「なにそんなに怒ってやがんだよ、おっさん?」
とゼンは尋ねました。彼らが助けたノームは、ゼンだけをにらみつけています。
「それに、俺たちが何を企んでるって言うんだよ。おっさんがサータマン兵に追いかけられてたから、助けただけだぜ」
ゼンの方は怒ってはいませんでした。目の前のノームは自分よりずっと小さい相手です。本気で腹を立てる気になれませんでした。
けれども、ノームはわめくのをやめませんでした。まるで汚いものでも払い落とすように、自分の服を払いながら言い続けます。
「ドワーフに助けられたなんて一生の不覚だ! ドワーフ! いくら恩を着せようとしたって、貴様には宝のありかなど死んでも教えないからな!!」
はぁ? と一行はまた呆気にとられました。どうやら、ノームはゼンが謝礼目当てで自分を助けたと思っているようでした。
「なんだよ、宝って……。んなもん、くれるって言ったっていらねえぜ。旅の邪魔にならぁ」
とゼンは言い、フルートもノームに話しかけました。
「ぼくたちは下心があってあなたを助けたわけじゃないですよ。ただ、サータマン軍に捕まったら大変なことになりそうだったから、助けただけなんです。お怪我はありませんでしたよね? 後はもう大丈夫でしょうから、ぼくらはこれで失礼しますよ」
どうやらこのノームはドワーフが嫌いらしい、と察して、フルートはそんなことを言いました。ゼンが肩をすくめて離れ、口笛を吹いて森から馬たちを呼び寄せます。
そんなゼンをノームはさらに見つめ続けていました。まだ喧嘩腰の口調で言います。
「貴様……まだ子どもだな!? ドワーフのくせに、どうしてそんな格好をしている! まるで猟師じゃないか!」
「ほんとに猟師だぜ。俺は北の峰の猟師だし、親父だってそうだ。ドワーフがみんな鍛冶屋や坑夫をしてると思ったら大間違いなんだよ」
ノームの相手をするのが面倒になってきたゼンは、打ち切るようにそう言いました。黒星の体をなで、鞍の帯の締まり具合を確かめます。
「北の峰!」
とノームがまた言いました。今度は驚いた声です。そのまま黙り込んでしまったので、フルートたちは不思議に思いました。なんだか、このノームの態度は本当に意味がわかりません。
すると、やがてノームがまた口を開きました。先よりずっと落ち着いた声になって、なるほど、と言います。
「閉ざされた洞窟のドワーフだったのか。それで、俺たちノームのこともよく知らないんだな」
「知らないって、何を?」
とメールが聞き返しました。ゼンと違って、彼女の方はまだノームに興味を持っています。
ノームは小さな肩をすくめました。
「ノームとドワーフは昔から仲が悪いものと決まっているんだ。犬猿の仲で、顔を合わせるのも嫌がる。だいたい、ドワーフどもは欲深いから、すぐに俺たちの宝を狙ってくるんだ。好きになれるわけがないだろう」
一行はびっくりしました。そんな対立の話は聞いたことがなかったのです。
「そうなの、ゼン?」
とフルートに聞かれて、ゼンは頭を振りました。
「知らねえよ。俺たちは人間は大嫌いだけど、ノームのことは話にも出てこないからな。北の峰の近くにノームはいねえんだ」
「ワン、ぼくたちにはエスタ国にノームの知り合いがいるけど、その人もそんなことは言ってませんでしたよ」
とポチが話しかけると、ノームは飛び上がって驚きました。
「わっ! な、なんだ、おまえ! 口がきけるのか!?」
「私たちはもの言う犬よ。天空の国の犬なの」
とルルが答えました。厳密に言えば、ポチは天空の国の犬の血を引いた地上の犬なのですが、今は細かいことは省略します。
ノームはあきれきったように彼らを見回していました。
「閉ざされた洞窟のドワーフ……しかも猟師だと? ドワーフのくせに? それに人間と、海の民と天空の国の民と、人のことばをしゃべる犬? なんだ、貴様たちは? いったい何者なんだ?」
一行は顔を見合わせました。なんと答えようか、と考えます。やがて、フルートが静かに言いました。
「ぼくらは金の石の勇者の一行です。闇の竜を倒すための方法を探して旅をしているんです」
ぽかん、とノームは彼らを見つめました。
「金の石の勇者の一行だと? だが、金の石の勇者ってのは――」
「もっと大人で、強そうな格好をしたヤツのはずだって?」
とゼンが皮肉に笑いました。
「お供は女魔法使いと人魚と小人とライオンで? そう思いたきゃ思ってろよ。そんなもん、かまってられるか。おい、フルート、もういい加減に出発しようぜ。俺たち、ぐずぐずしてるわけにはいかねえんだぞ」
フルートも真顔になりました。
「そうだね。早くオリバンたちに知らせないと手遅れになる」
と言うと、まだ呆気にとられた顔をしているノームに、改めて言いました。
「あなたはあのサータマン軍から逃げ出してきましたよね。助けたお礼はけっこうですから、教えてください。あの軍勢はなんのために集まっているんですか? どこへ攻め込もうとしているんです?」
「俺も詳しくは知らない……」
とノームは答えました。
「俺たちはサータマンの南にあるクド村のノームだが、いきなりサータマン軍に捕まって、馬車に押し込まれてここまで連れてこられたんだ。何がなんだかさっぱりなんだが、連中が外国に攻めていって、山を一つ奪うと話しているのは聞こえてきた。それがどこの国なのかはわからんが、そのために俺たちノームが必要らしい」
フルートが推理していたとおりの状況でした。少年少女たちは真剣な顔を見合わせました。
「やっぱりだよ。急ごう」
とメールが言います。
フルートはまたノームに言いました。
「今の話だと、軍には他にもノームがつかまっているみたいですね? 何人くらいいるんですか?」
「ざっと三十人だ。全員で馬車を逃げだそうとしたんだが、他の連中はすぐまた捕まってしまって、俺だけがこうして逃げられたんだ」
「俺たちのおかげでな」
とゼンがからかうように言い、また真剣な顔に戻りました。
「行くぞ、フルート。マジでのんびりしてられねえ。山越えするのに、どのくらい時間がかかるか見当がつかねえんだ」
フルートはうなずき、最後にもう一度ノームに話しかけました。
「ぼくたちはもう行きます。大切な人たちを助けに行かなくちゃいけないんです。でも、たぶん、行った先でまたサータマン軍と出会うと思うから、その時にあなたの仲間のノームの皆さんも助け出してあげます」
「仲間を助け出してくれる?」
ノームはまた、ぽかんとしました。信じられない、という顔をします。
「どうして? それに、本当にもういいっていうのか? 礼は何もいらないのか?」
「今聞かせてもらった話だけで充分です。じゃ、お気をつけて、ノームさん。サータマン軍が攻め込もうとしてるのはロムド国です。また捕まったりしないように、気をつけて逃げてくださいね」
と言って、フルートは馬にまたがりました。仲間たちも次々に自分の馬に乗ります。
ノームは寺院の入り口に一人で立っていました。立ち去ろうとする一行を眺め続けています。本当に小さな姿ですが、その顔は立派な大人です。灰色の眉の下から、じっと少年少女たちを見つめます。
やがて、ノームは彼らを呼び止めました。
「待て! 本当に俺の仲間を助け出すつもりだと言うんだな? ということは、おまえたちは軍の先回りをすると言うんだな? どうやって行く。あいつらはサータマンの疾風部隊だ。進軍を始めたら、あっという間に目的地まで攻めていくぞ」
一行はまた顔を見合わせました。フルートが答えます。
「山を越えていきます。目的地まで一直線に」
「この季節に? 軍はロムドに攻めていくと言ったな? 春の雪山を越えていくことになるぞ。自殺行為だ」
ノームはゼンと同じようなことを言いました。フルートは、ほほえみました。穏やかですが、揺らぐことのない笑顔が広がります。
「覚悟の上です。そうしなければ、ぼくらの大切な人たちは助けられないから。それじゃ、本当に失礼します。行くぞ、みんな――!」
フルートの呼びかけに、おう! と仲間たちは答え、いっせいに駆け出そうとしました。
すると、ノームがまた呼び止めました。
「待て、おまえたち――! それならば、俺も一緒に連れていけ!」
フルートたちは馬の手綱を引いて急停止しました。びっくりして振り向きます。
「それはできません! 危険です!」
とフルートは答えました。メールも言います。
「やめときなよ。その体じゃ、それこそ自殺行為じゃないか。仲間のノームは、あたいたちがちゃんと助けてあげるからさ」
「だが、おまえたちはその自殺行為をあえてやろうと言うんだろう……!? 俺も連れていけ! 村のみんなを助けなくちゃならん。ノームは決して仲間を見捨てないんだ!」
フルートたちはまた顔を見合わせました。どうしよう、と迷います。彼らに呼びかけているノームは、本当に子どもより小さな姿をしています。彼らと一緒に春先の山に入って、無事ですむかどうかわかりません。
すると、ゼンが急に、へっ、と笑いました。
「仲間は決して見捨てない、か。ノームもドワーフと同じようなことを言うんだな。おい、連れていこうぜ、フルート。このおっさんなら、ポチの籠に一緒に入れれば、そんなに邪魔にもならねえだろ」
「馬鹿にするな! 馬ぐらい、ちゃんと乗れるわ!」
とノームがむっとして言い返します。小さな体で精一杯に胸を張って見せる様子は、彼らが知っているノームの老人によく似て見えました。
フルートは、まだ少し迷いながら言いました。
「それなら、ぼくの馬に一緒に乗ってください……。でも、気が変わったら、ぼくたちから離れていいですからね。危ないと思ったら、いつでも逃げてください。――ええと」
「名前か? 俺はラトムだ」
とノームは名乗りました――。