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第10巻「神の都の戦い」

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91.子どもたち

 町の通りの向こうで、また鋭い悲鳴が上がりました。

 ミコンのつづら折りの道にはかがり火が焚かれています。その光に照らされた向こうの暗がりで何かが争っています。気味の悪い声も聞こえてきます……。

 ピーナは急いで玄関の扉を閉めました。

「お兄ちゃん、怪物よ! すぐ近くまで来てるわ……!」

 と真っ青になって言います。トートンはすぐに扉に飛びつき、がたがたとかんぬきを下ろしました。

「もう絶対に開けるな。怪物を中に入れないようにするんだ」

 扉の向こうでまた遠い悲鳴が聞こえてきました。人の断末魔の声です――。

 

 ピーナは泣き出しました。家の居間にはピーナとトートンしかいません。ユリスナイの声に取り憑かれ、キースに気絶させられた祖父は、まだ奥の部屋で寝ていました。彼らは今、子ども二人きりなのでした。

「キ、キースはどうしたのかしら……勇者様たちは?」

 とピーナが泣きじゃくりながら言いました。怪物が町中いたるところに現れていることは、子どもの彼らも感じ取っています。夜の中、あちらからもこちらからも悲鳴と怪物の声が聞こえてくるのです。怖くて怖くて、泣きながら震えます。

 トートンが言いました。

「勇者たちはきっと戦っているよ。怪物たちを倒そうとしてるんだ」

 と強く言いますが、やはり不安は隠せません。

 ピーナはさらに泣きじゃくりました。

「あたしたち、殺されちゃうの……? 怪物に襲われて……」

「そんなわけあるか! きっと勇者やキースたちが助けに来てくれるよ!」

「だって! キースたちは大神殿に行ったのよ!」

 

 とたんに、トートンは、しっと妹に言いました。玄関の扉を見つめます。

 突然、扉が外からどん、どんと激しくたたかれ始めました。何かが体当たりをしているのです。かんぬきを下ろした扉がきしみます。その向こうから聞こえてきたのは、ギキキィ、という怪物の声です。

 子どもたちは真っ青になりました。ピーナが裏口の方向を振り向きます。

「逃げなきゃ!」

「だめだ、じいちゃんがいる! じいちゃんを守らなくちゃ!」

 とトートンは言い、妹の手を引いて奥の部屋へ駆け込みました。

 祖父はまだベッドの上で眠り続けていました。居間からは怪物が玄関に体当たりを繰り返す音が聞こえてきます。トートンは衣装箱になっている木の箱を引きずってきて、部屋の扉の前に置きました。ピーナも部屋にあった椅子を運んできて、扉を押さえます。けれども、彼らに動かせる家具はそれで全部でした。もうそれ以上は何もできません。

「おじいちゃん! おじいちゃん! 起きて!」

 とピーナは祖父のベッドにすがりつきました。けれども、いくら揺すぶっても、やっぱり老人は目覚めません。玄関の扉をたたく音が続いています。このままでは間もなく破られて、怪物が家に入り込んでくるでしょう。

「誰か……誰か助けて……」

 ピーナが泣きながら言いました。祖父のベッドに顔を伏せて、体を堅く小さくして震え出します。トートンも泣き出しそうになりました。どうにかしなくちゃ、と思うのに、子どもの自分たちにはどうすることもできないのです。戦うことも、逃げることも、何も――。絶望感が襲ってきます。

 

 けれども、少年はふいに言いました。

「祈ろう、ピーナ!」

 えっ? と妹が顔を上げます。それへ兄は一生懸命言いました。

「じいちゃんも町の人たちも言うだろう! 困ったときにはユリスナイ様に祈りなさい、って――! どうすることもできなくなったら、ただひたすら、ユリスナイ様を呼びなさい、って! 祈るんだ、ピーナ! ユリスナイ様の助けを呼ぼう!」

 ピーナは青ざめすぎて死人のような顔色になっていましたが、そう言われて、うん……とうなずきました。隣に来た兄と一緒に手を組み、祖父のベッドに頭を押しつけるようにして祈り始めます。

「ユリスナイ様、光の女神ユリスナイ様――!」

「お願いです、どうか助けてください! 怪物に襲われているんです! ぼくたちを助けてください!」

「キースや勇者様たちも助けてください! 怪物と戦っているんです!」

「みんなを助けてください! お願いです、助けてください――!!」

 けれども、声に出して祈っても誰も現れません。何も起きません。部屋にいるのは自分たちだけです。

 それでも、二人の子どもたちは祈りました。何の力もない子どもたちです。祈ることより他、できることがなかったのです。堅く手を組み、目を閉じて、二人はいっそう必死に祈り続けました。

「お願いです、ユリスナイ様! 助けてください! お願い、助けてください――!」

 居間から、ばん、と扉が押し開けられた音がして、怪物が家に入り込んだ気配がしました。怪物の声が聞こえてきます。

 思わず泣き声のような悲鳴を上げたピーナに、トートンは言いました。

「祈るんだ! 何があっても祈り続けるんだよ!」

 自分自身も泣き出したくなるのをこらえて、少年はまた祈り出しました。少女も泣きながらそれに合わせます。

 ユリスナイ様! 神様! 助けて、助けて、助けてください――!!!

 

 怪物が奥の部屋の人間に気がついたようでした。がりがりと爪が扉をひっかく音が聞こえ始めます。子どもたちはさらに声を張り上げました。その声が怪物を引き寄せているのですが、子どもたちはそんなことには気がつきません。

 一心に祈り続ける子どもたちに、ベッドの枕元の蝋燭が光を投げかけ、その後ろに影を落としていました。蝋燭の炎に合わせて、影がゆらゆらと動きます。

 すると、その影の中から、黒い前足が現れました。部屋の床板に爪を立て、暗い穴から這い出してくるように、ゆっくりと部屋に入り込んできます。トカゲのような前足に続いて、のっぺりした黒い人の顔が現れます。怪物はベッドで祈る子どもたちを見つけて、にやぁ、と笑いました。牙の間からよだれを垂らし始めます。

 けれども、子どもたちは背後に現れた敵に気がつきませんでした。ただただ、手を組み顔を伏せ、祈り続けます。

「ユリスナイ様! ユリスナイ様――!」

「お願いです! 助けてください――!」

 怪物がすっかり体を現しました。部屋の床の上で向きを変え、子どもたちの小さな後ろ姿へ身構えます。不気味な顔が、またにたりと笑います。

 とうとうトートンがこらえきれずに泣き声になりました。

「光の神様! 正義の神様! 世界を守る光の王様――! お願いです、助けに来て!!」

 怪物が子どもたちめがけて飛びかかってきました。大きく裂けたような口の中で、鋭い牙が光ります――。

 

 その瞬間、部屋の中にまぶしい光が輝き渡りました。

 澄んだ銀の光がいっぱいにあふれ、部屋中のものを照らし出します。

 強烈な光の中、人面トカゲが音もなく溶けていきました。部屋の中から怪物が消えます。

 驚いた子どもたちは光を振り返り、その中に人影を見ました。まぶしすぎて、まともに見ることはできません。それでも懸命に目を凝らして、子どもたちは言いました。

「ユリスナイ様……?」

 すると、光の中から声がしました。

「違う、そうではない」

 男性の声でした。同時に輝きがおさまり、一人の人物が姿を現しました。白銀の髪とひげをした、背の高い男の人です。光が消えても光のように輝かしい姿ですが、着ている長衣は何故か黒い色をしていました。衣の上で星のような光がきらめき、頭上には金の冠があります。

 

 子どもたちが呆気にとられて眺めていると、男の人はまた言いました。

「私は天空王。光の王だ。よく私を呼んだ、子どもたち」

 呼んだ? と子どもたちはいっそう呆気にとられました。自分たちはユリスナイを呼んでいるつもりでした。いつ、天空の国の王を呼んだのか、まったく覚えがありません。――光の王様! と思わず口に出したトートンでさえ、自分でそのことを覚えていなかったのです。

 すると、天空王は穏やかに笑いました。その姿は、まるで本物の神のように神々しいのですが、笑顔は意外なくらい暖かく身近に感じられます。

「ミコンに来るのは難しい。私に許された地ではあるのだが、あまりに誰もがユリスナイを真剣に呼ぶので、逆に私の所へは声が届かないのだ。だが、そなたたちの祈る声は天空の国まで届いた。勇者たちも助けてほしい、と真剣に願う心もな――」

 天空王の全身がまた銀の光を放ち始めました。手をさっと向けると、部屋の扉がひとりでに開きます。とたんに真っ黒な怪物が飛び込んできましたが、光を浴びてたちまち溶け去りました。子どもたちが歓声を上げます。

「さあ、行こう、子どもたち。勇者たちとミコンを闇の手から救い出すのだ」

 天空王はそう言うと、先に立って家の外へ出て行きました。銀の光は天の王と共に移動します。

 トートンとピーナは顔を見合わせ、大きくうなずき合うと、天空王の後を追って駆け出しました――。

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