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第10巻「神の都の戦い」

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第24章 最終決戦・2

92.助け

 光の淵から怪物が次々に現れていました。

 青く輝く光の水面に隙間ができ、その下にあった闇がのぞいています。そこから、潜んでいた人面トカゲが飛び出し、這い上がってくるのです。怪物は腹を減らしていました。獲物の人間を求めて、あっという間に夜の中へ駆け込んでいってしまいます。林の向こうから人の悲鳴が聞こえ続けます。大神殿の聖職者たちが怪物に襲われているのかもしれません……。

 フルートは真っ青になってどなっていました。

「やめろ、魔王!! やめろ!! 怪物を呼び戻せ!! おまえの部下が襲われているんだぞ! ユリスナイに仕える人々だ! 怪物にみんな殺させるつもりか――!?」

 淵のほとりにそびえるように立つ魔王が、フルートを冷ややかに見下ろしていました。姿は大司祭長のままですが、瞳は血のように赤い色に変わっています。その声も、地の底から響くような闇の声に変わっていました。

「やめてやってもいい。おまえがこの場で自ら命を絶つならばな。目障りなのはおまえだけだ、金の石の勇者。連中は関係がない」

 いっそう青ざめたフルートを、必死でポポロが引き止めます。

「だめよ、フルート! 絶対にだめよ……!」

 ポポロはフルートの胸で震えていました。赤いお下げ髪が小刻みに揺れ、星空の衣の上で銀の光がまたたきます。それでも、少女はフルートを懸命に抱き続けていました。どこにも行かせまいと、両腕に全身の力と想いを込めます。

 フルートはポポロを強く抱き返して、魔王に叫びました。

「ぼくが死んだら、おまえは世界の覇者になる! そうしたら、世界中の人たちがおまえに殺される! おまえは結局、誰のことも生き残らせるつもりはないんだ! ――できるか!! ぼくは死なない!!」

「では、ミコンが死の都となるだけだ」

 と魔王が笑います。

 

 夜の中、風に乗って近く遠く響いてくるのは、数え切れないほどの断末魔の悲鳴です。怪物は人々を襲い続けています。少年は真っ青になったまま、少女を抱きしめ続けました。その右手が密かに剣を握り直します。

 と、フルートはふいにポポロを突き飛ばして駆け出しました。魔王に向かって切りかかっていきます。銀の剣がひらめきます。

 とたんに、その目の前に黒い壁が現れ、フルートは弾き飛ばされて倒れました。闇の障壁に行く手をさえぎられたのです。

「フルート!!」

 とポポロが駆け寄ってきました。フルートが跳ね起き、かばうようにまたポポロを抱きしめます。魔王が彼らに手を向けたのです。

 黒い魔弾が撃ち出されてきます。フルートは魔法の盾を持っていません。ポポロは今日の魔法を使い切っています。魔弾を防ぐことができません――。

 

 すると、淡い金の光が広がって、魔弾が一つ残らず砕けました。ポポロが驚いたように顔を上げます。フルートの胸の上で、ぼんやりと金の石が光り出していました。

「ちっぽけな石のかけらのくせに無駄なことを!」

 と魔王は歯ぎしりして、また手を向けてきました。今度は引き寄せるような手つきをします。石が必死で振り絞った守りの力を、また奪い取ろうとします。

 ところが、ポポロが体を投げ出すように、フルートの正面からしがみついてきました。ペンダントを隠したのです。とたんに、びくりとその小柄な体が震え、顔が苦痛に歪みました。金の石の代わりに魔王に力を吸い取られ始めたのです。

「ポポロ!!」

 とフルートが叫ぶと、少女があえぎながら答えました。

「大丈夫……。あたしの力は……底知らずだもの……。いくら吸い取られたって、平気……」

 苦痛の表情を見られないようにフルートの胸に埋めてしまいます。

 フルートは激しく身震いしました。ポポロを堅く抱き直し、魔王に向かって叫びます。

「おまえなんかに負けるか!! 世界中の人も、ポポロも、おまえになんか殺させない!! 絶対に、闇なんかに負けるか!!」

「闇と共に生きるとさっき言ったのは、おまえ自身ではないか、勇者」

 と魔王が笑います。もうひとつの手がまた、大量の魔弾を撃ちだし始めます。淡い金の障壁が再び広がり、フルートとポポロを包みます。

 フルートは言い返しました。

「闇はなくさない! 闇はなくせない! だけど、ぼくは闇に負けることもしない! おまえだけは許しちゃいけないんだ、デビルドラゴン!! ぼくは絶対に生きて、おまえを倒してやる――!!!」

 魔王の中にいる闇の竜へと宣言します。

 フルートの気持ちに応えるように、金の光が強まります。

 

 魔王が冷笑しました。

「気持ちばかり威勢が良くても、おまえはここで死ぬのだ、勇者。魔石は弱っているぞ。どこまで持ちこたえられるかな――」

 さらに大量の魔弾がフルートたちの上へ降りそそぎ、金の障壁に当たって砕けます。まるで激しい雨が降りかかってくるようです。砕けた魔弾の余波を受けて、光の淵の周囲から木々が消滅していきます。むき出しになった地面を、淵が放つ光が青く染めます。大地が青ざめているようです――。

 フルートは魔王をにらみ続けました。金の石は彼らを守ってくれています。けれども、フルートたちには本当に打つ手がないのです。魔王に剣は効きません。金の石も、魔王を消滅させるほどの光は出すことができません。ポポロは今日の魔法を使い切ってしまっています。どうやったら魔王が倒せるのか、その方法が見つからないのです。

 フルートは歯を食いしばりました。こらえろ! と金の石に念じながら考えます。魔王に隙は? 弱点は? なにか攻撃できるものは――? 彼らはむき出しになった地面に、金の光に守られながら立っています。手だては何も見つかりません。

 金の障壁に魔弾が激しく降り続けます。光の壁に白く細いひびが走ります。それが次第に広がっていくのを見ながら、フルートは必死で考え続けました。

 道は――? 闇に勝つための道は――!?

 光の障壁の向こうには、偽りの聖なる光と黒々とした夜空、そして、そこにそびえ立つ魔王だけが見えています。

 

 

 すると、静かな声が聞こえてきました。

「自分だけではどうしようもないことというのは、しばしば起きるものだ。人に助けを求めることも大事な手段であるのだぞ、フルート」

 男性の声でした。厳かさと同時に、優しさと頼もしさも感じさせます。とたんに、ポポロから力を吸い取られる苦痛が消えました。

 中庭の林の外れに、光そのもののような白銀の髪とひげの人物が立っていました。黒い衣を着て金の冠をかぶり、淡い銀色に輝いています。フルートとポポロは思わず声を上げました。

「天空王!!」

 天空の国の王は、ゆっくり近づきながら、フルートに話しかけました。

「そなたは本当に我々を呼ぶことを思い出さない。呼ばれさえすれば、いつでも助けに駆けつけるというのにな。それがそなたたちの定めなのかもしれない。だが、助けを呼ぶことを忘れて自滅するのは、愚かなことであるぞ」

 フルートは思わず目をぱちくりさせました。本当に今の今まで思い出さなかったのです。自分たちを助けてくれる力が、呼べばすぐ来てくれるほど近くにあったことを――。

 

 魔王が天空王を見下ろしました。

「よくここに来られたものだ。いまいましい空の魔法使いどもの王。ミコンはユリスナイへの祈りに包まれている都だ。その祈りはただ太陽にだけ向かっていて、他の場所へは伝わらん。むろん、天空の国にも伝わらないというのに」

「太陽の中にもユリスナイはいる」

 と天空王は答えました。

「そして、空に向かった祈りは、遠い波動となって天空の国までも伝わってくる。かすかであっても、真の呼び声は聞こえてくるのだ。我々は天空の国の魔法使い。ユリスナイの真の想いに従ってこの地上を守る、正義の民だ。我々を呼ぶ声は必ず我々の耳に届く。地上をおまえたちの思い通りにはさせん」

 天空王の声は決して大きくはありません。なのに、その一言一言が、耳許で言われているようにはっきりと聞こえてきます。次の瞬間、その体からまぶしい銀の光が放たれました。淵のほとりを照らし出します。

 すると、フルートの胸の上でも金の石が輝き出しました。みるみる光が強まって、やがて、爆発するような金の光が林中に広がっていきます――。

 

 

「お!?」

 とゼンは目を丸くしました。ゼンに抱きかかえられたメールも、驚いて目を見張ります。

 彼らはケルベロスに追いつかれていました。魔犬が林の木々をへし折って、すぐ後ろまで迫っています。そこへ、突然林の奥からまぶしい金の光が差して、ケルベロスの全身を溶かし始めたのです。

 それは、間違いなくフルートの金の石の光でした。林の中を真昼より明るく照らし、さらに林の外の中庭へ、大神殿の敷地いっぱいへと広がっていきます。至るところで怪物たちの悲鳴が上がり、闇の体が消滅していく音や気配が伝わってきます。ケルベロスもどんどん溶けていきます。黒い霧を集めて体を再生させているのですが、溶ける速度の方が早くて元に戻れません。

 ついに、ケルベロスは三つの頭で遠吠えをすると、姿を消していきました。逃げていったのです。後には、メールを抱えたゼンだけが残されました。

 何がどうなったのかわからなくて、ゼンが呆気にとられていると、メールがはっとしたように林の奥を指さしました。

「行こう、ゼン! 何か起きたんだよ! フルートのところで!」

 林の木立を通して、そびえる魔王が黒い光の壁を掲げているのが見えていました。まぶしい金の光は、魔王や黒い壁も照らしています。その輝きの中で、魔王の姿は次第に小さくなり始めていたのでした――。

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