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第10巻「神の都の戦い」

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93.追放

 フルートとポポロは茫然と立っていました。天空王が放った光を受けて、金の石がすさまじく光り輝いています。あたり一面を金色に染め、淵からの青い光を打ち消してしまいます。見上げるような魔王の体が、光の中で溶け始めます。

「なんの!」

 と魔王は自分の周囲に闇の障壁を張りました。体がまた元に戻ります。――が、その大きさは、溶ける以前より少しだけ小さくなっていました。そこへさらに光が降りそそぐと、障壁にひびが入って砕け、また魔王の全身は金色に照らされました。再び障壁をはりますが、その体はまた一回り小さくなっています。

「やめろ!!」

 と魔王がどなりました。低い声が地面を震わせて響きます。

「それ以上やれば、闇トカゲどもに町の連中をいっせいに皆殺しにさせるぞ! どれほど逃げて隠れても、人は影から逃げ切ることはできない。その影の中から、闇トカゲは襲いかかれるのだからな!」

 フルートは、どきりとした顔になりました。とたんに金の光が弱まって消え、石が穏やかな金色に戻ります。

「愚かなことだ」

 と天空王は言いました。

「そうやって他人の命を盾にして、何を守ろうとしているのだ? そなたは確かに非常に心正しく、皆の手本となる立派な聖職者であった。世界中にユリスナイを知らしめ、神の国を実現しようと考えたのも、初めは正義を実現して人々を幸せにしたいと願ってのことだっただろう。だが、正義が人のためにあることを忘れたとき、正義は非情に、光は一瞬にして闇に変わる。そなたのようにな」

 正義の王はそう言って魔王を見ました。聖地に現れた魔王は、白い聖職者の衣を着ています――。

 

 そこへ、メールを抱きかかえたゼンが駆けつけて来ました。別の方角からは白と青の魔法使い、そして二匹の犬たちとキースが走ってきます。全員が林から差してくるまばゆい金の光に集まってきたのです。

「天空王様!」

 とルルが驚いて声を上げます。

 魔王が冷笑しました。

「邪(よこしま)な者たちを討ち滅ぼして、地上はユリスナイの名の下に一つになる。世界は巨大な一つの帝国になるのだ。その実現のためには、どれほどの犠牲も惜しんではならない。信者たちは、ユリスナイのために喜んで命を捨てなくてはならないのだ。そして、帝国の実現のためには、闇の竜の力も時には必要になる。ユリスナイの意志を実現するためにはな――」

 馬鹿野郎! とゼンがどなり、なんてこと言ってんのさ! とメールが金切り声を上げました。二人の魔法使いは握った杖を怒りに震わせ、犬たちはワンワンと激しくほえたて、キースも真っ青になって魔王をにらみつけます。

 フルートとポポロも叫ぼうとしました。そんなことは絶対に許さない! そんなのはおかしいわ――と。

 

 ところが、それより早く、誰もが驚くほどの大音声が響き渡りました。

「ユリスナイがそんなことを望むものか!!! ユリスナイが何を望んでいたかも知らぬ愚か者!!! おまえにユリスナイの名を口にする権利はない!!!」

 天空王でした。いつも穏やかで威厳に充ちた光の王です。今も全身を淡い銀色の光で包まれています。その人物が、信じられないほど激しく強い口調で魔王をどなりつけていました。居合わせた人々は、その怒りと迫力に立ちすくみ、何も言えなくなりました。

 魔王は自分よりはるかに小さな天空王をじろりとにらみつけました。

「くだらん。空の魔法使いがユリスナイの何をわかっているというのだ。ユリスナイの姿絵さえ持たず、どこにでもユリスナイはいるなどと曖昧なことを言うおまえたちが。そんなユリスナイこそ、本物のユリスナイではないわ」

 と言いながら、光の淵に向かって大きく手招きします。

 すると、青い水面が大きく波立ち、そこから巨大な怪物が姿を現しました。のっぺりした人の頭の闇トカゲです。これまで見た中で最大級の大きさで、全長が十メートル以上あります。黄泉の門のケルベロスより大きいくらいです。光の淵に前足をかけ、魔王の隣に這い上がってきます――。

 すると、天空王が両手を高く上げました。呪文の声が響き渡ります。

「レサーヨノモノリーワツィー!!!」

 ポポロが、はっとしました。

「天空王様が偽物を追い払うわ――!」

 とたんに、すさまじい光が天空王の全身からほとばしりました。先の金の石の光より、以前大司祭長が光の淵に飛び込んで放った青い光より、もっと強烈な銀の光です。誰もがまぶしさに目を開けていられなくなって、目を閉じ、さらに手をかざしました。あまりにも強い光に、全員が目や体に痛みさえ感じます。

 そんな中、巨大な闇トカゲが蒸発するように消えていきました。魔王の大きな体もみるみる溶けていきます。何度闇の障壁を張り直しても、すぐにそれは砕かれます。

 銀の光はますます強まり、林の木々を消滅させ、嵐のような風を巻き起こし、中庭から大神殿へ、そしてミコンの町中へと広がっていきました。闇の怪物たちの悲鳴がいっせいに湧き起こり、あっという間に消えていきます。

 すると、目を閉じた人々の耳に地を震わせるような咆吼が聞こえてきました。

 オオオォォォーー……オーォォォオォーー……!!!

 デビルドラゴンの声でした。怒りと呪詛を響かせながら、引きちぎられ、吹き飛ばされるように遠ざかっていきます――。

  

 やがて声は聞こえなくなり、強烈な光も消えていきました。

 フルートたちがそっと目を開けると、天空王が立っていました。また淡い銀色に光るだけになっています。その目の前の、光の淵のほとりには大司祭長が倒れていました。もう巨人ではなく、普通の人間の大きさに戻っています。

「死んでんの?」

 とメールが尋ねると、天空王はまたいつもの穏やかな声になって言いました。

「いいや、気を失っているだけだ。この者に取り憑いていたデビルドラゴンは去った。元の人間に戻ったのだ」

 ちぇっ、とゼンが舌打ちしました。

「こんなヤツ殺しちまえよ、天空王。とんでもねえ悪人だぞ。生かしておく意味なんかねえって」

 ゼンの言うことは、いつも単純すぎるほど明解です。

 天空王は静かにほほえみました。

「人が受けるべき報いは、その者自身が受けとる。少し待ちなさい」

 すると、王のかたわらに淡い金の光が湧き起こって、小さな少年が姿を現しました。腰に両手を当てて頭をそらし、いきなり天空王に向かってどなります。

「やり過ぎだぞ、天空王! あんな強烈な聖なる光を放つなんて! ぼくが守らなかったら、ここにいた全員が影まで焼き尽くされて消滅していたじゃないか!」

 自分の背丈の半分もない少年に怒られて、天空王は、ふむ、と言いました。

「確かに、少々むきになってしまったかもしれん。ユリスナイの名を騙る者が許せなかったのでな」

 まったく! と金の石の精霊は、ふくれっ面になりました。

 

 すると、ポポロがフルートから離れました。何かを決心する顔になると、天空王に深くお辞儀をしてから、見上げて言います。

「あの……天空王様……一つお聞きしたいことがあるのですが……」

「なんだ、ポポロ?」

 と王に促されて、ポポロは勇気をふるって言いました。

「天空の国と人間の世界とではユリスナイの話がずいぶん違っていますし、いろんなユリスナイが言われるんですけれど……でも……ユリスナイは本当に光の女神ですよね? あたしたちを守って導いてくれる神様なんですよね……?」

 不安そうな顔で、すがるようにそう言います。大司祭長たちが言っていたユリスナイの姿が、あまりに身勝手で恐ろしく思えたので、ついそう確かめずにはいられなかったのでした。

 天空王はポポロをじっと見つめました。深いまなざしには優しさがあります。さらに、そばに立つフルート、ゼンとメール、二匹の犬たち、その後ろに控えている二人の魔法使いへと目を移していくと、魔法使いたちは即座にその場にひざまずいて頭を下げました。天空王が恐れ多くて、とてもその顔を見ていられなかったのです。

 けれども少年少女たちは平気です。まっすぐなまなざしで光の王の答えを待ちます。

 天空王はまた静かに笑いました。

「そなたたちには、真実を知る権利があるな――。ユリスナイは神ではない。我々の天空の国を作った、初代天空王、つまり、人間なのだ」

 それだけの事実をあっさりと告げられて、一同は愕然と天空王を見つめてしまいました――。

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