黒と薄緑がまだらになった景色が、行く手に広がっていました。雪はまだありますが、日陰や窪地に残っているだけです。足下の土は、雪解け水にしっとりと潤っています。
馬を止めてそれを眺めていたゼンが、よし! と力強く言いました。
「山は終わりだ。国境の山脈を越えたぞ!」
仲間たちがいっせいに歓声を上げました。馬の上で拳を高く上げ、互いに抱き合い、ワンワン、とほえます。フルートたちは雪の山脈を進み続け、何度も危険な目に遭いながら、とうとうロムド側に下りてきたのです。人も犬も馬も、誰も欠けていません。
「やれやれ、本当に雪山越えをしたか。しかも、たった五日でなぁ」
とラトムが言ったので、ゼンがにやりとしました。
「見直したか、おっさん」
ノームは口を大きくへの字に曲げて、それを見上げました。
「ああ、見直した。確かにおまえらは大した度胸と友情の持ち主だ。さすがは金の石の勇者の一行だな」
思いがけずそんなふうに誉められて一同はびっくりしましたが、ノームがひどいしかめっ面をしているのを見て、吹き出してしまいました。
「なにさ、その顔!?」
とメールが言うと、ラトムはますます渋い顔になって答えました。
「ノームがドワーフを誉めるなんてのは、まずありえないことなんだ。それをしているんだから、最高に感心しているんだと思え!」
その言い方に、一同はまた大笑いです。
ひとしきり笑った後、フルートは真面目な顔になって言いました。
「ぼくたちは山脈を越えてくるのに五日かかった。グル神の寺院跡でサータマン軍を見かけてからは、もう一週間以上が過ぎてる。サータマン軍はどこまで来ているだろうな? サータマン軍の先回りをできるかどうか。すべてはそこにかかっているんだ」
ゼンが考えるように腕組みしました。
「地理がよくわからねえのが痛いな。ロムド側は地図があるけど、サータマン側はさっぱりだからな。軍隊がどこをどう通って、どのくらいの日数でジタンに到着するのか、見通しが立たねえ」
「ポポロの魔法使いの目でも、サータマン軍の居場所は見えないしねぇ」
とルルが溜息混じりで言ったので、ポポロが自分の責任のようにしょげました。
すると、ポチが言いました。
「ワン、いくらサータマンの疾風部隊だとしても、そんなに簡単には来られませんよ。雪山を越えずに、山脈の麓を回ってロムドに来るはずだから。そうすると、必ず隣のメイの国を通ってくることになります。メイとサータマンは昔から仲が良くないですからね。メイに見つからないように慎重に移動する分、時間がかかるはずです」
なぁるほど、と仲間たちは納得しました。
フルートは北西の方角へ目を向けました。山脈は越えましたが、まだ低い山がいくつか重なっていて、目ざすジタン山脈は見えません。それでも、そちらへ心をはせながら、フルートは言いました。
「ジタン移住団は、きっとサータマン軍の襲撃に気づいてない。人目につかないように移動しているから、警備の兵士だってそんなに多くはないはずだ。そこにあれだけの大軍で襲いかかられたら、いくら勇敢なドワーフやオリバンたちだってひとたまりもないよ。……絶対に、サータマン軍より先に着かなくちゃいけないんだ。絶対に!」
繰り返し言うフルートに、ゼンがまた、にやりとしました。
「夜昼ぶっ続けで走って駆けつけろって言うなら、やってやるぜ。俺も黒星もそのくらいは平気だからな」
フルートは笑い返しました。
「残念だけど、ゼンのペースだと、ぼくたちはついていけないよ。それに、まだ月が細いから、夜道は暗くて馬を走らせるのは危険だ。夜は休んで、あたりが明るくなるのと同時に出発する。日没まで駆け続けて、移住団と合流するんだ」
「一日中駆けるつもりか!」
とラトムが驚きました。馬を疾走させるのにはかなりの体力がいります。彼らはまだ子どもで、しかも女の子までいるのです。
けれども、フルートは、あっさりと言いました。
「敵に遅れるわけにはいかないですから。さあ、行くぞ、みんな!」
おう! と仲間たちが即座に返事をします。まったくためらいのない声です。
けれども、フルートが出発しようとすると、ゼンが待ったをかけました。
「その前に――飯にしようぜ、飯! 腹が減ってたら走れねえ! まずは食え、だ!」
思わず二の足を踏んだ仲間たちが、すぐにまた笑顔になりました。誰もそれに異論はありません。全員が歓声を上げながら馬から飛び下りてきました――。