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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第4章 ノーム

11.救出

 遺跡の奥から兵士たちが駆け出してくる気配がしていました。あそこだ、あそこにいたぞ! 捕まえろ! と口々に叫んでいます。フルートたちは、ぎょっとしました。逃げ道を探して、あわててあたりを見回します。

 ところが、彼らはすぐに目を丸くしました。兵士たちの声が遠ざかっていったからです。まったく別の方角の森の中へ走っていきます。彼らの方へ来る兵士は、一人もいません。

「なんだ……見つかったんじゃなかったのかよ」

 とゼンが肩の力を抜きました。仲間たちもいっせいに、ほっとします。

「ワン、誰かが軍から脱走したみたいですね。今のうちですよ。ここを離れてジタンに向かいましょう」

 とポチが言いましたが、フルートは気がかりそうな顔をしました。

「誰が逃げ出したんだろう? ポポロ、ちょっと見てくれる……?」

 ポポロはうなずき、すぐに遠いまなざしになりました。魔法使いの目で森の奥を見透かします。闇の力に隠された軍隊です。最初はやっぱり何も見えませんでしたが、それでも目を凝らしていると、じきに逃げる人の姿が見え始めました。続いて、それを追いかける人々の姿も――。

 

 ポポロは息を呑みました。

「追いかけられているのは小さな男の人よ! あれ――ノームだわ!」

 ノーム? と一行は驚きました。ドワーフたちより体の小さな地下の民です。

「なんでサータマン軍にノームがいるんだよ? 戦力になんてならねえだろうが」

 とゼンが不思議そうに言います。フルートは少し考えて、すぐに、そうか、と言いました。

「魔金は非常に高価で貴重な金属だけど、堅すぎて人間には扱えない。あれを加工できる技術を持っているのは、鍛冶の民であるドワーフと、ノームだけだ。サータマン軍は、ジタンから魔金を採掘して加工するために、ノームを連れてきているんだよ」

 フルートたちにもノームの知り合いはいました。エスタ城で鍛冶屋の長をしているピランです。地面に引きずるほど長いひげをした老人で、ポチくらいの大きさしかないくせに、びっくりするくらい威勢の良い人物でした。フルートの金の鎧兜を作ったのはそのピランですし、ゼンの防具も強化してくれました。黄泉の門の戦いの時には、持ち前の才能を発揮して彼らを助けてくれたのです。

「そのノームは逃げられそう?」

 とフルートはまたポポロに尋ねました。ノームは魔力で地面に潜って隠れることができます。ところが、ポポロはまた首を振りました。

「ずっと走って逃げてて、隠れようとしないわ。地面に潜れないんじゃないかしら……!?」

「助けよう!」

 とメールが先頭を切って駆け出しました。他の仲間たちも続きます。ピランと同じノームがサータマン兵に追われているのです。とても放ってはおけませんでした。

 

 やがて、木立の間に人の姿が見え始めました。緑の鎧兜の兵士たちが数人、身をかがめるように走って、何かを捕まえようとしていました。春先の森は下生えもなくて見通しがききます。とても小さな男が兵士たちの前を走っているのが見えました。青い上着の裾と赤い帯がひらひらと後ろになびいています。地下の民のノームでした。

 ノームは小さな体でちょろちょろと駆け回り、木々の間や藪をすり抜けて追っ手を振り切ろうとしていました。派手な服が茂みの中に隠れ、ずっと先の方に飛び出して、また走っていきます。ところが、サータマン兵はそんな動きを読んで、先回りをしていました。つかみかかった兵士の手の間をすり抜けて、ノームがまた逃げます。動きは素早いのですが、歩幅が小さいので引き離すことができません。また捕まりそうになって、あわてて身をかわします――。

「捕まっちゃうよ、あのノーム!」

 とメールが言いました。どうやって助け出そう、と目の前の追跡劇を見つめます。

「下手に騒ぎを起こすと、寺院の他の兵士が飛んでくるな」

 とゼンは敵に気づかれずにノームを救えそうな場所を探します。

「ワン、ぼくが風の犬になって助け出してきましょうか?」

 とポチが身構えましたが、フルートは即座に首を振りました。

「それはだめだ。サータマン兵にぼくらを見られる」

「じゃあ、どうするの!?」

 とルルが尋ねます。ノームの悲鳴が聞こえてきました。サータマン兵に帯の端をつかまれたのです。小さな手で帯を引っ張って、必死で振り切ろうとしていますが、なにしろ小さなノームです。力ではとても人間にかないません。

 フルートはかたわらの少女に言いました。

「ポポロ――頼む」

 少女は即座にうなずきました。片手を突き出し、短く唱えます。

「レマート」

 

 とたんに、目の前の人々の動きが止まりました。帯を引っ張るノームの男も、それを捕まえようとしている兵士たちも、そのままの格好で動かなくなります。ポポロの指先から淡い緑の星が消えていきます……。

 ポポロは両手で顔をおおいました。

「ああ、また――!」

 彼女の魔法は強力ですが、コントロールが悪いので、いつも関係のない周囲の人々まで魔法に巻き込んでしまいます。今も兵士だけを停止させようとしたのに、逃げるノームまで一緒に停止させてしまったのでした。

 すると、ゼンが駆け出しながら言いました。

「上出来だぞ、ポポロ! この方が助け出しやすいぜ!」

 駆け寄って、彫刻のように動かなくなっているノームを小脇に抱えると、あっという間に連れてきてしまいます。涙ぐむポポロの髪をフルートがなでました。

「そう、上出来だよ、ポポロ。さあ、今のうちに逃げよう。魔法が解けたら、兵士たちにはきっとノームが目の前から消えたように見えるはずさ」

 そこで、彼らはノームを連れたまま大急ぎでその場から離れました。自分たちの馬を残してきた寺院の入り口へと引き返します。やがて、後ろの方で声が上がりました。

「ノームがいないぞ!?」

「地面に潜ったんだ!」

「馬鹿な。そんなはずは……」

 瓦礫や木々の間をくぐり抜けていくと、その声も遠ざかって聞こえなくなります。

 

 すると、ゼンの腕の中でもノームがうなり出しました。抱えられたままの格好で手足をばたつかせ、目をぎょろぎょろさせて、自分を連れ去る人間たちを見回します。ポポロの魔法が切れて、意識を取り戻したのです。

 ゼンは用心してノームの口を手でふさいでいました。ノームがうなり声になっていたのは、そのせいです。足早に進みながらゼンは言いました。

「もうちょっと我慢しろって、おっさん。そしたら放してやるからよ」

 ノームは灰色のひげを胸まで伸ばした中年の男でした。彼らより体は小さくても、あきらかに年上だったのです。

 フルートもゼンに並んで言いました。

「ぼくらは敵じゃないですよ、ノームさん。もう少しで安全な場所に出ますから、今は静かにしていてください」

 その穏やかな声と優しげな顔に、ノームが驚いたように黙りました。自分を抱えて急ぐ少年少女たちを、また見回します。

 

 やがて、寺院の入口まで戻ると、一行は振り向きました。追ってくる気配がないかと確かめます。ポポロが遠い目になってから言いました。

「大丈夫……こっちに来る兵士はいないわよ。やっぱり、ノームさんが地面の中に逃げたと思っているみたい。見つけられなくて隊に戻っていくわ」

 フルートたちは、ほっとしました。ゼンがようやくノームの口から手をはずします。

 すると、地面に下ろされるより早く、ノームの男が言い出しました。

「お――おまえたちは誰だ!? どうして俺を助けたんだ!?」

「助けちゃいけなかったのかよ?」

 剣幕に目を丸くしながら、ゼンはノームを下ろしました。背の低いゼンですが、ノームはもっと小柄で、ゼンの半分以下の背丈しかありません。

「おまえたちは人間だろう! それなのに、どうして俺を助けるんだ!?」

 とまたノームがどなります。なんだか喧嘩腰に聞こえる声です。

 メールとゼンはあきれました。

「だって、あんた、サータマン兵に追いかけられてたじゃないさ。捕まっちゃまずかったんだろう?」

「それに、俺たちは人間じゃないぜ。人間なのは、ここにいるフルートだけだ。こいつは海の民と森の民の血を引いてるし、こっちのポポロは天空の民、そして、俺はドワーフだ」

「ドワーフ!?」

 ノームがまた、素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げました。

「そ――そんなまさか! どうしてドワーフが貴様みたいな格好をしている!? 貴様は人間だろうが!」

 ゼンは肩をすくめました。

「俺はおふくろが人間だったんだよ。でも、自分ではれっきとしたドワーフのつもりでいるぜ」

「力だって強いしね」

 とメールが脇から口をはさみ、論より証拠、とゼンが近くにあった大岩をひょいと持ち上げて見せます。

 ノームは仰天しました。ゼンをにらんだまま後ずさり、真っ青になってわめきます。

「ど――ど――どうしてドワーフが俺を助けるんだ!? 何を企んでいる!? 俺をどうするつもりだ!!?」

 その声があまりに激しかったので、フルートたちは本当に呆気にとられてしまいました――。

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