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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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15.雪洞(せつどう)

 国境の山脈を登っていくと、やがて天候が一変しました。まだ日没には間があるというのに、あたりが暗くなり、猛烈な吹雪が襲ってきたのです。山の上はまだ真冬と同じ気候でした。

 見通しがまったく効かなくなって、一行は進むことができなくなりました。ゼンがどなります。

「今日はここで野宿するぞ! 馬をつないで集まれ!」

 強風が吹き荒れているので、大声でも聞き取るのがやっとです。雪の上に顔を出している低木に馬をつなぎ、一カ所に集まります。

「どうやって野宿するのさ!? この吹雪の中で!」

 とメールがゼンに尋ねました。やはり風に負けないように大声になっています。

「雪洞を作るんだ! 雪に穴を掘って、その中で雪が止むのを待つぞ!」

 雪に穴を掘る? と驚いたのはノームのラトムでした。彼らがいるのは雪が積もった斜面ですが、そこに彼ら全員が入れるだけの穴を掘るのは、大変な重労働です。いくら力自慢のドワーフがいても、かなり時間がかかるに違いありません。

 すると、フルートがゼンに尋ねました。

「穴はどこに作ればいい?」

 まるで自分が掘るような言い方をするので、ラトムはまた驚きました。

 ゼンが平然と答えます。

「そこだ。雪だまりができているからな。風当たりが弱い場所だってことだ。入り口も、ちょうど風向きと逆になる」

「わかった」

 少年は、いつの間にか背中から剣を抜いていました。赤い宝石がちりばめられた黒い剣です。華奢な少年の腕には不似合いなほど大きく見えます。何をする気だろう、とラトムがなおも見ていると、フルートは雪だまりに向かって剣を高く構えました。そのまま、気合いと共に剣を振り下ろします。

「はっ!」

 とたんに、剣の切っ先から燃え上がる炎の弾が飛び出しました。雪の斜面に音を立てて炸裂して、猛烈な水蒸気を上げます。それが強風に吹き散らされていくと、雪だまりに深い横穴ができていました。

「どう? もう一度やった方がよさそう?」

 とフルートが尋ねました。ゼンが穴の中に首を突っ込んで見回します。

「充分だろう。もう一度やって、雪だまりの雪を全部消しちまったら、元も子もねえからな」

 ラトムは開いた口がふさがりませんでした。いったい何が起きたのだろう、とフルートと雪洞を何度も見比べてしまいます。その様子にメールが笑いました。

「フルートが持ってるのは魔法の剣なんだよ。炎の剣って言うんだ」

「炎の剣!?」

 とラトムはいっそう仰天しました。

「あれ。知ってる?」

「鍛冶の民で、炎の剣を知らん奴はいないぞ! いにしえの火の巨人が、炎とマグマと太陽の光から鍛え上げたという伝説の剣だ! だが、炎の剣は二千年前の戦いの後で火の山に投げ込まれて、そこで眠っているはずだぞ――!」

「それが今はフルートの手元にあるんだよ」

 とゼンがあっさりと言い、すぐに全員に言いました。

「中に入っていいぜ。このあたりは寒いからな、雪もまだ堅く締まってる。崩れてくる心配はねえぞ」

 

 雪洞の中にはいると、吹雪の音が急に遠ざかって静かになりました。中は四人の少年少女と二匹の犬と一人のノームが入っても、まだ余裕がある広さです。ただ、高さはあまりなかったので、犬たちやラトム以外は立ち上がることができませんでした。

「ワン、北の大地の氷の家を思い出しますね」

 とポチが懐かしそうに言いました。北の最果ての大陸にはトジー族という人々がいて、氷を削った半球形の家に住んでいたのです。

 ああ、とゼンが言いました。

「ただ、北の大地の家と違って、こっちは中で火を焚くことができねえ。寒いのだけは我慢するしかねえな。みんな眠るなよ。手足をこすって凍傷を防いでろ」

 話すゼンの息は真っ白です。刺すように冷たい空気が彼らを包んでいます。雪の中だから当然なのですが、風が当たらない分だけ外よりはまし、というところでした。雪の床にフルートが自分のマントを敷き、全員がその上に身を寄せ合って座ります。

 すると、ポポロが急に小さな声でつぶやきました。

「レーナクカタタァ」

 さらに、もう一言。

「ヨーセクゾイーケ」

 とたんに、彼らの周囲がほんわりと暖かくなってきました。ポポロが周囲を暖かくする魔法をかけ、さらにそれを継続させる魔法も唱えたのです。ポポロの魔法は一日に二度しか使えない上に、ほんの二、三分しか続きませんが、継続の魔法を組み合わせると、翌日の夜明けまで魔法を持続させることができるのでした。

「おっ、いいぞ、ポポロ。これでみんなゆっくり休める」

「ありがとう、ポポロ」

 とゼンやフルートに言われて、ポポロはとても嬉しそうにうなずきました。以前と比べて、少し積極性が出てきた彼女です。

 

 ゼンが荷袋から出した携帯食を食べ、水筒の水を回し飲みして夕飯をすませると、後はもうすることもありませんでした。

 メールとポポロが並んで座っておしゃべりを始め、ポチとルルの二匹の犬は絡まるようにして丸くなります。ゼンは腕枕でごろりと横になり、フルートも雪の上に体を伸ばしました。ポポロの魔法で暖かくなっても、座った雪からは冷たさが伝わってきます。一行は下に自分のマントなどを敷いて寒さを防いでいましたが、フルートだけは魔法の鎧兜を着ているので、寒さもまったく平気だったのです。頭の下で両手を組みます。

 ラトムは、そんな彼らの真ん中で、あぐらをかいて座っていました。誰もラトムに話しかけませんが、だからといって無視しているわけでもありません。皆が当たり前のようにノームのまわりにいます。

 ラトムはかなり長い間、彼らを見渡していましたが、やがて口を開いてこう言いました。

「どうしておまえらはそんなふうなんだ?」

 横になっていたゼンが片目を開けました。

「そんなふうって、どんなふうなことだよ?」

 もう眠そうな声です。たちまちノームが食ってかかってきました。

「雪山越えだぞ! 大の大人だって、こんな危険なことはまずせんぞ! それを何でもない顔で進んでいきおって……! おまえたちは本当に見た目通りなのか!?」

 ノームは疑うように一行を見ていました。魔法で子どもや犬の姿に変えられているんじゃないか、と考えているのです。フルートが仰向けになったまま笑いました。

「ぼくらは本当に十五歳の子どもですよ。ポチたちだって本物の犬だし。ただ、ぼくらはこれまでに本当にいろいろなところへ行って、いろいろな経験をしてきてるんです。こういう雪の世界を越えていくのも、初めてのことじゃないから」

「ま、子どもらしくないってはよく言われるけどね。これだけいろんなこと経験すれば、嫌でも大人にさせられる部分はあるもんねぇ」

 とメールが言います。こちらは外見もかなり大人びている海の王女です。

 

 ラトムは渋い顔で黙り込み、やがて、灰色のひげをなでて言いました。

「わかった。おまえらが本物の金の石の勇者の一行で、見かけによらず経験豊富だというのは認めてやろう。……で、おまえらはどうしてサータマン軍の先回りをしようとしているんだ? そもそも、連中が狙っている山というのはどこなんだ?」

 とたんに雪洞の中は沈黙になりました。ゼンも、少女たちや犬たちも、全員が迷うような表情になって、自分たちのリーダーを見ます。

 フルートが苦笑して起き上がってきました。やっぱり少し迷いながら言います。

「ラトムさんには教えなくちゃいけないだろうね。これから一緒に行くんだから……。ぼくたちが目ざしているのはジタン山脈です。ザカラスとの国境に近い、ロムド国の南西にある山です」

 ラトムが、なるほど、とうなずきました。

「それでこの山脈を越えて急ごうとしているわけか。だが、サータマンはどうしてそこを狙っているんだ? 俺たちノームをそこに連れていこうとしているからには、その山で何か石が採れるんだろう。だが、ジタンなんて山の名前は今まで聞いたこともなかったぞ」

 勇者の一行はまたリーダーを見つめてしまいました。フルートも返事に詰まります。しばらくためらってから、自分の鎧に触れて、こんなことを言い出します。

「ラトムさん……この防具が何で強化されているか、わかりますか?」

 ラトムは目を丸くしました。何の脈絡もない質問をされたと思ったのです。いぶかしがりながら答えます。

「ノームにそれくらいわからないと思うのか? 魔金だろう。鎧全体が魔金で強化されているんだから、まったく、信じられんほど贅沢な鎧――」

 そこまで言いかけて、ラトムはふいにことばを切りました。金色の鎧を改めてまじまじと見つめ、疑うようにフルートを見上げます。

「魔金……か? ジタンという山には魔金があるというのか?」

「この鎧を強化した魔金は、そこから採れたものではないですけどね」

 という言い方で、フルートがノームのことばを肯定しました。ジタン山脈から魔金が採れることは、ロムド国の極秘事項です。フルートたちであっても、軽々しく口にはできなかったのです。

 

 驚き桃の木山椒の木、とラトムが口癖を言って、小さな体で腕組みしました。

「なるほど、そういうことか。魔金はダイヤモンドより硬い鉱物だから、人間には細工することができない。それで、サータマン軍は俺たちを捕まえて連れていこうとしたし、ロムドは北の峰のドワーフたちを山に送り込んだんだな」

「ちょっと違うぜ」

 と口をはさんだのはゼンでした。

「北の峰のドワーフはロムドから依頼されたわけじゃねえ。ロムド王からジタン山脈をもらったんだ」

 ラトムは仰天しました。

「もらった!? 魔金が採れる宝の山を!? ――いやいや、ロムドから山を買ったんだな? いったい、いくらで買い取ったんだ?」

「買ってなんかいねえよ。もらったって言ってんだろうが。無料だよ」

 ノームはまた開いた口がふさがりませんでした。

 フルートが真面目な顔で言います。

「ロムド王は、ジタン山脈をロムドが所有していると争いの元になると考えて、一番信用できる北の峰のドワーフに譲ったんです。彼らはすごく正直で真面目な人たちだから。でも、それを知ったサータマンがドワーフ移住団の襲撃を企てたんです」

「ちょ――ちょっと待て!」

 とラトムが言いました。

「争いの元になるから、宝の山をただでドワーフにくれてやるだと!? いくら信用しているからって、それはあんまり非常識だろうが! ドワーフの次にがめつい人間らしくないぞ! いったい、どれくらいの魔金がそこにあると言うんだ!?」

 フルートはまた答えに詰まりました。ノームの男を見つめ、賭けるような気持ちで、思いきって言います。

「どれくらいあるのか、見当がつきません。ぼくたちはこの目で見てきたけれど、地中をどこまで進んでも、魔金の壁がずっと続いていました。たぶん世界で一番大きな魔金の鉱脈です」

 ラトムは、ぽかんと口を開けたまま、何も言えなくなってしまいました。仲間たちが心配そうにそれを見守ります。世界一の魔金の鉱山を知って、このノームがどういう態度に出るのか、予想がつかなかったからです。

 

 やがて、ラトムはまた、なぁるほど、とつぶやきました。

「それは確かに人間には預けておけんな。あっという間に奪い合いを始めて、世界中が戦争になる。ロムドの国王というのは、実に先見の明がある人間らしいな」

「賢王と名高い方です。ぼくたちのことも、いつも助けてくださいます」

 とフルートが、ほっとしながら答えました。他の仲間たちも、ノームのことばになんとなく安堵します。その表情を見て、ラトムは、ふん、と小さな胸を張りました。

「おまえら、ノームを何だと思っているんだ。俺たちは、ごうつくばりのドワーフどもとは違うぞ」

「俺たちだって、ごうつくばりじゃねえよ!」

 とドワーフらしくないゼンが、むっとして言い返しました――。

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