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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第5章 雪山越え

14.白い橋

 「気をつけろ! ここは谷川の上だからな。雪の薄いところに行くなよ!」

 黒星に乗って先頭を行くゼンが、続く仲間たちにどなっていました。自分の馬に乗った少年少女たちが、雪の上を慎重に進んでいきます。足下からは激しい水音が聞こえてきます。谷に降り積もって凍った雪を川が削った、自然の橋の上なのです。降りそそぐ日差しの中、白い橋は端の方から溶け始めています。

 フルートたちがサータマン軍の襲撃計画を知ってから、丸三日が過ぎていました。彼らは森の中の寺院跡から北西へ進み、ジタン高原を目ざして、サータマンとロムドの国境の山脈へ踏み込んだのです。

 山脈は、麓こそ雪解け水が小川になって地面を走り、ところどころで洪水も起きていましたが、山を登るにつれて小川は細くなり、雪の塊が現れて、やがて一面の雪景色になってしまいました。そこにも春の太陽は明るく照ってきます。日差しを受けて雪が緩み、足下が危険になっていました。

 雪の橋の上を、ゼンの先導でメール、ポポロ、フルートの馬が渡っていきます。ポポロの馬の籠にはルルが、フルートの馬の籠にはポチが入っています。フルートの鞍の前には、ノームのラトムも乗っています。全員が緊張した顔です。

 

 すると、ふいに馬がいななき、少女の悲鳴が上がりました。ポポロとルルを乗せたクレラが、突然雪の橋を踏み抜いてしまったのです。右後足が穴に落ち、その衝撃で雪がさらに崩れてもう一方の後足も割れ目に落ち込みます。クレラが抜け出そうともがきますが、その動きがさらに穴を広げてしまいます。

「ポポロ!」

 と仲間たちは叫びました。

 フルートはコリンの横腹を蹴りました。クレラたちの上を飛び越えて穴の向こう側に着地すると、手綱をノームへ投げて馬を飛び下ります。

「ラトムさん、コリンをまたお願いします!」

 と言いながら、自分はクレラへ駆け寄っていきます。

 穴は大きく崩れて割れ目に変わっていました。白い橋が大小の雪の塊に砕けて落ちていきます。その後には暗い空間が現れ、はるか下を流れる川の音が大きくなります。

 体の後ろ半分を割れ目から落とした格好で、クレラが必死で這い上がろうとしていました。ポポロがその首にしがみつき、ルルは籠の中で体勢を崩してもがいています。

 フルートはクレラの頭に飛びつきました。くつわを両手でつかんで呼びかけます。

「どーっ、クレラ。大丈夫だよ。暴れないで、落ち着いて……」

 フルートの声は穏やかです。興奮していたクレラが、つられるようにおとなしくなりました。

「そう、いい子だ。怖くないからね。静かに上がっておいで」

 フルートは優しく言いながら、くつわをつかんだまま後ろへ下がり始めました。ゆっくりとクレラを導きます。クレラが後足をかき、凍った雪の壁を蹴って上がってきました。大きな体が割れ目の上に出てきます。

 

 ところが、その時、フルートの足下が、がくんと沈みました。雪が音を立てて割れ目の方向へ動き出します。雪には無数の亀裂が走っていて、そこから新たに橋が壊れ始めたのです。巻き込まれそうになって、ゼンがメールとラトムにどなります。

「ずっと下がれ! あっちにこれ以上体重をかけるな!」

 クレラの後足がまた割れ目に落ちていました。おびえて暴れるので、ポポロがまた悲鳴を上げます。放り出されそうになったルルが、籠に爪を立ててしがみつきます。

 けれども、フルートは少しもあわてた様子を見せませんでした。クレラのくつわをつかんだまま、静かに話しかけ続けます。

「大丈夫だよ、クレラ。落ち着いて。上がれるからね。ゆっくり、こっちへおいで……」

 クレラが白目を見せながらフルートを見つめました。ブルル、と鼻を鳴らして、またおとなしくなっていきます。その首筋にしがみついたポポロが、がんばって、クレラ、がんばって……と泣きそうになりながら繰り返しています。

 馬がまた割れ目から這い上がってきました。それに合わせて、フルートが後ずさっていきます。その足下では雪がゆっくりと崩れ続けていますが、変わらない穏やかさでクレラを導きます。ついに馬は橋の上に戻ってきました。

「こっちだよ。静かにね」

 とフルートはさらに安全な場所へクレラを連れていきました。とうとう蹄が堅く締まった雪を踏みます。

 仲間たちは歓声を上げました。ワンワン、とポチがコリンの籠からほえます。振り向くように首をねじったクレラの頭を、ポポロが抱き寄せました。

「偉いわ、クレラ! よくがんばったわね……!」

 ルルも籠から伸び上がって、クレラの大きな顔をなめます。

 

「驚き桃の木山椒の木。なんて奴らだ……」

 コリンの手綱を握ったラトムが、あきれたようにつぶやいていました。

 ノームは、正直、彼らを本物の勇者の一行だと思ってはいなかったのです。ただ、彼らがあまり真剣に山脈越えをすると言うので、一か八か賭けてみる気になっただけです。彼らが春の雪山に音を上げて引き返したら、その先は自分一人で山越えしていくつもりでした。

 ところが、少年少女たちは驚くほど勇敢でした。一番小さな少女でさえ一言も泣き言をもらしません。先頭に立つドワーフの少年も確実に仲間たちを先導していきます。リーダーの少年に至っては、優しげな容姿とはうらはらな行動を何度も見せていました。仲間たちが急斜面に立ち往生し、転落しそうになるたびに、即座に助けに駆けつけるのです。危険な場所に踏み込むことになっても、まったく気にしません。今も、自分自身が雪の橋から転落したかもしれないのに、何でもない顔をして、仲間たちの無事な姿に笑っています――。

 

 その時、いきなりズシン、と大きな音が響いて、雪の橋が再び砕けました。たった今クレラが登ってきた場所が、雪の塊になって谷川へ落ちていきます。さらに橋は砕け続け、雪が川へ雪崩を打って落ちていきます。一番後ろに立っていたフルートが、その流れの中に巻き込まれました。

「フルート!!」

 と仲間たちは仰天しました。橋の下には暗い空間が広がっています。谷川までは数十メートルの高さがあるのです。後ずさる馬の上から、雪煙の上がる場所を見つめます。どの顔も真っ青です。

 谷から吹き上がってくる風が、雪煙を吹き散らし、橋が再び姿を現しました。谷の上に渡っていた部分が、十メートルあまりに渡って崩れ落ちています。金の鎧兜の少年は見当たりません。

「フルート! フルート……!」

 仲間たちがあわてて橋の外れに駆け寄ろうとすると、橋の下から声が聞こえてきました。

「大丈夫だ! みんな、来るな! また崩れてきそうなんだよ――!」

 雪の橋の先から銀の剣が現れ、ガツッと音を立てて雪に突き刺さりました。それを手がかりに、フルートが姿を現します。雪の壁をよじ登ってきたのです。

 仲間たちがまた歓声を上げました。籠から風の犬になったポチが飛び出して、背中にフルートを拾い上げます。

 仲間のところへ戻ってきたフルートに、ゼンが小言を言いました。

「相変わらず危なっかしいヤツだな。最後まで気を抜くんじゃねえや」

「ごめん」

 とフルートが首をすくめます。その表情は穏やかで、谷底に転落しそうになった恐怖など、やはり少しも感じられません。すぐに仲間たちに呼びかけます。

「さあ、また先に進むよ」

「このあたりは暖かくて雪が緩んでいるからな。一気に山の高いところまで登っていくぞ」

 とゼンも言って斜面を登り始めます。フルートはコリンにまたがると、仲間たちと一緒にゼンについていきました。ポチが籠に飛び込んで犬の姿に戻り、身を乗り出して行く手を眺め始めます。

 誰もが当たり前の表情をしていました。こんな危険な雪山にも、本当に普通の顔で進み続けているのです。

「驚き桃の木山椒の木。なんて奴らだ、まったく」

 とノームはまた、つぶやきました……。

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