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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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21.予想外

 フルートたちが高原地帯に入って七日目の午後、とうとう行く手の山の陰から目ざす山脈が姿を現しました。先頭を駆けるゼンがそれを指さして声を上げます。

「とうとう来たぞ! ジタン山脈だ!」

「よし、ポポロ! 移住団を探してくれ!」

 とフルートが後ろに続く少女に言いました。ポポロの魔法使いの目は、その気になればどんなに遠くまででも見通すことができますが、その分、彼女をひどく疲れさせます。疲れ果てて進めなくなっては大変なので、フルートはここまでずっとポポロに透視を禁じていたのでした。

 ポポロは馬を走らせながら遠いまなざしになりました。ジタン山脈の方を眺め、やがて、ゆっくりとその目を東へ動かしていきます。

「……移住団のドワーフたちはいないわ。まだジタンに到着していないわよ」

 仲間たちはいっせいに歓声を上げました。間に合ったのです。

「ポポロ、オリバンたちはどこ!?」

 とルルが尋ねたので、ポポロはさらに遠い目になりました。ジタンに向かってやってくる移住団を探しますが、範囲が非常に広いので、すぐには見つけることができません。仲間たちは馬を止めて、そんな彼女を見守りました。

 空には雲が多く出ていました。上空を強い風が吹いているのか、雲が見る間に流れていきます。雲の切れ間から太陽がのぞいては隠れるので、景色の中で光と影がめまぐるしく入れ替わります。

 移住団を見つけられなくて、ポポロがいっそう遠い目になりました。その顔が少しずつ疲れた表情になっていくのを、フルートは心配そうに見守りました。なかなか見つからないようなら、少し休んでから、また改めて探してもらおうか、と考えます。

 

 その時、ポチが籠の中でびくりと飛び上がりました。背中の毛を逆立てて風に鼻面を上げます。

「ワン、鎧と剣の匂いだ! それも大勢!」

 風向きが突然変わり、今までとは違った方角から新しい匂いを運んできたのです。

 大勢!? とフルートたちは緊張しました。

「ドワーフの匂いは、ポチ!?」

「ワン、しません! 人間の匂いです。それと馬と武器――軍隊の匂いですよ!」

 ポポロがすぐにポチの見る方向へ目を向けました。懸命に見通そうとしますが、魔法使いの目には何も映りません。

「見当たらないわ……あっちには何も見えない」

「闇の力で隠されているんだ。サータマン軍がもうここまで来ていたのか!」

 とフルートは唇をかみました。予想外の早さです。

 ゼンが風の吹いてくる方を眺めながら言いました。

「連中が隠れているのは、あの山の向こう側だな。こっちは風下だ。確かめようぜ」

 そこで一行は目の前の山の麓を回りました。うっすらと緑におおわれた森の中を進んでいくと、やがて、他の仲間たちにも大勢の気配が伝わってきました。人の話し声、馬の鼻息や蹄の音、武器や防具がこすれ合う金属音……確かにそれは軍隊の気配でした。

 ポチと一緒に鼻をひくひくさせていたルルが言いました。

「闇魔法の匂いが混じってるわね。やっぱりサータマン軍なんだわ」

「ワン、どうやってこんなに早く来られたんだろう……。山脈の麓を回って、しかもメイを通り抜けてこなくちゃいけなかったはずなのに」

 とポチが言います。予想を大きく外されて、悔しそうな声でした。

 

 しっ、とフルートが全員に合図しました。急に森が切れ、その先の斜面に軍隊の姿が見え始めたのです。急いで馬から下り、手綱を引いて茂みの陰へ隠れます。

「相手は軍隊だ。うかつには近づけないぞ」

 とフルートは言ったとたん、メールが偵察に出て行こうとしたので、ゼンがあわてて捕まえました。

「待て、馬鹿――! ロムドはサータマン軍には敵地なんだ。前に寺院跡で見たときより、ずっと警戒してるんだぞ。しかも、森はこの先でなくなってる。おまえじゃ近づけねえよ」

「じゃあ、私が行くわ。犬なら怪しまれないでしょう」

 とルルが言うと、ゼンはそれもにらみつけました。

「ルルみたいな綺麗な野良犬がいるかよ。飼い主を捜されて、俺たちまで見つからぁ」

「俺が行ければいいんだが――」

 とラトムが言って、顔を大きく歪めながらズボンの裾を持ち上げて見せました。その両足には黒い金属の輪がはめられていました。

「連中にこれをつけられたから、地面に潜ることができないんだ。俺も近づけない」

「これだったんですか……。ラトムさんが地面に隠れずに走って逃げていたから、きっと何かで能力を封じられているんだろうと思ったんだけど」

 とフルートはラトムにかがみ込みました。足首の金属の輪を調べますが、輪には継ぎ目も隙間もなくて、外すことができません。ゼンの怪力でも無理でした。

「魔法の道具ね……。あたしの魔法で外せるかしら」

 とポポロが言ったので、フルートは首を振りました。

「今はいい。ここで魔法を使ったら、敵に気づかれるかもしれないからね」

「でも、それじゃ誰が偵察に行くのさ!?」

 とメールが尋ねました。自分が行けないので不満顔です。すると、その頭をゼンがぎゅっと抑えつけました。

「当たり前のこと言うんじゃねえよ。猟師の俺に決まってるだろうが」

「ワン、それにぼくですよ。ぼくなら小さくて、人目にもつきにくいもの」

 とポチも尻尾を振ります。

 フルートはすぐにうなずきました。

「それじゃ頼むよ――ゼン、ポチ」

 

 ゼンとポチは木立の陰伝いに軍隊に近づいていきました。

 森の先には木の生えていない岩場が広がっていて、そこに大勢の兵士が集まっていました。同じくらいの数の馬もいますが、兵士たちは今は馬を下りていました。

 しきりに風の匂いをかぎながら、ポチが言いました。

「ワン、何か妙な生き物の匂いがします。昔、一度かいだことがある気がするんだけどな……」

 ゼンは木立の陰から顔を出しました。人一倍視力の良い目で軍隊を眺め、陣営の奥に大きなものを見つけて驚きます。

「おい、馬鹿でかい動物が鉄の車を引いてるぞ。なんだありゃ? 牛の何倍もある。太い触手みたいな鼻してやがるぞ」

「ワン、象だ!」

 とポチが言いました。叫ぶ調子になりましたが、敵に聞きつけられないように、声量は抑えています。

「南大陸の大きな生き物です! ものすごく力が強いんですよ! 鉄の車を引いてるとしたら、それは戦車だ!」

「はぁん。正面から戦えば力でドワーフにかなうわけがねえんで、あれでドワーフを追い回すつもりでいるな。卑怯な人間らしいぜ!」

 吐き捨てるようにゼンが言います。象も戦車も、今までゼンが見てきたものの中では最大級のもののひとつでした。あれが疾走すれば、森の木々はへし倒され、頑強なドワーフも押しつぶされてしまうでしょう――。

 

 ゼンはポチに言いました。

「もう少し近づくぞ。ラトムの仲間のノームが捕まっているっていう馬車も見つけよう」

 そこで、一人と一匹は用心しながら、さらに軍隊へ近づいていきました。もう身を隠す木立はなかったので、岩や地面のくぼみを伝っていきます。

 兵士たちの話し声もはっきり聞こえる距離まで来ると、彼らは窪地に身を伏せ、そっと顔を出しました。兵士たちの間を伝令が通り抜けていくのが見えました。

「……ワン、明日の朝までにジタン山脈を占拠する、って言っていますよ。移住団を待ち伏せするつもりなんだ」

 と耳の良いポチが伝令の命令を聞き取りました。ゼンの方は兵士の盾の紋章を読み取ろうと、一生懸命眺めていました。

「見えねえな。盾を塗りつぶしてやがる。どこの軍かわからないように、紋章を消しやがったんだ。鎧にはやたらと落ち葉が付いてるぞ」

「ワン、にかわの匂いがぷんぷんします。鎧に塗って落ち葉を貼り付けたんですよ。あの格好でジタン山脈の麓に隠れるつもりなんだ」

 ったく! とゼンは口を大きくへの字に曲げ、さらに敵陣を眺め続けました。ノームが囚われている馬車を探しますが、資材を運ぶ荷馬車があるだけで、それらしいものはまだ見つかりません。

 

 その時、いきなりまた風向きが変わりました。今まで敵の方から吹いていた風が、今度は背中の方向から吹き始めます。

「やべぇ」

 とゼンが言ったときには、もう手遅れでした。敵陣の中で、ウォンオン! と犬のほえる声が上がり、兵士が騒ぎ出しました。敵だ! 敵がいるぞ! と叫んでいます。

「ちっくしょう! 犬まで連れてやがったのか!」

 と言いながら、ゼンはポチと一緒に大あわてで引き返し始めました。姿を隠しながら逃げようとしたのですが、隠れる場所もろくにない岩場なので、すぐに見つかってしまいました。あそこだぞ! とまたどなり声が聞こえてきます。

「走れ、ポチ!」

 とゼンは叫び、自分も駆け出しました。姿が敵から丸見えになりますが、もうかまってはいられません。全速力でその場から逃げます。

 すると、数匹の犬たちが飛び出して、ほえながら後を追ってきました。首輪を巻いた大きな犬たちがあっという間に追いついてきて、ゼンに飛びかかります。

「うるせえ!」

 ゼンはふりむきざまに犬を殴りました。キャン! と悲鳴を上げて、犬の体が吹っ飛びます。さらに飛びかかってくる犬たちを片端から殴り飛ばし、ゼンは、だん! と足を踏み鳴らしました。

「死にたくなきゃあっちへ行け、ワン公ども! 邪魔をするな!」

 その迫力に、大きな軍用犬が思わず後ずさります。

 ところが、次の瞬間、犬たちがまたうなり出しました。全身の毛を逆立てて身構え、ウゥゥー……と声を上げてゼンをにらみつけます。その体がいきなり大きくふくれあがって形を変え始めたので、ゼンは、ぎょっとしました。見る間に犬の姿が変わっていきます。

 とたんに、ごうっという音がして、風の犬のポチが飛んできました。敵の犬に飛びつきます。それは、牛のような角を生やした怪物に変わっていました。他の犬たちも同様です。巨大な牙をむいて、ゼンめがけて飛びかかってきます。ポチが風の体でそれも跳ね飛ばします。

 陣営から敵の兵士が駆け出すのが見えました。何十人という数で、とても戦いきれません。ポチは背中にゼンを拾い上げました。

「ワン、逃げますよ、ゼン!」

 と飛び始めます。角犬(つのいぬ)たちが空に向かって激しくほえ立てます。その姿が遠ざかっていきます――。

 

 その時、ふいにゼンとポチの頭の中にポポロの声が響きました。

「二人とも、危ない!!」

 その瞬間、空の雲が裂けて、真っ黒い光が二人に落ちかかってきました。黒い稲妻に打たれて、ゼンとポチは空から墜落していきました。

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