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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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20.魔石

 ノームのラトムは勇者の少年少女たちを気に入ってきたようでした。毎晩火を囲む時間になると、いろいろなことを話してくれるようになりました。もっぱら、ノームに伝わる知識のことです。

「ノームもドワーフも鍛冶の民と呼ばれるが、厳密には、それぞれ得意分野が違っている。ノームは石の加工を得意にする種族だし、ドワーフは金属の加工の方が得意だ。金属を鍛えるには力がいるからな。どうしたって、怪力のドワーフにはかなわん」

 という話し出しで、石について教えてくれたこともありました。

「この世には様々な石があるし、宝石のように綺麗な石や、魔金や聖なるダイヤモンドのように希少で価値のある石もあるんだが、本当に力を持っているのは魔石と呼ばれる石だ。魔石は石の姿をしているが、実際には石ではない。この世に漂う想いや真理が一カ所に寄り集まって、結晶になったのもので、世界に一つしか生まれてこない。想いや真理そのものだから、非常に力があるんだ」

「ぼくは金の石を持ってます。本当の名前は聖守護石で、守りの想いの魔石です」

 とフルートが言いました。

 ラトムはうなずきました。

「魔石は生き物のように自分の意志を持っていて、持ち主を自分で選ぶ。守りの魔石に選ばれたフルートは、つまり、守りの勇者だということだな。石にはしばしば精霊も宿る。俺たちノームでも、めったに見ることはできないんだが、こいつも、以前一度姿を見せたな」

「金の石の精霊はあたいたちの仲間だよ」

 とメールがさらりと答えたので、ラトムは苦笑いになりました。

「まったくな。もう驚く気にもならんが、本当に、すさまじい連中だな、おまえらは。世界中のあらゆる聖なるものを味方につけているようじゃないか」

「みんな、闇の竜を倒すために力を貸してくれてるんです」

 とフルートは答えました。人、武器や防具、魔石、自然の王たち……本当にさまざまなものが彼らを助けてくれています。

 

 すると、ルルが首をかしげました。

「魔石は世界に一つしか生まれてこない、って言った? それじゃ、私やポチが首輪につけている風の石は? この石は、天空の国の風の犬がみんな身につけているから、とてもたくさんあるのよ。これは魔石じゃないの?」

 ちょっぴり不満そうな口調にラトムは笑いました。

「いいや、そいつも本物の魔石だ。魔石はたった一つだが、使い道によっては、いくつにも分けられることがある。フルートの鎧に使われた堅き石のようにな……。風の石は元々は大きな結晶だったが、それを細かく分けて、おまえらの首輪につけたんだろう。それだって、魔石が承知しなければできないことだがな。魔石は強い意志を持っているから、誰も魔石に命令することはできないんだ」

 それは、フルートたちもよく知っていることでした。全員が、鮮やかな金の髪と瞳の少年を思い出してしまいます。プライドが高くて、めったに表情も外に出さない精霊です――。

 

 ラトムが話し続けていました。

「中には自分で子どもの石を生む魔石もある。闇の石などが代表的だな。一つの闇の石がいくつもの闇の石を生み、その石がまた子どもの石を生む。そうやって闇の石は増えていくんだ。大元の闇の石は、闇の竜から生まれてきたという話だ」

「闇が闇を生んで増える――なんか現実と同じじゃねえか?」

 とゼンが言うと、ノームは小さな肩をすくめました。

「だから、魔石は真理そのものだと言っているだろうが。闇がそういうものだから、闇の石も同じような特性を持つんだ。だが、闇の想いは光の想いに打ち消される。だから、闇の石も光の系列の力に会うと、すぐに砕けて消えてしまうんだ」

 すると、ポポロが言いました。

「闇の石はゴブリン魔王が使ってました……。天空の国や海で、生き物を自分の手下にするのに、闇の石を埋め込んだり、闇の首輪を作ったりして、支配していたんです」

「そういや、あの後の魔王には、闇の石を使ってくるヤツはいなかった気がするな」

 とゼンが言うと、ルルが耳と尾を垂れてしょげました。

「私は闇の首輪をつけていたわ。魔王になっていた時に……」

 フルートがすぐにそれを優しくなでました。

「デビルドラゴンに支配されてたからだよ。今はもう綺麗な風の首輪をつけてるじゃないか」

 話が見えなくなったラトムが、きょとんとします。

 

 すると、ずっと考え込んでいたポチが口を開きました。

「ワン、魔石は想いが一カ所に寄り集まってできるって言うけれど、それって、デビルドラゴンも同じなんですよね。あの竜は、闇と悪の想いが淀んだ場所から生まれてきたんだから。ってことは、想いとか真理は、石になるだけでなく、デビルドラゴンみたいな生き物になることもある、ってことなのかな?」

「ああ、それはそうだ」

 とラトムはうなずきました。また自分にわかる内容になったので、嬉しそうに話し出します。

「この世は想いや真理が形をとりやすい世界だ、と言われている。そうでない世界が別にあるのかどうか、それは俺にはわからんがな……。結晶化すれば、それは魔石になるが、生き物の形になることもある。善なる想いや真理なら、その生き物は聖獣と呼ばれるし、悪意が集まって生き物に変われば、それは闇の怪物だ。善でも悪でもない怪物になることだってある。石も真理の生き物も、力尽きたり正反対の力に会ったりすれば、消滅してしまう。そしてまたいつか、別の場所に想いが集まって、新しい石や怪物が生まれてくるんだ」

 勇者の少年少女や犬たちは、思わず顔を見合わせました。消滅しても、またいつか別の場所に生まれてくる、という事実が、デビルドラゴンのことを考えさせたのです。

 いくら聖なる光の力で倒しても、闇の竜は、いつかまた必ず復活してきてしまいます。世界に闇の想いがある限り、それは変わることがありません。闇の竜を二度と現れないように消滅させる、ということは不可能なのです。

 その不可能を可能にするのが、願い石でした。そして、その願いをかなえるひきかえに、その人から大事なものを奪い取っていきます。フルートが闇の竜の消滅を願い石に願うひきかえは、フルート自身の存在でした。肉体も魂も闇の竜と共に燃え尽きて、この世界から消滅してしまうのです。守りの金の石も一緒です。

 ポポロがまたフルートの腕にすがりつきました。引き止めるように、強く抱きしめます。フルートは顔を赤らめ、穏やかに笑い返しました。

「大丈夫だったら。本当にもう、行ったりしないから」

 ノームはまた話が見えなくなって、狐につままれたような顔になりました――。

 

 話を終えた後、一人で付近の散策に出かけたラトムを、ポチが追いかけてきました。

「ワン、ラトムさん。もう一つだけ、お聞きしたいことがあるんですけど、いいですか?」

 と呼び止められて、ラトムは振り返りました。小さなノームには、子犬もまるで牛のような巨大さです。

「なんだ、ワン公?」

「魔石のことです。世界中の真理や想いが魔石になる、って話だったけれど、その中にはええと……優しさの石、みたいなのもありますか?」

 ラトムは目を丸くしました。

「優しの石のことか? ああ、よく知られている石だぞ。けっこうしょっちゅう、この世に現れてくる」

 すると、ポチは急に考える顔になりました。慎重にことばを選びながら、さらに尋ねます。

「ワン、それってどういう石ですか……? どんな力を持っているんでしょう?」

「名前の通り、優しさそのものが結晶化した石だからな。まわりにいる者を幸せにするのが役目だ。その石に出会えば、どんなに気難しい奴でも優しい気持ちになって、幸せを感じると言われている。だが、それがどうかしたのか?」

 子犬があまり真剣な様子なので、ラトムは思わず聞き返しました。ポチは、それには答えずに、質問を重ねました。

「ワン。その優しの石が、時には石じゃなく、生き物の形になるってこともあると思いますか? 優しい――聖獣なんかに」

「それはあるだろうな。魔石と真理の生き物は、非常に近い存在だ」

「じゃ――その生き物が人の姿をとることも、あると思いますか?」

 ラトムはまた目を丸くしました。いぶかしそうに子犬を見返します。

「まあ、そういうこともあるかもしれんが、俺はそっちの方面は専門じゃないから、よくわからないな。本当に何の話をしているんだ、ワン公?」

 ポチはノームの前に腰を下ろして座り込んでいました。相手の質問にはまったく答えずに、首をかしげて、考え続けています。

 

 ところが、ラトムがあきれて立ち去ろうとすると、ポチがまた質問をしてきました。

「ラトムさん、今、この世界のどこかに優しの石はあるんでしょうか?」

 ノームはポチと話すのにうんざりしてきたようでした。面倒くさそうに答えます。

「最近、優しの石がこの世に現れたという噂は聞いていない。ひょっとしたら、それこそ、今は生き物の姿になっているのかもしれないな。まあ、そう長生きはできんだろうが」

「ワン、どうして!?」

「優しの石は、はかない石だからだよ。生まれて、誰かを優しい気持ちにして、すぐに砕けて消えていくんだ。そういう定めの石だから、生き物の姿になったとしても、やっぱりはかない存在だろうよ。――本当に、それがどうしたんだ、ワン公? 何か思い当たることがあるのか?」

 ポチは、やっぱり何も答えませんでした。ただ、ひどく不安そうに、たき火のまわりにいる仲間たちを振り返りました。そこには、優しい顔と姿の少年が静かに座っていました……。

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