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第10巻「神の都の戦い」

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第25章 エピローグ 

96.魔法使いたち

 「やぁれまぁ。まったく、とんでもない戦いじゃったな、白、青」

 深緑の魔法使いが二人の魔法使いにそう言いました。

 そこはミコンの大神殿の一室でした。すべての戦いが終わり、天空王も天空の国へ帰っていったので、白と青の魔法使いは、四大魔法使いの他の二人に一部始終の報告をしていたのです。

 白の魔法使いが言いました。

「ミコンは魔王によってかなりの痛手を受けたし、大司祭長と副司祭長を同時に失ったが、幸い指導力のある司祭がまだ大神殿に残っていた。今はその司祭がミコンの混乱を収めて、被害の復旧に努めている。いずれ、彼が新しい大司祭長になるだろう」

 まるですぐ前の席に仲間がいるような調子ですが、テーブルを挟んだ反対側の席は空っぽで、ただ隣に青の魔法使いが座っているだけでした。彼らははるかな距離を超え、ミコンとロムド城の間で会話しているのです。

「デ、ユウ、ワ、シタ?」

 と赤の魔法使いが尋ねました。黒い肌に猫のような金の目の、異国の男です。その姿も、白と青の魔法使いにははっきりと見えていました。

 青の魔法使いが答えました。

「勇者殿たちは元気ですよ。もう次の行き先の相談を始めておられる。もっと南へ行ってみるつもりのようですな」

「南か――。さすがにこれ以上はついていくわけにいかんな、白、青」

 と深緑の魔法使いに言われて、二人の魔法使いは苦笑いしました。老人に本音を見事に言い当てられてしまったからです。

「むろん、これ以上一緒に行くわけにはいかない。我々の任務は、このミコンまで勇者殿たちをご案内することだったのだからな――残念なことだが」

 と白の魔法使いが言えば、青の魔法使いもうなずきました。

「とてもいい子たちですよ、本当に。勇敢で、実にまっすぐだ。できることなら、最後まで同行して一緒に闇の竜を倒したいくらいです。だがまあ、それが無理だということもわかっておりますよ。なにしろ、我々はロムド城を守る四大魔法使いだ」

「そういうことじゃ。――ユギル殿からの伝言じゃぞ。勇者殿たちの出発を見送ったら、大至急ロムド城に戻ってくるように、とのことじゃ。動きが起きる。おまえさんたちには、できるだけ早く城に戻ってきてもらわなくちゃならん」

 それを聞いて、白と青の魔法使いはたちまち表情を改めました。真剣そのものでうなずき返します。

「わかった。すべてが終わったら、別空間の道ですぐロムド城へ戻る」

「キ、ケロ」

 と赤の魔法使いが言いました。気をつけて帰ってこい、と言ったのです。

 

 

 ロムド城とのやりとりを終えると、白の魔法使いが言いました。

「これで今回の任務は完了だな……。思いがけなく大きな戦いになったが、勇者殿たちが全員無事だったのは本当に良かった」

 女神官は今日はまた金髪をきっちりと結い上げ、厳しいほど毅然とした姿になっています。そんな彼女を眺めながら、青の魔法使いが言いました。

「私としては、あなたが無事だったのも嬉しいですよ、白。さすがに今回はかなり肝を冷やした」

 白の魔法使いは苦笑してうなずきました。

「まったくだな。光の声の誘惑というのは、我ながら盲点だった。以後、気をつけなくては――」

 そこまで言って、白の魔法使いは、ふっと口をつぐみました。少しの間、何かを考え、ためらった後、こう言います。

「フーガン」

 青の魔法使いは目を丸くしました。

「おやおや。職務中にあなたが私を名前で呼ぶというのは、実に珍しいですな」

「我々の今回の任務は完了した。今はもう非番中だ」

 と白の魔法使いが答えます。ほんのちょっと、すねた響きが混じっています。青の魔法使いは面白そうな表情になりました。

「なるほど。そういうことならば――なんでしょうか、マリガ?」

 すると、白の魔法使いは、またためらうように沈黙しました。青の魔法使いがけげんそうな顔に変わると、そこから目をそらし、堅い声になって言います。

「私は――おまえの気持ちに応えることができないのだ、フーガン」

 

 青の魔法使いは目を見張りました。少しの間、こちらも沈黙してから、低く言います。

「なんの話をしていますか、マリガ?」

 白の魔法使いは、青の魔法使いの顔から目をそらし続けていました。

「私はユリスナイに仕える神官だ。武僧や僧侶は結婚も認められているが、神官は結婚することができない。ユリスナイに許されていないのだ」

 青の魔法使いはたちまち苦笑いになりました。椅子に大きくもたれかかると、腕組みして言います。

「そんなことは今さら言われなくてもわかっていますよ。あなたはユリスナイに身も心も捧げた聖女だ。結婚など、はなから――」

「私の魔力はユリスナイから与えられているものだ。私が誰かと結婚したり――誰かをユリスナイより深く愛するようになれば、この魔力はたちまち失われてしまう。私には四大魔法使いとして城とロムドの国を守る役目がある。そのために、私は神官であり続けなくてはならないのだ――」

 そう言って黙り込んだ女神官の横顔は、何かをこらえるような表情を刻んでいました。ほっそりした首や肩に淋しさがにじみます。

 それを眺めて、青の魔法使いは微笑しました。優しい声になって言います。

「それも充分わかっていますよ、マリガ。それさえなければ、私はとっくにあなたをさらってますからな」

 白の魔法使いは振り向きました。思わず赤くなります。

 青の魔法使いは微笑したまま、穏やかに言い続けました。

「別に良いではありませんか。我々はロムド城の四大魔法使いで、いつも共に戦っている。私はあなたを信頼しているし、あなたも私を信頼してくれている――。私はこれで充分ですよ」

 白の魔法使いがまたうつむきました。白い衣を着た自分の膝をじっと見つめます。青の魔法使いは椅子の中で腕を組み続けていました。それはまるで、自分で自分を抑えているように見えます――。

 

 やがて、白の魔法使いがまた口を開きました。堅い声のままで言います。

「勇者殿が――いや、勇者殿と我々が協力してデビルドラゴンを倒せば、世界は非常に平和になる。ロムドを取り巻く情勢も、今よりもっと安定したものになるだろう」

「でしょうな」

 と青の魔法使いが相づちを打ちます。

「その時になれば、私も陛下から任を解いていただけるかもしれない。私がロムド城を守る四大魔法使いでなくなったら――その時には、おまえの妻になっても良いと思う――」

 青の魔法使いは、ぽかんとしました。うつむく白の魔法使いの顔がみるみる赤く染まっていくのを、信じられないように眺め、かなり長い間黙り込んでから、こう聞き返しました。

「どうしてそんな話を急にする気になったのです、マリガ? どういう心境の変化ですかな?」

 とたんに、白の魔法使いは怒った表情に変わりました。

「人がせっかく一生懸命言っているのに、その言いぐさか、フーガン? 私も勇者殿の素直さを少し見習ってみただけだ。だが、もういい」

 そのまま席を立とうとした女神官を、武僧は手をつかんで引き止めました。

「怒らないで――。こちらも驚いて、ちょっと自分の耳を疑っただけですよ。デビルドラゴンを倒して世界が平和になったら、ですな。よろしい。その約束、しかと受けましたぞ。これでますます奴を倒す張り合いが出てきたというものだ」

 そう言って、青の魔法使いは笑いました。ひげの下で、いかつい顔が照れたように赤くなっているのを見て、白の魔法使いもまた顔を赤らめました。

 他には誰もいない大神殿の一室。けれども、今はまだ彼らはその距離を変えることができません。一組の男女は手を握り合ったまま、それ以上近づくことも遠ざかることもなく見つめ合っていました――。

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