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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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9.軍勢

 寺院の跡を犬たちの案内で奥へ進みながら、フルートが言いました。

「妙だよね。ポポロはこの奥に誰もいない、って言っていたんだよ。魔法使いの目で見ても、誰もいないって。その軍隊って、どんな様子だった?」

「こんな場所だし、大昔の兵士たちの幽霊とかいうことはねえのか?」

 とゼンも言います。彼らは幽霊や悪霊の類にも何度も出会っています。当然の可能性として、そう考えたのです。

 ルルとポチは首を振りました。

「違うわ。本物の軍隊よ」

「ワン、おそらくサータマンの軍勢だと思います。盾にサータマンの紋章が描かれていたから。人目を避けるように、かなり警戒してたんですよ」

「何か魔法を使って、自分たちの姿を見えなくしてるのかもね。敵に奇襲をかけるつもりなんじゃないかな?」

 とメールが言うと、とたんに、そういえば、とポポロが思い出しました。

「あたし、春祭りの会場で聞いたわ。もうすぐ大きな戦闘が起きるから、軍隊が準備を整えているって噂……。本当だったのね」

「どこへ出撃するつもりでいるんだろう?」

 とフルートは真剣な顔で考え込みました。グル神を信じるサータマンは、ユリスナイを信じる聖地ミコンと長い間対立しています。ミコンがサータマンに聖戦を行おうとしたように、サータマンもミコンに攻め込もうとしているのではないか、と心配になったのです。

 

 グル神の寺院は思っていた以上に大きなものでした。フルートたちはたっぷり五分以上も歩いて、ようやく軍勢の見えるところまでたどり着きました。そこでも天井はすっかり崩れて、瓦礫の山が続いています。その岩陰に隠れながら、一行は行く手の様子を確かめました。

「これ以上は近づけねえぞ。こっちは追い風だ。接近しすぎると、軍隊の馬が匂いで気がつくからな」

 とゼンが言います。

 人影が森の奥で動き回っているのが見えました。馬のいななきや鼻を鳴らす音、人のざわめく声、金属と金属がぶつかり合う音も聞こえます。金属音はフルートたちにはなじみのものでした。鎧兜が兵士の動きに合わせてこすれ合う音なのです。かなりの人数が集まっているのが、その音からもわかりました。

 フルートはポポロに尋ねました。

「どう? 見える?」

 魔法使いの少女は首を振りました。

「やっぱり見えないわ。自分の目ではあそこに人がいるのがちゃんとわかるのに、魔法使いの目では何も見えないの。やっぱり魔法で自分たちの姿を隠しているのね……」

 その時、さっと向こうから風が吹いてきました。風向きが変わったのです。ざわめくような声や物音が大きくなり、馬の匂いが強く漂ってきます。

「馬の群れがいるな。騎馬隊か」

 とフルートがつぶやきます。

 すると、ルルが鼻の頭にしわを寄せて言いました。

「かすかだけど闇の匂いも混じっているわよ。あの軍隊が使っているの、闇魔法なんじゃないかしら? 嫌な感じよ」

 闇魔法――と仲間たちはつぶやきました。それではポポロの魔法使いの目で看破できないのも当然でした。彼女は聖なる光の魔力で透視をしているので、闇で隠されたものを見極めることはできないのです。

 

「風が変わったから、もう少しだけ近づけるぞ。どうする?」

 とゼンが言いましたが、フルートは首を振りました。

「いつまた風向きが変わるかわからない。それに、この感じだと警戒も厳しいだろうから、うかつには近づけないよ」

「じゃ、あたいが森の方から様子を見てくるよ」

 とメールが言い出したので、ゼンがあわてました。

「馬鹿言え。それなら俺が行くぞ。俺は猟師だ。忍び寄るのも隠れるのも得意だからな」

 はん、とメールは馬鹿にするように笑い返しました。

「あたいは半分森の民だよ。森の民以上に森を上手に歩けるヤツがいるもんか。じゃ、行ってくるよ――」

 仲間たちが止める間もなく、するりとその場から横手の森へ姿を消し、ほんの数秒後には、ずっと前方の木立の間に姿を現しました。本当に、森の鹿かなにかのような素早さです。

「服を隠せ、馬鹿。そのシャツじゃ目立つだろうが」

 とゼンがわめいていました。まだ春浅い森の中に花はほとんど咲いていません。花のように色とりどりのメールのシャツがよく見えていたのです。けれども、敵に気づかれてしまうので、大声でそれを注意することもできません。

 すると、ポポロが口の中で何かをつぶやきました。彼女は魔法使いの声で遠くの仲間へ話しかけることができます。ゼンのことばをメールに伝えたのです。あっ、という感じでメールが振り向き、肩にからめていた布で急いで上半身をおおいました。薄茶色の布がシャツを隠せば、緑の髪もうろこ模様の半ズボンも、もう森の中で目立つことはありません。そのまま、また木々の間を進みます。その姿が、森に溶けるように消えていきます――。

 

 メールは森の木立や藪(やぶ)の間をすり抜けて、あっという間に軍隊のすぐ近くまでやって来ました。そのまま茂みの中にしゃがみ込みます。森の中でのメールの動きは巧みです。ほんの数歩先の場所に彼女が隠れているのに、兵士たちはまったく気づかずにいました。

 メールは至近距離からじっくり軍勢を観察しました。犬たちが言っていたとおり、かなりの人数が集まっています。崩れた寺院や木々の陰になって全体は見えませんが、確かに千人は下らないようです。揃いの緑の鎧兜を身につけ、剣と鳥をあしらった模様の盾を装備しています。あれがサータマンの紋章か、とメールは考えました。

 兵士たちは出撃を待ちながら、あちこちで小さな集団を作っておしゃべりをしていました。加えて彼らが連れている馬がしきりに鼻を鳴らしたり、蹄で地面を蹴ったりしているので、陣営はかなりの騒々しさです。何を話しているのか聞きたいと思うのに、音が入り混じってメールには聞き取ることができません。

「ホント、どこに攻めていくつもりだろ、こいつら」

 とメールは茂みの中でつぶやきました。隊長でも前に立って全体に呼びかけてくれないか、と考えますが、そういう人物も現れません。

 その時、風向きが突然変わり、遠かった兵士たちの話し声が急に大きくなりました。メールは、どきりとした顔になりました。藪の中で、大きく目を見張ります。けれども、それはほんの一瞬でした。風向きがまた変わり、声が遠ざかってしまいます――。

 メールは素早い動きで茂みを抜け出すと、仲間たちのところへ引き返していきました。待ちかねていた彼らへ手招きをして、軍勢からずっと離れた場所まで連れていくと、いきなりこう言います。

「あいつらがどこを攻めるのかはわかんなかったよ! だけどさ――あいつら、ジタンって言ったんだ!」

 

 ジタン? と仲間たちは驚きました。それはロムドの南西部にある山脈の名前です。願い石の戦いの時に、彼らはそこを訪れました。

「なんで連中がジタンを知ってやがるんだよ?」

 何かの間違いじゃないのか? と言いたそうなゼンに、メールはかっと顔を赤くしました。

「知るもんか! でも、聞き違いなんかじゃないよ! あいつらは確かにジタンって言った。それだけは、はっきり聞こえたんだ!」

 メールの方へ吹いた風は、兵士たちの会話を運んできました。ほんの一瞬だったので、会話の内容まではわかりませんでしたが、その中に「ジタン」ということばを聞き取って、メールは仰天したのでした。

 ポチがとまどいながら言いました

「ワン、ジタン山脈には春になったら北の峰のドワーフたちが移住することになっていましたよね」

「そうね。オリバンが一緒に行くって言っていたわ。もう出発した頃じゃないかしら」

 とルルが言えば、ゼンもうなずきます。

「俺の親父も一緒だぜ。北の峰の猟師たちが移住団の警備隊を務めるんだ」

 彼らのよく知る人々が関わるジタン山脈ですが、それが寺院に集まったサータマン軍とどう関係あるのか、すぐには思い当たりません。

 

 フルートは考え込みました。

「ジタン山脈の地下には広大な魔金の鉱脈が眠っている。でも、それはロムドの中でもごく一部の人しか知らないことだし、国王陛下は、ジタン山脈を北の峰のドワーフに譲ろうとしている。ジタンのことは誰にも知られていない、秘密中の秘密なんだけど……」

 言いながら、フルートはどんどん真剣な表情になっていました。さらに考え込む顔で続けます。

「……だけど、もし、秘密を知るものがいたら、きっとそいつはジタンを狙うだろう。ジタン山脈に埋蔵されている魔金は、信じられないほど大量だから、それがあれば世界最強の装備の軍隊ができる。ジタンを手に入れた国が、世界を征服できてしまうんだ」

 おい! とゼンが声を上げました。フルートのことばは、明らかに一つの事実をさしています。

「まさか――あのサータマン軍はジタン山脈を奪うつもりでいやがるのか!?」

 他の仲間たちもいっせいに息を呑みます。

 フルートは真剣そのものの声で言いました。

「それしか考えられない。サータマンは金の石の勇者が国に現れることにも警戒していた。ぼくたちが妨害するかもしれないと考えていたんだ。ぼくたちが、何を妨害すると思った? もちろん、彼らのジタン襲撃計画だよ」

「ワン。ジタン襲撃計画って――じゃあ――」

 ポチが言って、そのまま絶句します。

 フルートはうなずきました。

「あのサータマン軍はジタン移住団を襲撃しようとしている。北の峰のドワーフやオリバンたちを殺して、ジタン山脈を奪うつもりでいるんだよ――!」

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