「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第11巻「赤いドワーフの戦い」

前のページ

3.家

 結局、フルートたちは助けた女の子の家に泊めてもらうことにしました。サータマンは初めての場所です。右も左もわからないうえに、街道がすべて水没していて、舟がなければどこにも移動できなかったからです。

 女の子の父親が家族を家に送り届け、また一人で引き返してきました。平底船と呼ばれる四角い舟に、フルートたちを乗せてくれます。

「平均に座ってくれよ。水の中の障害物に引っかからないように底が浅くなっているから、ちょっと不安定なんだ」

 と父親が注意します。フルートたちは言われたとおり、できるだけ偏らないように座って、体重が舟に均等にかかるようにしました。ポチとルルは少年たちの膝におさまります。

 父親が竿で岸を押すと、舟が水の上を滑るように動き出しました。雪解け水の水面は、本当に鏡のような静かさです。空の色が鮮やかに映っています。目が痛くなるほどの青ですが、船が進んでいくと、その下の水は驚くほど透明になりました。光の差し込む水の中に、道や畑、牧場が沈んでいるのが見えます。低い木がまるで海草のように枝を揺らし、魚の群れが銀のうろこを光らせながらその間を泳いでいきます。

「綺麗」

 少年少女たちは水の中をのぞき込みながら感心しました。おとぎ話で聞かされる水中の都を見ているようです。

「父上の海を思い出すな……」

 とメールがつぶやきました。メールの故郷は海上の孤島、そして、海の中にどこまでも広がる海の民の国です。色鮮やかな珊瑚や海草の森、その間を小鳥のように泳ぎ回る魚たちが思い浮かんできて、なんだか、つんと鼻の奥が熱くなってきます。

 すると、ゼンが急にメールの頭を抑えつけました。

「泣くな。渦王の鬼姫に涙は似合わねえぞ」

 メールはたちまち、かっと赤くなりました。ゼンの手を振り払って言い返します。

「誰が泣いてるってのさ!? 馬鹿言ってんじゃないよ、ゼン!」

 怒った拍子に、こぼれそうになった涙が引っ込んでしまいました――。

 

 フルートは舟の行く手に近づいてくる家々を熱心に眺めていました。家はすっかり水に取り囲まれていて、一階は完全に水没しています。水上に出ているのは、二階から上の部分です。よく見ると、水中の一階は壁の色が違っています。

「もしかして、一階は石でできているんですか?」

 とフルートが尋ねると、父親が笑ってうなずきました。

「こんなふうに大水になるのは毎年のことだからね。家もそれに合わせて造ってあるんだよ。一階は石造りか煉瓦造りで、水に沈んでも平気なようになっている。秋から冬にかけては干し草置き場になるんだけれど、今頃にはそれもあらかた使い切って、ほとんど空になっているからね、水が入ってきても気にならないよ。古い干し草を掃除する手間が省けて、ありがたいくらいさ。二階から上は普通の家だよ。舟を着けて出入りできるように、二階にも入り口があるんだ」

 へえ、とフルートは感心しました。場所が変われば人々の生活の様子も変わるものですが、それにしても面白いなぁ、と思います。

「干し草を蓄えるからには、家畜もいるんですよね? 牧場が水の下になっている間は、家畜はどこにいるんですか?」

 とフルートはまた尋ねました。フルートのお父さんは牧童で、シルの町の牧場で牛の世話をしています。フルート自身も牧場の仕事はよく手伝っていたので、特に興味があったのです。

 女の子の父親は少し離れた場所に小島のように浮かんでいる丘を指さしました。

「ああいう高台にいるよ。それこそ毎年のことだから、馬や牛たちもちゃんとわかっていて、自分から水の来ないところに避難するんだ。水が引けば、その痕からいっせいに草が伸びてくるから、また丘から下りて来るよ」

 フルートはすっかり感心しました。春の到来を知らせる雪解け水の洪水。それと共に生きるサータマンの人々の暮らしを、肌で感じた気がしたのです。

 

 やがて舟は一軒の家にこぎ寄っていきました。そこが女の子の家だったのです。父親が言っていたとおり、二階に扉があって、そこから家に入れるようになっていました。扉の下には一階の途中まで石造りの階段があります。

「水が引き始めると、水面があの入り口より低くなっちゃうからね。その時のための階段なんだよ」

 と父親がまた教えてくれました。家の二階にある玄関、そこから下へ延びて、途中でなくなってしまっている階段。本当に、理由がわからなければ理解できないようなものばかりです。

 舟を寄せて玄関の前に下り立つと、扉に奇妙な飾りがついていました。大きな目をぎょろりと見開き、口を開けて鋭い歯をむき出しにした怪物の顔です。黒っぽい金属でできています。その恐ろしげな形相に少年少女たちがぎょっとすると、父親が説明してくれました。

「猿神グルの顔だよ。サータマンの家の扉には、必ず付いているんだ。……さっきから思っていたけれど、君たちはサータマンの人間じゃないんだね。どこから来たの?」

「ロムドです」

 とフルートは答えました。それは特に隠すようなことではありません。へえ、と父親は驚きました。

「それはまた遠くから来たんだねぇ。それじゃ、いろいろ珍しいだろうね。わからないことがあったら、なんでも聞くといいよ」

 愛娘の命の恩人ということもあって、父親はフルートたちに本当に親切でした。そこで、さっそくメールが尋ねました。

「これさ、猿神グルだっけ? なんでこんな恐ろしい顔してるの? まるで闇の怪物みたいじゃないのさ。これでも神様なの?」

「これは外向きの顔だからね」

 と父親が謎のようなことを答えて、扉の内側も見てごらん、と言いました。そこでフルートたちが玄関を開けると、扉の内側にも同じような顔がついていました。こちらは銀色の金属でできていて、楽しそうに笑う表情をしています。外の顔は怪物のようですが、内の顔は、確かに猿のように見えます。

「外向きの顔が怖そうな表情をしているのは、外からやってくる敵を追い払うためだよ。悪人や悪霊が近寄らないように、外へにらみをきかせてくれているのさ。内向きの顔は、その家の家族に見せる顔。その家の人たちが幸せに暮らしている様子を、笑って見守ってくれているんだよ。猿神グルは、外と内に二つの顔を持っている神様なのさ」

 

 少年少女たちは思わず何も言えなくなりました。それぞれの心の中で思い出していたのは、神の都ミコンに祀られていたユリスナイのことです。美しい光の女神と言われ、多くの信者の信仰を集めていました。

 ミコンの聖職者たちはユリスナイとその十二神を絶対の神と考え、それ以外の神を認めようとはしませんでした。特に、ミコンの南側にあるサータマンが、ユリスナイではなく猿神グルを信じているというので、怪物を神と崇める闇の宗徒だ、とサータマンに向けて聖戦まで行おうとしたのです。

 確かに、外向きのグル神の顔は闇の怪物そっくりです。それだけを見れば、サータマン人が闇を神にしているように見えるかもしれません。でも、その内側には優しく陽気な笑顔のグル神がいたのです――。

 すると、ずっと黙っていたポポロが、フルートにそっとささやいてきました。

「同じだわ……グル神ってユリスナイと同じ。そこにいて、人の暮らしや幸せを優しく守ってくれているのよ……」

 うん、とフルートはうなずきました。

「やっぱり、神様はそれぞれの場所でいろんな顔をぼくたちに見せているのかもしれないね」

 と答えて、銀色のグル神の顔をじっと見つめます。猿神は、年寄りのように顔中をしわくちゃにして、いかにも楽しそうに笑っていました……。

 

 その後、フルートたちは女の子の家族から大歓迎され、夜は客間に泊めてもらいました。客間は一部屋しかなかったので、少年も少女も犬たちも皆一緒です。二つしかないベッドは少女たちに譲って、フルートとゼンは犬たちと一緒に床に寝ました。野宿に慣れた彼らなので、床に寝ることくらい、どうということはありません。灯りを落とした部屋の中で、ベッドや床に横になりながら、ずっと話を続けます。

「明日は春開きのお祭りだって言ってたよね。行くんだろ、フルート?」

 とメールが言ったので、フルートは笑いました。行かなかったら絶対に承知しないよ、というメールの本音が伝わってきたからです。

「もちろん行くさ。どんな祭りか興味あるし、それに――」

「ワン。みんなが仮装してくるってのも、なんだか面白そうですよね」

 とポチが言いました。部屋に自分たちだけになって、ようやく話ができるようになったので、嬉しそうに尻尾を振っています。ルルの方は、つん、と顔をそらして言いました。

「偽物の金の石の勇者がたくさん来るって話だったわよね。私やポチが白いライオンってのは面白くないけど、確かにちょっと見てみたい気がするわ。どんな勇者たちかしら」

「俺は祭りのご馳走に興味があるぞ。ぜったい珍しい食い物があるはずだからな」

 とゼンが言って、メールにあきれられます。

「もう。ゼンったらホントに食い気ばっかりなんだからさぁ」

「るせぇ。まずは食え、ってのがドワーフの鉄則なんだよ。食わなかったら何も始められねえだろうが」

 それは確かにその通りでした。一同は笑い、それじゃ明日、と言い合って眠りにつきました。春が訪れたサータマンの町。雪解け水があたり一帯をおおっているのに、家の中には水音一つ聞こえてきません。夜は静かに更けていきます。

 

 すると、寝入りばなにフルートは夢を見ました。黄金そのもののように鮮やかな髪と瞳の少年が、フルートの前に立っています。

「金の石の精霊」

 とフルートが言うと、小さな少年はいつものように腰に手を当てて首をかしげました。

「楽しむのはいいけれど、油断はするなよ、フルート。君の中には、どんな願いも一つだけかなえる願い石がある。それをものすごい数の闇の怪物が狙っているんだ。闇の竜のデビルドラゴンも、願い石を警戒して君の命を狙い続けている。ぼくが放つ聖なる力の外に出ないようにするんだ。その力の中にいれば、君たちの姿は闇の目から見つからないですむからな」

「わかった」

 とフルートはうなずきました。夢の中でも自分の胸の上で光り続けている金の石を眺めます。

 すると、精霊の少年はちょっと考え、付け足すようにこう言いました。

「それから――祭りであんまり目立つなよ。どうも君たちは派手に立ち回ることが多いからな。敵の目につくようなことは、くれぐれもするんじゃないぞ」

 いかにも心配そうなその口調に、フルートは思わず笑いました。

「ぼくたちはただ祭りが見たいだけだよ。どんなにぼくたちの偽物がたくさん出てきたって、そんなのは全然関係ないからね。おとなしく見物してるさ」

「どうかな」

 精霊の少年は懐疑的に首をひねると、淡い金の光になって消えていきました。

 フルートも、そのまま深い眠りに落ちていくと、次の朝まで一度も目を覚ましませんでした。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク