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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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16.雪入道(ゆきにゅうどう)

 雪洞で吹雪をやり過ごした翌日は青空の広がる晴天になりました。フルートたちの一行は雪洞を後にして、馬でまた先へ進み始めました。

 降り積もった新雪に朝日が当たって、まぶしいほどにきらめいています。山の頂上を越えて下り坂に入ると、そこは一面の雪野原になりました。広い斜面のあちこちに大きな木が生えていますが、森というほどでもありません。その木の枝や幹を分厚く雪がおおって、いびつな雪の柱になっていました。まるで白い怪物が立っているようです。

「樹氷だ。俺たちは雪入道(ゆきにゅうどう)って呼ぶけどな」

 とゼンが言いました。

「雪入道? なんかホントに巨人みたいだね」

 とメールがきょろきょろします。他の仲間たちも、初めて見る景色に珍しそうにしています。

 

 ところが、ふっとポポロが表情を曇らせました。クレラの手綱を引いて、フルートの馬のそばへ寄ります。

「どうしたの?」

 とフルートが尋ねると、ポポロは答えました。

「雪入道って、本当に動き出しそうに見えるのね……。なんだか怖いわ」

「動くもんか。ただ木に雪がくっついて凍ってるだけだぞ」

 とゼンが笑い飛ばしますが、ポポロは不安そうな顔のままでした。その様子に、フルートも真顔になりました。即座に呼びかけます。

「みんな、そばに寄って!」

 その真剣な声に全員が驚いたとき、突然、ゴマザメが高くいなないて後足立ちになりました。メールが振り落とされそうになって悲鳴を上げます。

「ワン、雪入道が動いた!」

 とポチが叫びます。メールのすぐ目の前にそそり立っていた樹氷が、突然大きくしなってゴマザメを打ちのめそうとしたのです。空振りした雪の枝が、生き物の腕のように地面をたたきます。

「そんな馬鹿な!?」

 と驚くゼンのわきから、フルートが飛び出しました。

「これは凍った木じゃない! 怪物だよ!」

 ゴマザメに駆け寄り、再び動いた雪の腕へ剣で切りつけます。とたんにジュウッと音がして、猛烈な水蒸気が上がりました。寒気に一瞬で凍りつき、日の光にきらきら輝きながら散っていきます。フルートが炎の剣で怪物の腕を蒸発させたのです。

 けれども、雪の怪物は痛みを感じていませんでした。別の腕を伸ばして、今度はフルートを馬ごとたたきのめそうとします。

「うひゃぁ!」

 一緒に乗っていたラトムが悲鳴を上げて鞍にしがみつきます。

 フルートはまた炎の剣を振りました。怪物の雪の腕がすっぱり切り落とされ、次の瞬間にはきらめく水蒸気に変わります。

 

 すると、ルルが叫びました。

「見て! 他のも動き出したわ!」

 雪の斜面に林立する樹氷が、いっせいに彼らに向かってきていました。何十という数です。

「こいつら、全部雪の怪物だったのかよ……」

 とゼンが呆然とします。

 フルートがまた呼びかけました。

「みんな、一カ所に集まれ! ポチ、ルル、風の犬だ!」

「ワン!」

「わかったわ!」

 犬たちがたちまち風の犬に変身して舞い上がり、彼らの周囲で風の渦を巻きました。雪の怪物たちが押し戻されて近づけなくなります。

「雪山には詳しいはずじゃなかったのか、ドワーフの坊主!」

 とラトムが文句を言ったので、ゼンが面白くない顔になりました。

「山が違えば棲んでるヤツだって違ってくるんだ。こんな怪物、北の峰にはいねえんだよ」

 

 怪物はすっかり彼らを取り囲んでいました。いびつな雪の柱の体に頭のような部分はありますが、目も鼻も口もついていません。のっぺりとした顔を彼らに向けながら、雪の腕を伸ばして捕まえようとしています。

「せいっ!」

 フルートは飛び回る犬たちに向かって剣を振りました。大きな炎の弾が飛び出し、風に乗って火の輪を作ります。二度、三度と繰り返すうちに、彼らを取り囲む火は大きくなり、炎の壁のようになりました。熱気に雪の怪物が手を引っ込めて後ずさりますが、立ち去ることはありません。やがて炎は燃え尽き、また風が渦巻くだけになってしまいました。

「あいつら、ポチたちが疲れて飛べなくなるのを待ってるよ」

 とメールが歯ぎしりしながら言いました。ここには花が一輪も咲いていないので、メールは参戦できないのです。

 フルートはポポロに尋ねました。

「あれは闇の怪物?」

「ううん。闇の気配はしないの……。闇の怪物じゃないと思うわ」

 闇の敵でなければ、金の石の聖なる光で一掃することもできません。フルートはさらに怪物たちを見つめ、やがて、きっぱりと言いました。

「強行突破だ。ぼくが進路を開く。みんな、いっせいに走れ」

「あの中をか!?」

 とラトムが驚きます。雪の巨人たちは、隙間もないほどぎっしりと周囲に立っているのです。

 けれども、仲間たちはいっせいに手綱を握り、全力疾走の構えに入りました。フルートも左手で手綱を握り、ノームに言いました。

「ラトムさん、しっかりつかまっていてくださいね!」

 右手の剣を高くかざし、そのまま勢いよく振り下ろします。とたんに、風の犬のポチが行く手に向かって突進を始めました。その風の体に炎が巻き込まれて火の道を作ります。フルートは馬の腹を蹴りました。まだ熱い空気が立ちこめる道を駆け出します。仲間たちがそれに続きます。

 ポチは炎の風になって、先へ先へと飛んでいきました。進路の怪物が一瞬で溶けて消えていきます。その後にできた空間を、フルートたちの馬が駆けていきます。炎が弱まってくると、フルートがまた剣を振って炎の弾を撃ち出します。再び火の道が先へ延びます。

 ルルは最後尾について、後を追ってくる雪の怪物を風の刃で切り裂きました。怪物は体の芯まで雪でできていました。真っ二つにされてもまた一つの雪の塊になって、立ち上がってきてしまいます。

「やっかいね」

 とルルはつぶやきましたが、怪物たちの動きは遅かったので、じきにその中を抜けることができました。馬たちが斜面を駆け下り、怪物を引き離していきます。

 

 すると、斜面の途中で怪物たちが立ち止まりました。横一列に並び、いっせいに叫び始めます。

 オーオーオー……オーオー……!!!

 すさまじい声が山々にこだまして、あたりを震わせます。

「フルート!」

 ポポロが悲鳴のように叫んで後ろを指さしました。フルートも馬の上から振り向いて、ぎょっとしました。声がやむのと同時に、一列に並んだ雪の怪物の体が崩れて、斜面を駆け下り始めたのです。

「雪崩だ!!」

 とフルートは叫びました。みるみるうちに雪の大波が彼らへ向かって押し寄せてきます。

 仲間たちは思わず立ちすくみました。雪崩は斜面いっぱいに広がっていて、とても避けることができません。自分たちへ迫ってくる雪の壁を呆然と見つめてしまいます。

 ポチとルルが彼らを助けに駆けつけようとして、キャン! と悲鳴を上げました。雪崩の先で起きていた雪煙に巻き込まれて、風の体を吹き散らされそうになったのです。犬の姿に戻って雪の上に倒れてしまいます。そこへ雪崩が襲いかかっていきます。

「ポチ、ルル――!!」

 フルートが叫びました。助けに行こうとしても、もう間に合いません――。

 

 その時、細い少女の声が響きました。

「レオコー!」

 ポポロが馬の上から雪崩へ腕をまっすぐ伸ばしていました。その指先から淡い緑の光が散ります。とたんに、寒さがぐんと増しました。雪原の表面に白い輝きが走り、あっという間に広がっていきます。雪崩が犬たちに襲いかかる姿のまま空中で凍りつきます。ポポロの冷凍魔法でした。

 けれども、すぐにポポロは顔色を変えました。

「ルル! ポチ!」

 と悲鳴を上げます。強力すぎる自分の魔法に巻き込んでしまったのでは、と考えたのです。

 すると、淡い金色の光の中から二匹の犬が跳ね起きました。

「私たちは大丈夫。凍ってないわよ、ポポロ!」

「ワン、金の石が守ってくれました!」

 いつの間にか、フルートの隣の空中に金色の少年が姿を現していました。金の石の精霊です。左手の小高い丘を指さして言います。

「ポポロの魔法はすぐに切れる。その前にあそこへ逃げるんだ。あそこなら、雪崩もやってこない」

 言うだけ言って、また精霊は姿を消していきました。ラトムが自分の目を疑って、まばたきします。けれども、フルートは言いました。

「あの丘の上へ! 急げ!」

 馬たちがいっせいに駆け出します。ポチとルルもまた風の犬に変身して飛び始めます。全員が丘の上にたどり着いたとき、背後で地響きのような音が起きました。ポポロの魔法が消えたのです。雪崩がまた大きな白い波になって動き始めます。積もった雪を巻き込んで、さらに大きな雪崩になり、斜面を駆け下っていきます……。

 

 雪崩が通りすぎていった斜面に、もう雪の怪物はいませんでした。皆、もっと麓の方へ流れていったのです。丘の上に寄り添って、一行はそれを見下ろしていました。

「やれやれ、危機一髪だったな」

 とゼンが安堵の息をつき、メールは馬の上からもう一人の少女を抱き寄せました。

「ほんとにもう、ポポロってば! 最近ますます魔法がうまくなってるよ、あんた!」

 ポポロが真っ赤な顔で嬉しそうに笑います。

 フルートは、ずっと握っていた剣を背中の鞘に収めました。飛び戻ってきたポチとルルに笑顔を向けます。

「二人とも、大丈夫だった?」

「ワン」

「もちろんよ」

 二匹が犬に戻ってフルートに飛びつきます。

 

「驚き桃の木。なんて奴らだ……」

 ラトムはそうつぶやいたきり、それ以上続けることができませんでした。本当に、それ以外のことばは何も出てきませんでした。

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