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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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6.化蛇(かだ)

 金の石の勇者はどこだ、と怪物が叫ぶのを聞いて、フルートは立ちすくみました。思わず、自分の鎧の胸当てを見てしまいます。その下には守りの金の石があります。聖なる力で彼らを隠しているので、闇のものに見つかるはずはないのに――。

 翼を打ち鳴らしながら怪物が飛んできました。犬の体に人の頭、背中に二枚の大きな翼があって、手や足はまったくありません。犬の尾を長くなびかせて飛ぶ姿は、なんだか翼のある蛇のようにも見えます。

「ワン、化蛇(かだ)だ! 洪水から現れる怪物ですよ!」

 とポチが言いました。人のことばを話してしまっていますが、周囲は空に現れた怪物に仰天して、そんなことにはまったく気がつきません。怪物だ! 助けてくれ! と叫びながら逃げ回っています。

 すると、丘の麓の水の中からまた怪物が姿を現しました。やはり手足のない犬の体に翼が生えた化蛇です。水から這い上がると濡れた翼を広げ、空に舞い上がります。たちまち十匹近い集団になります。

 化蛇たちは人間の男の顔をしていました。ぎょろぎょろと目をむき、逃げていく人間たちを見回して、またほえます。キャウワゥワゥ――本当に鳴き叫ぶ犬そっくりの声です。ルルが鼻の頭にしわを寄せました。

「嫌な声……! それに、闇の匂いがぷんぷんするわよ。闇の怪物だわ!」

「フルートを狙ってきてるからには、そうに違いねえけどな」

 とゼンが背中から素早く弓を下ろしました。矢をつがえようとします。

 すると、それより早く、最初の化蛇が空から急降下してきました。

「見つケたぁ! 金の石の勇者だぁぁ!」

 金の鎧兜のフルートへまっすぐ襲いかかっていきます。とたんにフルートは両手を広げました。すぐそばで、ポポロが立ちすくんでしまっていたのです。逃げる代わりに、自分の後ろにポポロをかばいます――。

 

 ところが、怪物はフルートの頭上を飛び過ぎました。その後ろで呆然としていた青年に飛びかかっていきます。金の石の勇者の仮装をしていた青年です。妖艶な魔法使いに扮していた女性が悲鳴を上げて逃げ出します。

「キャウアゥ――金の石の勇者! 金の石の勇者ダゾ――!」

 怪物が喜ぶ声が聞こえてきます。

「や、やめろ――! 俺は――違う――!」

 青年が必死で叫んでいましたが、怪物は蛇のように絡みついていきます。青年がいくら払いのけようとしても離れません。

 すると、水の中から飛んできた他の化蛇たちも、次々に空から舞い下りて襲いかかってきました。

「いたァ! 金の石の勇者ダぁ!」

「ここにも金の石の勇者がイタゾぉ!」

「キャーウーウン――! 金の石の勇者がいっぱいダァ! きっとコイツが本物ダぁ!」

 怪物たちが舞い下りた先は、金の鎧兜を着た男たちばかりでした。

「な……なんだぁ?」

 ゼンたちは思わず呆気にとられました。肝心のフルートに襲いかかってきた怪物は一匹もいなかったのです。

 わかった! とポチが声を上げました。

「あの怪物たちはフルートを見つけて襲ってきたんじゃないんですよ! 祭りに金の石の勇者に仮装した人が大勢集まるのを見て、本物だと勘違いしただけなんだ!」

「馬鹿な――」

 フルートは真っ青になりました。見た目はどれほど強そうな勇者の姿でも、彼らは普通の人たちです。怪物に襲われて、戦えるはずはないのです。

 

 フルートに、その仮装はいくらかかった? と尋ねた青年が、化蛇に食いつかれそうになって悲鳴を上げていました。青年は見事な大剣を背負っていますが、それを抜こうとはしません。張りぼての剣で、鞘から引き抜くことができなかったのです。

 すると、怪物の額に白い矢が突き立ちました。怪物が悲鳴を上げて青年から離れます。ゼンが震える弓を構えていました。怪物と青年は驚くほど接近していたのに、見事に怪物だけを射抜いたのです。

 フルートは背中から剣を抜いて青年の前に飛び出しました。

「立って逃げて! 早く!」

 青年は腰が抜けて座り込んでしまったのです。その近くには、小人に扮した少年と人魚に扮した少女がいました。額に矢を受けた怪物が、地面から頭を上げてそれを見ました。

「キャウゥゥ――痛い痛い。傷を治さなくテハ。生気をヨコセ、人間――!」

 怪物の額から矢が抜け落ち、代わりにそこから触手が伸びてきました。黒い蛇のように、うねうねと少年少女に迫ります。二人は恐怖に目を見張ったまま、凍りついたように立ちすくんでいました。逃げることができません。

 フルートは剣を振り下ろしました。黒い触手が真っ二つになり、次の瞬間、怪物が火を吹いて燃え上がります。フルートは炎の剣(つるぎ)を使ったのです。切ったものを燃やし尽くす火の魔剣でした。

 

 突然起こった火の手に他の怪物たちがいっせいに振り向きました。

「火の剣――!」

「金の石の勇者ダ!」

「アソコにいるのが金の石の勇者ダ!」

 翼を打ち鳴らして集まってきます。

 ところが、怪物たちの狙う先は、やっぱり金の鎧兜の青年でした。小柄で華奢なフルートより、青年の方がよほど本物の勇者らしく見えていたのです。

 悲鳴を上げ続ける青年の前で、フルートは剣を振りました。空を飛ぶ化蛇がたちまち火だるまになって落ちてきます。剣が撃ち出した炎の弾を食らったのです。

 その隣でゼンが矢を放ち続けていました。射手の身長と同じくらいの大きさがある弓は、怪力のゼンでなければ引くこともできない強弓です。そこに百発百中の魔法の矢をつがえて、次々と撃ち出していきます。体や翼を矢に貫かれて怪物が空から落ちてきます。そこへフルートが炎の弾を撃ち出して火で包みます。闇の怪物は生命力が強いので、完全に倒すには、聖なる武器を使うか、動けなくして全身を焼き払うしかないのです――。

 

「見て! また来たわよ!」

 とルルが水辺を見ながら叫びました。蛇のように体をくねらせて泳ぎ寄ってくる、無数の黒い影がありました。浅瀬までやってくると人の頭を上げ、犬のような体で岸に這い上がり、翼を広げて舞い上がります。新たに集まってきた化蛇は、先の化蛇より数が多いくらいでした。

「金の石の勇者ダト――!?」

「ドコにいる。勇者はドコダ!?」

「人間もたくさんいるゾ。食い放題ダ!」

 キャウワゥワゥ、と犬の声でほえながら、祭りのために仮装をした人々へ襲いかかっていきます。人々は悲鳴を上げ、雪崩を打って丘を駆け下っていきました。船着き場につないだ舟に飛び乗って逃げだそうとしますが、とたんにまた怪物が現れました。化蛇の大群です。何十という怪物が水の中から頭を出し、人間たちを眺めて舌なめずりしています。舟が揺れ、人が水に落ち、悲鳴と水しぶきが上がります。水辺は大パニックです。

「ポチ、行くわよ!」

 ルルが一声叫んで飛び出しました。とたんに、その犬の体が爆発するようにふくれあがり、巨大な怪物に変わります。犬の頭と前足に異国の竜のような長い体、幻のように半ば透き通った姿です。ごぉぉっと風の音を立てながら水辺に突進して、人々に襲いかかろうとしていた化蛇を跳ね飛ばします。人々がまた悲鳴を上げ、自分たちを救った風の怪物を信じられないように見ました。

 そこへポチも風の犬に変身して飛んできました。人々に呼びかけます。

「ワン、水から離れて! 水の中にまだたくさんいますよ!」

 犬の怪物に話しかけられて人々は仰天しましたが、犬たちが自分たちを守って怪物に襲いかかるのを見て、即座にそのことばを信じました。大あわてでまた丘の上に戻っていきます。そこではフルートとゼンが青年を守って剣と弓矢で戦い続けていました。怪物はもう数えるほどしか残っていません。

 

 すると、丘の上の方から大きな悲鳴が上がりました。一匹の化蛇が猿神グルの格好をした僧侶に襲いかかっていました。ひときわ派手な格好が怪物の目を惹いたのです。牙の並ぶ口で食いつこうとします。

 とたんに少女の声が響きました。

「お行き、花たち!」

 メールが僧侶と怪物へ手を伸ばしていました。その上を、ざあっと音を立てて色とりどりの集団が飛んでいきます。花の群れです。今はまだ早春で、自然に咲いている花はほとんどありませんが、祭りの会場には暖かい場所で育てられた花がたくさん飾られていたのです。花は飛びながら大きな鳥に姿を変え、怪物をくちばしでつついて僧侶から追い払います。

「また増えてきたぞ! 水からどんどん上がって来やがる!」

 とゼンが言いました。押し寄せてくる新しい敵へ矢を連射しますが、とても倒しきれません。フルートは唇をかみました。化蛇の群れはすでに数十匹になっています。水の中をさらに泳ぎ寄ってくる影も見えます。どれほど防いでも、じきに犠牲者が出てしまいます。

 すると、フルートの隣に突然金色の少年が立ちました。珍しいことに、金の石の精霊が人前で姿を現したのです。

「ぐずぐずしていられないぞ、フルート。あまり派手に戦うと、デビルドラゴンにこっちの動きを気づかれる。一気に片づけよう」

 わかった、とフルートが答えると、精霊の少年がまた消えていきます。

 

 フルートは振り向いて言いました。

「ポポロ!」

「はいっ!」

 たちまち強い声が答えます。

 フルートの後ろにいた青年や、小人や人魚の格好をした少年少女は驚きました。今まで彼らと一緒に守られていた少女が、呼ばれたとたんに返事をして駆け出したのです。本当に華奢で小柄な少女です。赤い髪をお下げに編んで、魔法使いの衣装を着ています。

 金の鎧兜の少年が言いました。

「丘の上へ行くよ、ポポロ! ゼン、後を頼む!」

「おう、任せとけ!」

 猟師の格好の少年が頼もしく返事をして矢を放ち続けます。その隣へ緑の髪の少女が駆けつけます。細い手をさっと振ると、色とりどりの大きな鳥が飛んできます。無数の花が集まってできた魔法の鳥です。

 水辺では二匹の風の獣がうなりながら飛び続けていました。襲いかかってくる怪物から、人々を守り続けています……。

 

 フルートはポポロと一緒に丘の頂上まで登りました。そこはさっき春踊りを奉納した場所で、草も木もない空き地になっていました。そこに立って、フルートは怪物の群れを振り向きました。隣の少女へ言います。

「ポポロ、ぼくの声を広げて」

 少女がうなずき、即座に呪文を唱えます。

「レガーロヒヨエコー!」

 フルートは息を吸い、眼下へ叫びました。

「怪物たち!! どこを見ている!! 金の石の勇者はぼくだ!! 金の石の勇者はここにいるぞ!!」

 魔法が少年の声を丘中に広げていきます――。

 とたんに、怪物の群れが動きを止めました。人々も思わず逃げるのを忘れて振り向き、丘の上に立つ少年と少女を見上げてしまいます。

 怪物がほえ始めました。

「キャウワゥワゥ――金の石の勇者! 金の石の勇者!」

「アイツが金の石の勇者ダ!」

「願い石をヨコセぇぇ――!」

 激しい羽音を立てていっせいに丘の上へ飛んでいきます。その数は百匹を越えていました。あっという間に少年少女が翼の中に見えなくなってしまいます。

 とたんにまた少年の声が響きました。

「止めろ、ポポロ!」

 レマート、と言う少女の細い声が、人々の耳に聞こえました。羽音がいっせいにやみ、殺到していた怪物が次々と落ち始めます。まるで空中から小石を落とすようです。たちまち丘の上は倒れた怪物でいっぱいになります。

 そこへ、少年が金色のペンダントを突きつけました。鋭く叫びます。

「金の石――!!」

 すると、少年の手の中からすさまじい光が湧き起こりました。強い金色の光です。あたり一面を照らし出していきます。

 人々は顔の前に手をかざし、目を閉じました。あまりのまぶしさに見続けていることができなかったのです。何かが蒸発していくようなジュウッという音が、次々と響いては消えていきます……。

 

 やがて、光がおさまったとき、丘の上にも空にも水辺にも、空飛ぶ怪物は一匹もいなくなっていました。何事もなかったように丘のまわりを水が取り囲んでいます。

 呆然とする人々の目の前で、丘の上から少年と少女が駆け下りてきました。

「ゼン、メール! ポチ、ルル! 怪我はないかい!?」

「おう、あったりまえだぜ」

「あれっぽっちの敵、どうってことないさ」

 猟師の少年と長身の少女が笑って答えます。ワンワンワン、と犬たちがその足下からほえます。もう普通の犬の姿に戻っています。

 飛びつき、笑いながら肩をたたき合う少年少女たちを、人々は呆気にとられて眺めていました。

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