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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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5.仮装

 春踊りの奉納がすむと、いよいよ本格的な祭りの開始でした。

 フルートたちはぜひ仮装コンテストというのを見てみたかったのですが、それが始まるまでにはまだ間があるというので、祭りの出店を見て回ることにしました。案の定、異国らしい珍しい食べ物があったので、ゼンは大喜びでした。

「変わった形のパンだな。中が空っぽじゃねえか。これ、どうやって食うんだよ?」

「袋パンって言うのさ。こうやって、中に好きなソースと具材を入れてね……」

 出店の女将(おかみ)が機嫌良く説明してくれます。

「あれ、これ飴細工? よくできてるなぁ」

 とメールは別の店先をのぞき込んでいました。年配の店主が慣れた手つきで飴の棒を温め、器用にいろいろな形を作っていくのを眺めます。鳥、動物、魚……次々と飴の人形が作り出されて、店先に並びます。

「食べるのが惜しいみたいだね」

 とメールが笑うと、店主が笑い返しました。

「食べておくれ。これを食べると一年間風邪をひかずにすむんだ。縁起物だよ」

「じゃ、この魚の形のを一つ」

 前の晩、ゼンを食いしん坊だのなんだのと言っていたメールですが、やっぱりこういう場面では一緒になって買い物を楽しんでしまうのです。

 

 フルートとポポロは一緒にいました。引っ込み思案で大勢が苦手なポポロは、フルートに手を引かれて、おどおどと人混みを歩いていきます。華奢な手が頼るようにフルートの手を握りしめています。そんなさりげないことが幸せで嬉しいフルートです。

「本当に、みんないろんな仮装をしてるね」

 と笑顔でポポロに話しかけます。

 人混みには様々な格好をした人たちがいました。中には普通の格好の人もいるのですが、それは主に他の場所から祭りを見に来た観光客のようでした。怪物や動物、奇妙な衣装や化粧で自分の姿を変えた人々は、歩き回っては互いの変装ぶりを評価して陽気に笑っています。

 すると、ポポロが急に、あらっと目を見張りました。行く手に金色の鎧の人物がいたのです。大きな剣を背負った大人の男の人です。その傍らには黒い服を着た女性もいました。後ろ姿ですが、やっぱりそれも大人です。

「ぼくたちの仮装だね。前から見てみよう」

 とフルートが言って、ポポロを引っ張っていきました。

 その金の石の勇者は立派な体格をした青年でした。金色の鎧兜が本当によく似合っています。背中の大剣も見栄えがします。あまり見事な仮装なので、その周りには人だかりができていました。

「それ、本物の剣かい?」

 と見物客に聞かれて、勇者の青年が答えました。

「おう、本物、本物。炎の力を持つ魔法の剣だぞ!」

 と言って、からからと笑います。もちろん冗談です。

 その隣には黒い服の女性が寄り添っていました。とても美人で、長い黒髪をしています。着ている服は裾が長く、胸元が驚くほど大きく開いていて、長衣と言うよりドレスのようでした。なんとなく、以前彼らが戦った夜の魔女レィミ・ノワールを連想してしまいます。女性があまり妖艶だったので、ポポロは思わず真っ赤になりました。

 

 勇者の青年と魔法使いの女性のそばには、もう二人の人物がいました。おもちゃのつるはしを担いだ男の子と、魚のうろこのような模様のスカートをはいた少女です。小人と人魚の役に違いありません。

 少女は短い上着で胸のあたりを隠しているだけで、上半身の肌をすっかり見せていました。色とりどりの首飾りをいくつも下げ、手にも同じような腕輪をじゃらじゃらと下げています。結い上げた髪には、ご丁寧に貝殻まで飾ってありましたが、髪の毛は緑色ではありませんでした。

「あたいと同じくらいの歳かなぁ。あんな格好して寒くないんだろうか?」

 いつの間にかフルートたちに追いついてきたメールが、人魚役の少女を見てあきれていました。そう言うメール自身も相当薄着ですが、上半身裸に近い少女よりは、ずっと暖かそうに見えます。

「あっちは俺ってわけか。本物のドワーフが連れてこられないもんだから、子どもにやらせてんだな。あんな細腕でつるはしなんか持てるのかよ」

 と言ったのはゼンです。フルートがそれに答えました。

「どうも、このあたりでは、勇者の仲間がドワーフだとは知られていない気がするね。あの感じだと、ノームだと思われているんじゃないかな」

 小人と呼ばれる地下の民には、ドワーフとノームの二つの種族があります。ドワーフは人間より少し背が低くて、がっしりした体格をしているのが特徴ですが、ノームの方はそれよりもずっと小さく、せいぜい六十センチ程度の身長しかありません。そんなノームにも、フルートたちは出会ったことがありました。彼らの防具を鍛えてくれた、鍛冶屋の長のピランです……。

 

 勇者の仮装をした一行が、二頭の大きな白い犬を連れているのを見て、ルルがポチにささやきました。

「あれが私たちよ……。なんだかライオンみたいに大きい犬ね」

「ワン、そういう種類なんですよ。でも、普通の犬だ」

 とポチがささやき返します。周囲の人々は、足下で犬が人のことばで話し合っていることに気づきません。

「さっきからずいぶんたくさん金の石の勇者を見てきたけど、本物に似てるのなんて、一組もなかったじゃない。だいたい、おかしいと思わないの? 人魚を仲間に連れて歩けるだなんて。そんなのどう考えたって無理なのに」

「もう半分以上おとぎ話になっている感じですね。金の石の勇者が実在してるって信じてる人は、どのくらいいるのかなぁ」

 と賢い子犬は言って、人々の感情の匂いをかぐように、くんくんと鼻を鳴らしました。

 

 すると、黒いドレスを着た魔法使いの女性が、フルートたちに気がつきました。たちまち笑い出します。

「やぁだ! この子たちも金の石の勇者なんだぁ。かわいいっ!」

 妖艶に見える姿にしては、口調はいやに庶民的です。勇者の青年も笑って話しかけてきました。

「君たちの格好もよくできてるなぁ。どこで揃えたんだい? ぼくたちはデンバの町の老舗で特別注文したんだけどね。結構かかったよ。君たちはいくらかかった?」

 いくらって……とフルートたちはとまどいました。彼らの装備は、彼らを支援してくれる人々が贈り、強化してくれたものばかりです。金などまったくかかっていません。

 小人役の少年と人魚役の少女が何かをささやき合っていました。やがて少年はゼンを笑うような目で眺め、少女はふん、と優越感の顔でメールから視線をそらします。どちらも、自分たちの方が本物らしい、と考えたのです。やれやれ、とゼンとメールは肩をすくめてしまいました。

 

 すると、すぐ後ろを通り抜けていく人たちの話し声が、ポポロの耳に聞こえてきました。

「――は来なかったのかい? あんなに春開きの祭りを楽しみにしてたのに」

「出動命令が出て休暇が取り消しになったんだ。近々、大きな戦闘がありそうだ、って手紙に書いてきたよ」

「戦闘? どこと」

「そこまでは――」

 話が遠ざかって、人混みに紛れてしまいます。

 ポポロは思わずそちらを振り向きました。誰もがうきうきと楽しそうにしている春祭りですが、この国の別の場所には、戦争を始めるために準備を整えている人たちもいるのです。ポポロはなんとなく考え込んでしまいました……。

 

 その時、人混みの中から大きな悲鳴が上がりました。

 あれはなんだ!? と叫ぶ声も聞こえます。

 誰もがそちらを振り向き、一瞬の間の後、どよめきが湧き起こりました。驚きと恐れの声です。

 そこに、犬が鳴きわめくような得体の知れない声が響きました。とたんに人々が右へ左へ逃げ始めます。

 人垣が崩れて切れたところから、丘の麓が見え始めました。周囲をすっかり水に取り囲まれている丘です。その水の中から這い上がってくるものがありました。蛇のように体をくねらせて岸に上がってくると、突然大きな翼を広げて空に舞い上がります。大きな羽音に、また犬がほえるような声が重なります。

「怪物だ!!」

 と人々は叫びました。頭を抱えて逃げまどいます。

 すると、怪物が空からまたほえて、人のことばで叫びました。

「キャウゥーワゥワゥ――! 金の石の勇者! 金の石の勇者は、ドコだぁぁ――!!」

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