ざぁっと音を立てて、森の奥から花がやってきました。春先に咲く小さな黄色い花たちです。後から後から飛んできて、蜂の大群のように兵士たちに襲いかかります。切っても払っても、兵士たちは花を追い払えません。花に視界をさえぎられてしまいます。

「逃げるぞ!」

 とフルートは叫び、全員は森の奥へと駆け込んでいきました――。

 

「もう大丈夫だ。敵は追ってこないよ」

 森の上空へ偵察に行ったフルートがそう言ったので、仲間たちはようやく馬を止めました。空の鞍を乗せて走っていた黒星も一緒です。

「よくあきらめたな、あの連中。俺たちが金の石の勇者の一行だと気づいたはずなのに」

 とゼンが言いました。疑うような口調です。ポポロも心配そうな顔をしました。

「あたしの魔法使いの目ではサータマン軍は見えないのよ。少人数なら見えることもあるけど、大人数になると全然見えなくなるの。森の中を隠れながら近づいているかもしれないわ……」

「森から鳥が飛び立たないんだよ。あれだけの軍隊が来れば、森の生き物は驚いて逃げるはずなのにさ」

 とフルートは答え、ルルの風の背中から下り立ちました。

「連中はジタン山脈へ急いでいる。ぼくたちのことは放っておいて、ジタンを目ざすことにしたんだよ。――ということは、ジタンで待ち伏せの準備をするつもりだってことだから、決して喜べることじゃないんだけどさ。とりあえず、今は助かった」

 言いながら、ポチに金のペンダントを押し当てます。魔法の稲妻を食らって弱っていた子犬が、たちまち元気になってフルートに飛びつきました。尻尾をいっぱいに振ってフルートの顔をなめ、すぐに話し出します。

「ワン、フルートの言うとおりですよ。サータマン軍は明日の朝までにジタン山脈を占拠する計画なんです。このままじゃ、ジタンはサータマンのものになっちゃいますよ」

「でも、敵はあの人数だ。ぼくたちだけではどうしようもないんだよ。味方と合流しなくちゃ」

 とフルートは言いました。味方とは、もちろんドワーフやオリバンたちのことです。

 

 ゼンがゴマザメの背中からフルートの隣へ飛び下りました。

「サータマン軍の奴ら、鉄の戦車まで準備してやがったぞ。象とかいう、馬鹿でっかい獣に引かせてるんだ。おまけに、魔法攻撃や犬の怪物まで使える。犬の怪物は金の石が溶かしたが、他にもいるかもしれねえからな。とんでもない戦力だぞ」

 フルートは考え込みました。

「サータマン軍にはやっぱりデビルドラゴンがついているかもしれない。黒い稲妻の魔法攻撃に、闇の怪物――すごく怪しいよ。もし、デビルドラゴンがあの軍に一緒にいるなら、移住団の居場所はもう見抜かれている。敵の思惑通りに待ち伏せされてしまうんだ――」

「でも、あたいたちだって、金の石の力で敵の目から隠されてるんだよ。条件としては、あっちと同じさ。きっとそこに勝算があるよ」

 メールは渦王の鬼姫と呼ばれる戦士です。どんな時にも、決して戦うことをあきらめません。フルートはうなずきました。

「うん、絶望してるわけじゃないよ。とにかく、移住団と合流しよう。そして、ジタンを奪い返す作戦を練るんだ。ポポロ、今度こそ移住団を見つけてくれ」

「わかったわ」

 少女がうなずき、遠いまなざしになります。

 

 広大な場所から移住団を見つけ出すには時間がかかります。ポポロが彼方を心の目で探し続けている間、フルートたちはそばで待ち続けました。透視の邪魔をしないように、話も遠慮します。

 ところが、ラトムがおもむろに口を開きました。

「今の軍隊だが――本当に俺が逃げ出してきたところかな?」

 フルートたちはラトムを見ました。ノームはコリンの背中で考え込む顔をしていました。

「俺は馬車に監禁されていた間、犬の声を一度も聞かなかった。もし犬がいたら、逃げたときに追いかけられた気がするんだ。それに、俺たちノームは、そばに仲間がいるとわかるのに、あの軍隊からはノームの気配がしなかった。あれは別の軍隊なんじゃないだろうか」

 フルートたちは驚きました。

「じゃ、あれは別の隊だということ――!? 先発隊がいたのか!?」

 だとすれば、寺院跡で見かけた軍隊も、これから援軍としてやってくるということです。

 ゼンが歯ぎしりしました。

「冗談じゃねえ。あの軍勢は一個師団の規模だぞ! 千人は下らねえ! 寺院跡で見かけた軍隊もそのぐらいの人数がいた! 二千人以上の軍隊がドワーフの移住団を襲うってぇのか!?」

「他にもまだ後続隊があるかもしれない」

 とフルートは冷静に予想すると、思わず息を呑んだ仲間たちへ言いました。

「オリバンたちと合流しよう。一刻も早く」

 本当に、今一番にするべきことはそれでした。フルートはポポロが眺める方向へ目を向けると、両手をぎゅっと拳に握りました――。

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