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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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7.脱出

 化蛇の大群を倒してフルートたちが喜び合っていると、丘の向こう側から数人の男たちが駆けつけてきました。揃いの制服を着た、シュイーゴの町の憲兵です。

 あたりに怪物は一匹もいなくなりましたが、人々はまだ呆然と立ちすくんでいました。祭りの屋台や船着き場の舟も、逃げようとした人々に倒されたり、ひっくり返ったりしています。フルートたちは憲兵に何があったのか説明しようとしました。

 すると、憲兵が剣を抜いてどなりました。

「金の石の勇者がここにいるのだな! それは誰だ!? サータマンの治安を乱した罪で逮捕する――!」

 フルートたちはびっくりしました。彼らは治安を乱した覚えなどありません。逆に人々を守ったのです。とっさに返事ができなくなってしまいます。

 人々はざわめきました。とまどいながら、いっせいにフルートたちに注目します。疑い、確かめようとする目です。彼らが何かの罪人ではないかと考えたのです。その動きに憲兵がフルートたちの方を見ました。

 

 すると、フルートの後ろから突然大きな声が上がりました。

「おお、そうだそうだ! 俺が金の石の勇者だぞ! 何か用か!?」

 フルートたちはまたびっくりして振り返りました。金の鎧兜を着た青年が立ち上がり、胸を張っていました。小人と人魚に扮した二人の子どもを、ぐいと両脇に引き寄せて言い続けます。

「俺の仲間たちもここにいる! 逃げも隠れもしないから、用事があるならさっさと言え!」

 フルートたちはとまどいました。ついさっきまで、怪物に腰を抜かして彼らに守られていた青年が、まるで本物の勇者のように偉そうにしています。どう考えたらいいのかわからないでいると、そこへ黒いドレスの女性が駆け寄ってきました。大きな二頭の犬も連れています。金の鎧の青年に抱きついてその横に並びます。

「そうよぉ、あたしたちが金の石の勇者の一行。あたしたちがサータマンの治安を乱したですってぇ? あたしたち、そんな覚えはないんだけど。何かの間違いじゃないの?」

 女性はそう言いながら、下の方でフルートたちに素早く手を振って見せました。まるで、早く行きなさい! と言ってくれているようです。フルートたちは、はっとしました。彼らは自分たちを逃がそうとしてくれているのです。

 そんな青年たちの行動の意味は、見ている人々にもわかったようでした。ざわめきの中から、こんな声が上がりました。

「そうだ! それが金の石の勇者たちだぞ!」

「確かに見た! 怪物をやっつけていたぞ――!」

 憲兵たちがいっせいに青年たちに駆け寄り、剣を突きつけました。小人と人魚に扮した少年少女が悲鳴を上げます。

「や、やめろ! ぼくたちが何をしたって言うんだ!?」

「あたしたちは金の石の勇者なんかじゃないわよ! ただ仮装してるだけよ!」

 さすがに子どもの彼らに勇者の身代わりは無理でした。本当のことを言ってしまいます。青年と女性が思わず顔色を変えると、今度は群衆の別の場所からこんな声が上がりました。

「金の石の勇者ならここにいるぞ! 俺がその勇者だ!」

「いいや、金の石の勇者はぼくだ! 憲兵、用があるならぼくに言え!」

 金の鎧兜で仮装した男たちが、口々に自分が金の石の勇者だ、と言い出していました。一人二人ではありません。たちまち数十人の金の石の勇者が現れてしまいます。憲兵たちは驚いてそれを見回しました。どれが本当の金の石の勇者か見極められません。

 

 そんな光景をぽかんとフルートたちが眺めていると、後ろから声をかけられました。

「今のうちだ。早くおいで」

 昨夜泊めてもらった家の父親が手招きしていました。フルートたちはとまどいながら後についていきました。人々が横に動いて彼らを通し、すぐに戻って彼らの姿を憲兵の目から隠してしまいます。

 父親の後について丘を下りながら、フルートは言いました。

「だ、大丈夫なんですか? あの人たち、ぼくたちと間違われてますけど……」

「心配ない。本物じゃないことくらい、調べればすぐわかるからね」

 と父親は答え、船着き場へ向かいながら話し続けました。

「君たちが本物の金の石の勇者たちだったんだね。思いもよらなかったけれど、さっきの戦いぶりを見て納得したよ。すごい強さだったね……。ぼくたちサータマン人だって馬鹿じゃない。誰が正しくて誰が間違っているか、それくらいはちゃんとわかる。憲兵は誰かから金の石の勇者を逮捕するように命じられているようだったな。心当たりはあるのかい?」

 フルートたちはいっせいに首を振りました。

「ぼくたち、昨日サータマンに到着したばかりなんです。本当に、なんのことかさっぱり――」

「おかしなことが起きていなければいいけれどね」

 と父親は心配そうに言いました。

 

 彼らが乗ってきた平底船は、幸い、怪物の襲撃にもひっくり返らずにいました。ところが、それに乗り込もうとすると、さっきとは別の憲兵たちが駆け寄ってきました。船着き場はすでに見張られていたのです。

「金の石の勇者が捕まるまでは、誰もここから出てはならん!」

 と憲兵は剣を突きつけながらどなりました。

「しかも、そっちの奴は金の鎧兜を着てるではないか!? 怪しいな、動くな!」

「春開きの祭りに仮装してきたんですよ」

 と父親は落ち着いて答えました。

「本物の勇者がこんな子どものわけはないでしょう。怪物にすっかり怖がっているんで、先に家に帰したいんです。お願いしますよ――」

 言いながら父親は隊長らしい男の手に何かを押し込みました。紙幣です。うむ……と隊長はうなりました。

「そういう事情ならばしかたないな。行け」

 と彼らを見逃します。

 舟で水の上にこぎ出し、岸から充分離れると、フルートたちはいっせいにほっと肩の力を抜きました。ゼンが感心した声を上げます。

「人間ってヤツは金に汚ねえと常々思ってたけどよ、こうしてみると役に立つこともあるんだな!」

「ここは使わなくちゃね」

 と父親は自分の頭を指さして、片目をつぶって見せました。

 

 一行はいったん家に立ち寄って自分たちの荷物を持ち、再び舟に乗って、最初に到着した場所へやってきました。相変わらずミコンからの道は雪解けの大水に沈んでいます。

 父親が西の方角を指さしながら言いました。

「山脈に添って、ずっとこっちへ進むといい。大水はそこまでは来ていないし、じきに別の街道に出会えるからね。それを南に行けば首都のカララズだけど、もしかしたら君たちは国中から指名手配されているのかもしれない。そのまま西へ進み続けて、できるだけ早くサータマンを抜けた方がいいかもな」

「何から何まで、本当にありがとうございます」

 とフルートが丁寧に頭を下げて感謝をすると、父親は大真面目で答えました。

「お礼を言うのはこっちだよ。君たちはぼくの娘の命を救ってくれた上に、祭りに集まった人々も僧侶様もみんな助けてくれた。シュイーゴの住人は、君たちがしてくれたことを決して忘れないよ。君たちの道中が無事であるように祈っているからね」

 ありがとう、と少年少女と犬たちはまた礼を言いました。それは確かに彼らがサータマン人を助けた見返りなのかもしれません。だけど、やっぱり親切が身にしみました。

 

 フルートたちは森の中から自分たちの馬を呼ぶと、その背に乗って、教えられたとおり西へ進み始めました。見送ってくれる父親へ何度も手を振り、やがて森の中へ消えていきます。

 それを見届けて、父親はまた舟でこぎ戻っていきました。自分たちの様子を見ていた者がいないかと、用心しながらあたりを見回しますが、春開きの祭りの日にこんな場所を訪れる者はなく、ただ雪解け水が空の色を映して横たわっているだけでした――。

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