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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第2章 シュイーゴの丘

4.春踊り

 翌日、朝食をすませて身支度を調えた少年少女たちを見て、サータマン人の一家は手をたたいて喜びました。

「これはこれは……見事な金の石の勇者の一行だな!」

「とてもよく似合っているわよ。本物みたいね」

 そんなふうにほめられて、フルートたちは複雑な顔をしました。彼らはいつもとまったく同じ格好をしていただけだったからです――。

 

 フルートは金の鎧兜を身につけていました。鎧はあちこちに黒い小さな石が星のようにちりばめられていて、石と石の間を星座のように黒い線が結んでいる、とても綺麗な防具です。黒と銀の二本の剣を背負い、さらに左腕には丸い大きな盾も装備しています。フルートは今日はマントをはおっていませんでした。その分、サータマンの家族にも装備がよく見えたのです。

 ゼンは青い胸当てをつけ、腰にショートソードと青い小さな丸い盾を下げていました。胸当てには獲物を狙う鷹の浮き彫りがあって、銀の線がその図案を取り囲んでいます。やはり美しい防具です。その上から毛皮の上着をはおり、大きな弓と矢筒を背負っています。

「小人と言うよりは猟師じゃな」

 と家の祖父から笑われて、ゼンは憮然としました。実際、ゼンは北の峰の猟師なのですから、そう見えて当然なのです。

 メールもいつもの格好でした。色とりどりの花のような袖無しシャツに、うろこ模様の半ズボン、足には編み上げのロングブーツをはいています。今日はメールは毛皮のコートを着ていませんでした。まだ風は冷たいのですが、少しずつ春めいた陽気になってきています。重い服が嫌いなメールは、さっさとコートを脱ぎ捨てて、代わりに薄い布をマフラーのように肩に巻き付けていました。とても美人なので、そんな格好でも思わず目を惹きつけられてしまいます。

 ポポロは黒っぽいロングコートの下に黒い長衣という服装でした。長衣は、星空の衣と呼ばれる、天空の国の魔法使いの衣装で、黒地のあちこちで星のような光がきらめいています。実を言えば、昨日ポポロが着ていた服も同じ星空の衣だったのですが、場面に応じてデザインが変わる魔法がかけられているので、まったく別の服のように見えていたのでした。

 黒い長衣を着たポポロは、本当に魔法使いらしく見えていました。昨日助けた女の子がそれを見上げて、まほーちゅかい、と呼びかけます。とたんに、ポポロは真っ赤になりました。本当は地上のどんな魔法使いより強力な魔法を使えるのに、そんなふうには絶対に見えないポポロです。

 白い子犬のポチと、茶色の長い毛並のルルは、今朝は全身にブラシをかけてもらって、輝くように綺麗な姿になっていました。人前で人間のことばを話すわけにはいかないので、ただ尻尾を振って、ワンワン、と犬らしくほえます。

「祭りでは仮装のコンテストもあるんだよ。大人部門と子ども部門があるから、君たちは子ども部門で優勝できるかもしれないね」

 と家の父親から言われて、いっせいに苦笑してしまったフルートたちでした……。

 

 このサータマンの町の名はシュイーゴと言いました。古いサータマンのことばで、水の町という意味です。ミコン山脈の麓のこの地域では、毎年春先に雪解けの大水に見舞われます。住人は雪を消して春を運んでくる大水を歓迎していて、この時期に春開きの祭りを行うのでした。

 祭りには二艘の舟で出かけました。フルートたちの乗った舟を家の父親がこぎ、もう一艘には家族を乗せて祖父がこぎます。やがて、シューゴの町並みが見えてきました。水の中にたくさんの家が建ち並んでいますが、フルートたちが泊まった家と同じように、石でできた一階部分は水没していて、二階から上だけが水の上に出ています。家々の間に延びる道はまるで水路のようでした。のぞけば、その下に本当に街道が沈んでいるのがわかります。そこを、あちらこちらから集まってきた平底船が進んでいきます。向かう先は、祭りの会場になる町外れの丘です。

 彼らが丘に到着すると、そこにはすでに大勢の人が集まっていました。船着き場にも何百という舟がずらりと並んでいます。そこに舟をつなぎながら、父親が言いました。

「もうすぐ春踊りの奉納が始まるよ。グル神に春の到来を感謝するんだ。君たちも一緒に参加するといい」

「ぼくたちはグル神の信者じゃないです。それなのに加わっていいんですか?」

 とフルートが尋ねると、父親は笑いました。

「もちろんさ。グルは賑やかなのが大好きな神様だ。誰でも一緒に祝ってかまわないんだよ」

 

 それならば、と神事の会場に行くと、本当にさまざまな格好に仮装した人々が集まっていました。魔法使いや動物、鳥や獣、奇妙な怪物に扮した人々もいます。何の仮装かはわかりませんが、派手な化粧をした人たちも大勢います。フルートのような勇者の格好をしている人もたくさんいました。金の鎧を着た人もかなり混じっています。

「さて、ぼくも」

 と言って、父親が木の仮面をかぶりました。仮面は笑うような派手な顔つきをしていました。母親の腕の中で女の子が笑い出したので、父親が奇妙な声を上げておどけて見せます。女の子は母親と一緒に猫の格好をしていますし、祖父母は怪物の仮面をつけて黒っぽい衣装を着ています。

 フルートたちが驚いたり感心したりしていると、祖母が言いました。

「春開きの祭りにはね、あらゆる生き物たちがグル神に招かれるのよ。この日だけは神様も怪物も人も動物も関係なし。みんなで地の底で眠っている春の神を目覚めさせるの。できるだけ賑やかにした方が、春の神も早く起き出すと言われていてね、それで私たちはいろんな生き物に変装して思いきり大騒ぎするのよ」

 本当に、とても楽しそうな祭りです。

「なんか、俺たちに合ってるみたいだな」

 とゼンが笑いました。

 

 神事にはグル神に扮した僧侶が現れました。ひときわ派手で豪華な衣装を身につけ、顔には猿の仮面をつけています。大水が春を運んできた。皆で春の神を起こそう、と群衆に呼びかけます。

 とたんに、ドン、と人々がいっせいに地面を踏み鳴らしたので、フルートたちはびっくりしました。本当に全員がいっせいだったので、地響きさえしたのです。

「地の底の春の神を起こすんだよ。地面を踏んで跳びはねて、神様を揺すぶり起こすんだ」

 と父親が教えてくれます。

 また、ドン、と地面が踏み鳴らされました。フルートたちもあわててそれにならいます。地面を震わす振動が、彼らの体にも伝わってきます。

 人々は、僧侶が鳴らす鐘の音に合わせて地面を踏んでいました。そうしながら、次々に近くの人と手をつなぎ合っていきます。フルートたちもそのつながりの中に一緒になりました。サータマン人たちと手をつなぎながら、鐘と一緒に大地を踏み鳴らします。

 ドン――ドン――ドン!!

 振動が人々の体を揺すぶり、大地を震わせます。次第にそのリズムが速まっていきます。鐘がひっきりなしに鳴らされるようになると、人々はもう、地面を踏むと言うより、跳びはねるという感じになってきました。手をつなぎ合ったまま飛び上がり、飛び下りて、地面を強く踏みしめます。歓声や奇声が上がり、笑い声があたりを震わせます。高揚感が場を充たしていきます。

 ゼンやポポロと手をつなぎ合い、一緒になって跳びはねながら、フルートは、これが春踊りなんだ……と考えていました。踊りと言うにはあまりに素朴ですが、エネルギーに充ちた跳躍です。本当に、皆で地底の春の神を起こしているような気がします。

 ゼンもポポロもメールも、顔を真っ赤にほてらせながら笑っていました。フルートもきっと同じ顔をしているのでしょう。地面を踏みしめるたびに、快い衝撃が全身を貫きます。地の底から湧き上がってくる春のエネルギーが、彼らの体にも宿ってくる気がします。

 そして、フルートは同時に、自分の故郷の春祭りも思い出していました。そこで祈りを捧げられるのは春の女神スピアで、サータマンの春の神とはまた別の神様です。でも、人々は同じように春の到来を喜び、道に花を撒き、手を取り合って踊るのです。春を祝う気持ちは、サータマンの春祭りとまったく変わりません……。

 

「どうしたの?」

 フルートが急に涙をぬぐうようなしぐさをしたので、手をつないでいたポポロが驚きました。ここは泣くような場面ではありません。

 すると、少年は照れくさそうに笑い返しました。響く歓声や笑い声の中に紛れそうになりながら、こう言います。

「なんでもない……。ただちょっと、みんなが望むことは同じなんだな、って思っただけだよ。世界中、みんな同じなんだなって――」

 それは半分ひとりごとのような返事でしたが、魔法使いの耳を持つポポロにはちゃんと聞き取ることができました。その声の中の、感激した響きも。

 ポポロは首をひねりました。フルートが何に感動したのか、彼女にはわかりません。

 フルートは自分だけに向かって言い続けていました。完全にひとりごとです。

「世界中、みんな同じなんだ。みんな、幸せに生きていきたいんだ。隣の人たちと手をつなぎ合って――みんな一緒に幸せに――」

 そんな小さな声も、ポポロには、はっきりと聞こえました。フルート、と心の中でつぶやきます。金の鎧兜で身を包んだ少年は、世界の人々を守る勇者として、再び決心を固めているように見えます……。

 すると、フルートが急にぎゅっとポポロの手を強く握りしめてきました。反対側のゼンも同じように握り直されたようで、おっ? と振り向いてきます。その声にメールもこちらを見ます。

 そんな仲間たちに、フルートは笑って見せました。本当に嬉しそうな明るい笑顔です。それを見て、仲間たちもとても嬉しい気持ちになりました。理由はわかりません。でも、なんだかフルートに、みんな一緒だよ、と言われたような気がしたのです。

 乱れ打たれる鐘の音、地面を踏み鳴らす足音、人々の歓声と笑い声。力強く震える大気の中、フルートたちはいっそう高く飛びはね、いっそう強く地面を踏み鳴らしました。

 春よ来い! 春よ来い! 幸せな春よ、早く来い――!

 人々の跳躍は、そんな想いを空と大地に伝えているようでした。

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