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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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13.想う者

 ロムド国の王都ディーラは、夜明けを迎えようとしていました。白んでいく空の下で町はまだ眠っていますが、早起きの人たちが、あちこちで少しずつ動き出しています。朝一番の馬車が街道をゆっくりと走り出します……。

 都の中央にそびえるロムド城の通路を、一人の女性が歩いていました。淡い金髪を結い上げ、ほっそりした体に白い長衣をまとっています。その胸の上で神の象徴が揺れます。城を守る魔法使いたちの長の、白の魔法使いでした。光の神ユリスナイに仕える女神官で、ロムド城の四大魔法使いの一人です。

 白の魔法使いは、通路の途中の部屋まで来ると、扉の前に立ち止まりました。ノックをしようとして、そのまま手を止め、ためらうように扉を見つめます。

 すると、扉の中から声が聞こえてきました。

「どうぞ、お入り下さい。開いておりますので」

 まだ若い男性の声です。白の魔法使いはちょっと目を見張ると、すぐに言われたとおり部屋に入っていきました。殺風景に見えるほど片付いた部屋の中に、テーブルと椅子があり、そこに一人の青年が座っていました。まだ夜明け前なのに、灰色の長衣をきちんと着て起きています。その背中には長い銀の髪が流れていました。

 白の魔法使いは一礼してから言いました。

「夜勤明けだったので、こんな時間に失礼かと遠慮していたのですが、占者殿には私が来ることがお見通しでしたか……」

 女性なのに、なんとなく男のような口調で話します。銀髪の占者は穏やかに答えました。

「昨日からずっと、移住団の行く先を占い続けておりました。特に危険も見当たらなかったので休もうと思っていたところへ、占盤があなたの訪問を告げたので、そのままお待ちしておりました」

 彼はロムド城の一番占者ユギルです。中央大陸随一と評判の、非常に優れた占い師でした。

 

 白の魔法使いはうなずきました。

「移住団に同行している深緑の魔法使いから、昨夜連絡が入りました。移住団はつつがなく進行中です。人目を避けて、今はロムド北西部の森林地帯を移動していますが、誰一人落後することなく歩き続けているようです。北の峰のドワーフたちも、皇太子殿下もゴーラントス卿も、ロムドの警備兵も、全員元気でいると言っておりました」

「占盤が告げていたとおりですね」

 とユギルは言ってほほえみました。思わず目を奪われるような美しい笑顔が広がります。この占者の青年は、輝く銀髪に浅黒い肌、左右色違いの瞳の、非常に端麗な容姿をしているのです。

 けれども、そんなものには感動する様子もなく、女神官は話し続けました。

「移住団はこの後、西部の大荒野に突入します。人の少ない場所ではありますが、さえぎるもののない平原です。今までより人目につきやすくなると思います」

「特に、西の街道を越えるあたりが人目の多い場所ですね。わたくしの占いでも、そう出ておりました」

 とユギルが答えます。いつも丁寧すぎるほど丁寧な口調で話すのが、この青年の特徴です。

「移住団がその近辺に差しかかったら、わたくしが占いで人目につきにくい場所と時間帯を探して指示いたします。白の魔法使い殿は、心の声を使って、深緑の魔法使いにそれをお伝えください」

 心の声、というのは、魔法使いが使う心話のことです。ロムド城の四大魔法使いは、遠く離れていても、魔法を使って互いに心で会話することができるのでした。

「承知しました」

 と白の魔法使いは片手を胸にあてて頭を下げました。

 

 すると、占者の青年が急に表情を改めました。青と金の色違いの瞳で興味深そうに相手を見つめます。

「ですが……こういう報告と打ち合わせは、夜が明けてから、陛下の前で行うことになっておりますね。同じ話を二度することになることでしょう。それなのに、わざわざわたくしのところをお訪ねになったのは、他にも理由があったからではございませんか?」

 女神官は、今度はちょっと苦笑しました。大陸一の占者には何もかもお見通しなのだと改めて感じたのです。

「実は、勇者殿たちのご様子を見ていただければ、と考えました。ミコンでお別れした後、元気にサータマンの国へ向かわれましたが、その後、どうされているかと思いまして。青の魔法使いも気にかけております」

 白の魔法使いは、金の石の勇者の一行と一ヶ月あまり行動を共にして、宗教都市ミコンから闇の敵を撃退してきました。同じ四大魔法使いの一人、青の魔法使いも一緒です。十日ほど前に勇者たちと別れてロムド城に戻ってきたのですが、その後もなんとなく彼らのことが気になっていたのでした。

 個人的なことで占者殿をわずらわせて申し訳ございません、と言う白の魔法使いに、ユギルはまたほほえみました。男勝りで、いつも毅然としている女神官は、ともすると、ひどく厳しい人物のように思われます。ところが、ミコンから戻ってきてからというもの、彼女は時折、意外なほど柔らかな態度を見せるようになっていたのです。今も、勇者たちの心配をする顔は、とても優しい表情をしていました。まるで、彼らの姉ででもあるようです。

「ミコンへの旅は、白の魔法使い殿たちには楽しいものであったようでございますね」

 とユギルが言うと、女神官は、ぱっと顔を赤らめました。こんな反応も、以前とは少し変わったところです。うつむきがちになって答えます。

「戦い自体は非常に厳しいものでした。それを楽しいと感じてしまうことは誤りかと思うのですが……勇者殿たちと共に旅できたことは、私にとっても青にとっても、生涯忘れられない出来事になりました。皆様方の旅路がこれからも無事であるように、と私たちは願っているのです」

 ユギルはうなずきました。

「勇者殿たちに関ると、皆様がそうなります。あの方たちは、まだ子どもと呼ばれる年齢なのに、いつでも必死で闇と戦っておられる。逃げることも頼ることもなく、真っ正面から全力で。その姿に誰もが惹きつけられるのです。皇太子殿下も、このわたくしも同じです……。勇者殿たちのご様子は定期的に追いかけておりましたが、白の魔法使い殿のご希望通り、今、あの方たちがどうしているのかを見てみることにいたしましょう」

 感謝します、と白の魔法使いが頭を下げました。やっぱり、今までより柔らかな雰囲気が漂います……。

 

 占者の青年は椅子から立ち上がると、今度は同じ部屋にあった机の前に座りました。部屋にある家具は、テーブルと机と椅子、それで全部です。壁を飾るタペストリーさえない殺風景な部屋ですが、その分、気が散ることもなくて、占いに集中することができるのです。

 机の上には大きな黒い大理石の円盤が載っていました。表面に不思議な線や模様がいくつも刻まれています。ユギルは長い銀の髪を後ろへ払いのけると、円盤の表面へじっと目を注ぎました。円盤は占盤と呼ばれる占いの道具です。ユギルは、その表面に他人には見えない象徴を読み取り、その有り様や動きで現在や未来を占うのでした。

「勇者殿たちは、まだサータマン領内においでですね……」

 とユギルが話し出しました。白の魔法使いのすぐ目の前にいるのに、その声は何故かひどく遠い場所から聞こえてくるように感じられます。

「勇者殿たちを表す光の象徴が見えます。一つも欠けてはおりません。皆様、元気なご様子です。もう一つ、見慣れない象徴が一緒にあります。青い小さな上着……どなたでしょう? 初めて見る象徴ですが、勇者殿たちの敵ではないようです」

 それを聞いて、白の魔法使いは、ほっとしました。見慣れない象徴は勇者殿たちの新しい旅の仲間かもしれない、と考えます。いつだって、あの勇者たちは味方になる人物を旅の途中で見つけるのです。

 

 ユギルは相変わらず別の世界から聞こえるような遠い声で言い続けていました。

「勇者殿たちは進み続けておられます。行く手を阻む闇も、迫る危険も、今のところは何も見当たりません。皆様方は順調に北西へ――」

 言いかけて、青年はふいに口をつぐみました。色違いの目を少し見開き、改めて占盤を見直します。

 その様子に、白の魔法使いも占者の後ろからのぞき込みました。占盤はただの黒い石の鏡です。どれほど目を凝らしても、彼女には何も見えません。彼女は強力な魔法使いですが、現在や未来を占う力はまったく持ち合わせていなかったのです。

 すると、ユギルが不思議そうに言いました。

「北西――何故そのような方角へ? こちらにはロムドとサータマンを隔てる山脈がそびえていて、道らしい道もない場所なのですが――」

 そのまま、考え込むような表情になります。

「闇の竜を倒す手がかりをそちらに見つけられたのでしょうか?」

 と白の魔法使いが言いました。占者は何度も自分の占いをやり直しているようでした。石の円盤に手を触れ、色違いの瞳でじっとのぞき込み続けます。

「わかりません……あるいは、そうなのかもしれません。ですが、占盤には何も現れてはいないのですが。聖なるものも、闇のものも、手がかりを示す象徴も、何も……」

 森の奥のグル神の寺院跡に集結したサータマン軍は、闇の力で隠されています。ユギルの占盤にも、その存在は映し出されなかったのです。ユギルに見えていたのは、一見意味不明なフルートたちの動きだけでした。彼らは道もないはずの北西の山脈へまっすぐ進み始めていたのです。今までとは比較にならないほどの速度です。

「いったいどういうことでしょう……」

 ユギルは占盤を見つめながら、気がかりそうにつぶやきました。

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