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第10巻「神の都の戦い」

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94.神の正体

 「人間……?」

 とポポロは茫然としながら繰り返しました。

「ユリスナイは……人間だったんですか……?」

 なんだか、頭の中が真っ白になってしまいます。隣ではルルが、後ろでは白と青の二人の魔法使いが、やはり驚きのあまり何も言えなくなっていました。

 すると、天空王は穏やかに話し続けました。

「人間と言っても、我々天空の民の祖先である古代エルフだ。非常に強力な魔法使いだった。だが、今、彼女の物語をすべて語って聞かせることはできない。いずれまた、機会を改めてそなたたちには聞かせてやろう……。彼女が巨大な土地を地上から空に浮かべ、天空の国を作り上げたのは、今から三千年あまり前のことだ。彼女はまた、我々の光の魔法も編み出した。魔法の力は世界中至るところにあるのだが、それを呪文によって引き出すのだ。――そなたたち白魔法使いたちの魔力も、それと同種のものだな、ロムド城の魔法使いたちよ。やはり、ユリスナイを道しるべに力を得て、魔法として使うのだ」

 天空王からじきじきにそう話しかけられて、白と青の魔法使いはまたあわてて顔を伏せました。本当に、あまりにまぶしすぎて、王の顔をまともに見ていることができません。

 

「でもよぉ、それなら、なんでユリスナイが神様だなんてことになるんだよ? しかも、人間の世界じゃ、めちゃくちゃ偉い神様になってるじゃねえかよ!?」

 こちらはどんなに相手が偉い人物でも、少しも敬意を払おうとしないドワーフのゼンです。フルートも困惑して言いました。

「ぼくたち人間の世界だけでなく、天空の国でも、ユリスナイは神様になっているんですよね? 何故ですか? 天空の国なら、ユリスナイが神ではなく昔の王様だった、ってわかっているはずなのに」

 天空王は穏やかな笑顔のままで答えました。

「不思議なことだが、天空でも地上でも、それぞれにユリスナイは神になっていったのだ……。彼女の指導の下、大勢の天空の民が地上を助けに向かった。当時、世界は最初の闇との戦いで傷つき荒れ果てていた。それを魔法で復興し、人や獣、ありとあらゆる命たちを助けていったのだ。天空の国にも、闇との戦いを通じて体や心に傷を負った者が大勢いた。それらの者たちを癒し慰めるユリスナイは、やがて神と同一視され、天でも地でも崇められるようになったのだ。戦いから復興していく中、道しるべとなる光の女神が、彼らにはどうしても必要だったのだろうな――」

 天の王は遠い目になって空を見上げました。そこに今、天空の国はやってきていません。ただ林が消えた地面の上に、満天の星空が広がっています。

 

「じゃあさぁ……結局、この世界に神様なんてものはいなかった、ってこと?」

 とメールが尋ねました。ルルが思わずウーッとうなりますが、メールは負けませんでした。だって、そういうことになるじゃないのさ、言い返します。

 すると、天空王がまたほほえみました。今までよりずっと親しみのある、暖かい笑顔でした。

「どうであろうな? この世に神が本当にいるのかどうか、正直、この私にもわからんのだ」

 この返事に一同はまたびっくり仰天しました。自分自身が神のように光り輝く天空王を見つめてしまいます。

 天空王は静かに言い続けました。

「むろん、私は神ではない。そなたたちと同じ人だ。天空の民、地上の人間、エルフ、ドワーフ、海の民、ノーム――世界中にはさまざまな種族があるが、それらは元を正せば同じものから端を発している。同じ人族なのだ。人は生きる中で、説明することのできない不思議な力や意志のようなものを感じ取ってきた。魔法の元である自然の力の、さらに上に存在するもの――とでも言えば良いかな。理屈ではなく本能のようなもので、人は常にそれを感じ、それを真理と呼んだり、神と呼んだり、光と呼んだりしているのだ。それが我々が考えるような神の姿をしているのかどうか、私にはわからぬ。見たことも触れたこともないからな――。だが、その気になれば、そこに存在することは感じ取ることができる。それが我々には魔法の力を与え、すべての出来事に理(ことわり)を与えているのだ」

 うーむ……とゼンがうなりました。頭を抱えています。天空王の話が非常に抽象的になってきたので、理解できなくなったのです。

 けれども、フルートは真剣な顔で考え込み、やがて言いました。

「つまり、この世界には目には見えない真理のようなものがあって、それを感じた人が、それぞれに神として思い描いた、ってことですか?」

「ワン。だから、世界中にはいろんな神様がいるんですか!? それぞれの場所に、それぞれに合わせた姿の神様が!」

 とポチも尋ねます。

 天空王は穏やかに笑いながら賢い少年たちを眺めました。

「そう考えるしかなかろうな……。私は空を飛びながら、世界中の人々の暮らしを眺めているが、神の名前や姿はさまざまでも、そこで語られる教義や真理は、どれも驚くほど似通っているのだ。時に、その神への呼びかけが我々天空の民に届くこともある。願い、祈り求める気持ちは、神の名前の違いを超えて、世界中で共通なのだ。それを思うと、一人だけの正しい神がいると考えるより、同じ何かがさまざまな神の顔を人々に見せている、と考える方が自然な気がする。神というのは、人がその何かと向き合うための、拠り所なのかもしれんな――」

 そして、天空王はまた星空を見上げました。はるか彼方に何かを探し求める目になります。

 

 しばらくの沈黙の後、白の魔法使いが、意を決したように口を開きました。

「ですが、天の王よ――私たちはやはりユリスナイを神だと考えます。私たちはずっとユリスナイを崇め、それを信じる心を礎(いしずえ)に魔法を使ってきました。ユリスナイは我々に力を与えて下さいます。その尊い存在を、実は人間だった、と考えることはできません」

 目は伏せたままですが、白の魔法使いはそう言い切りました。とたんに、まるで長い距離を走り抜いてきたように、全身からどっと汗が噴き出します。青の魔法使いも黙ったまま頭を下げ、白の魔法使いに同意しました。彼らは天空王に大きな威圧感を感じていたので、ただそれだけでも、非常に勇気と力がいりました。

 天空王は声を上げて笑いました。

「むろん、それは各自の自由だ。そなたたちが信じるユリスナイも、真理が見せる一つの顔なのだから。先刻、メールが魔王相手に言っていた通りだ。信じるものはそれぞれ違っていても、やることが同じだったら、それでいい。そういうことだ」

 うん? とゼンが腕組みして頭をひねりました。

「俺にはわかんねえ。本当の神だの真理だのって難しい話は全然わかんねえ! ――でもよ、最後のメールの言ってることだけはよくわかるぞ。やることさえやって、正しい方を向いているなら、どんな神様を信じていたってかまわねえんだ、ってことだよな?」

「その通りだ、ドワーフ」

 と天空王はわざと種族名でゼンを呼びました。笑顔のままです。

「そして、こういうことを考えるのに、本当は難しいことばも不要なのだ。そなたたち自然の民は、生まれながら自分がどうすればよいのかを考えて、行動することができる。いつも自然の中にいて、その声を聞き続けているからだ。真理は決して難しいことではない。むしろ単純で明解なものなのだ」

「ワン、つまり、ゼンやメールみたいに?」

 とポチがすかさず口をはさみ、なんだって!? とゼンとメールにどなられました。フルートとポチ、ルルが思わず笑い出してしまいます。

 難しいようで単純な真理。生まれながらに人が知っている正しさ。笑いながら、そんなものを漠然と感じます……。

 

 すると、消滅をまぬがれて、わずかに残っていた林の中からキースが出てきました。腕にピーナを抱き、かたわらにはトートンを連れています。

 二人の子どもたちは天空王と一緒にこの中庭まで来て、天空王がすさまじい光で闇の怪物たちを追い払う様子を隠れて見ていました。光がおさまった後、すぐ近くにキースがいることに気がつき、飛びつき、泣き出してしまったのです。トートンは今はもう泣きやんでいましたが、ピーナの方は泣きながら安心して、ぐっすり眠り込んでしまったのでした。

 キースは天空王へ一礼すると、目を伏せたまま言いました。

「天空の王、この子たちを家に送り届けてきます。今頃、この子たちの祖父が心配しているでしょうから――」

 天空王はうなずきました。

「この子どもたちが助けを呼んだのだ。ユリスナイの名を通じて、呼び声は天空の国の私の元まで届いた。勇敢であったぞ、トートン。ピーナもよくがんばった。目を覚ましたら、光の王がそう言っていたと伝えておきなさい」

 トートンは驚くと、照れたように赤くなってうなずきました。その様子に誰もが笑顔になる中、フルートも言いました。

「ありがとう、トートン。ピーナも。おかげで助かったよ。本当にありがとう」

 少年はさらに真っ赤になりましたが、フルートに笑いかけられると、へへへ、と笑い返しました。とても得意そうな笑顔でした――。

 

 

 キースが子どもたちを連れて去っていくと、ゼンが言いました。

「さぁて。で、この後はどうするんだ? だいたい、デビルドラゴンは逃げていったのに、こいつがまだ消えないじゃねえか。どうすんだよ、これ?」

 と光の淵を指さします。淵は、強烈な光に何度もさらされたというのに、まだ光の水を満々とたたえて、青く輝き続けていたのです。

 すると、天空王が言いました。

「これは、そこに倒れている大司祭長が魔法で実体化した、彼の心そのものだ。この者は確かに聖なる光の心も持っていたが、その下に深く恐ろしい闇を育んでしまっていたのだ。これを消せるのは本人だけだ――そら、目覚めるぞ」

 天空王のことばに誘われるように、大司祭長がうめき声を上げ、やがてその目を開けました。ゆっくりと起き上がってきた老人は、まだ白い衣を着て、銀の肩掛けをまとっていました――。

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