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第10巻「神の都の戦い」

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第23章 最終決戦・1

88.正体

 夜の中、光の淵は青く輝き続けていました。

 見るだけで心洗われるような、美しく清らかな光です。周囲の林と、ほとりの人々を明るく照らしています。

 今、そのほとりは、しんと静かになっていました。誰も何も言いません。立っている者もありますが、座り込んでいる者も、負傷して倒れている者もあります。意識のある全員が、ある一人の人物を見つめていました。白い長衣に銀の肩掛けをまとった初老の男――先の大司祭長です。

 大司祭長からほんの数メートル離れた場所には、一人の少年が立っていました。空のように鮮やかな青い目で、まっすぐに老人を見ています。少年は老人に向かって、「魔王」とはっきり呼びかけたのです。全員が自分の耳を疑っています。

 

「な……んと……」

 青の魔法使いは、そう言ったきり絶句しました。白の魔法使いも信じられないように大司祭長を見つめ続けています。

「ミコンの最高指導者であるあなたが……? まさか……」

 フルートは言い続けました。

「どれほど偉くて、神聖だと言われている人だって同じだ。人の心には闇がある。ミコンに入り込んだデビルドラゴンは、その闇に棲みついて彼を魔王に変えたんだ。ぼくがこのミコンに来るとわかっていたから――」

 一瞬、フルートは痛みでも感じたように顔を歪めました。すべては自分が原因なのだと、少年にはわかってしまっていたのです。それでも、心の痛みをあえてこらえて、少年は話し続けました。

「デビルドラゴンと魔王は今まで何度もぼくを殺そうとして、ことごとく失敗してきた。だから、今度は策略を巡らした。ぼくを直接殺そうとするんじゃなく、ぼくが自分から死ぬように仕向けたんだ――。まず、ここに見せかけの聖なる泉を作って、一部の人たちにユリスナイの声を聞かせた。あの声は強力な呪縛の魔法だ。声に囚われると、自分からこの光の淵に飛び込みたくなる。そうやって、大勢のミコンの人たちをここで自殺するように持っていった。金の石の勇者の身代わりに光になって闇を討ち払いに行くんだ、ユリスナイのための尊い行為なんだ、って言って――」

 フルートがまた顔を歪めました。深い痛みを感じている顔です。ポポロが駆けつけてきて、心配そうに見上げます。フルートは少しの間黙り込み、心の痛みをやり過ごすと、また話し続けました。

「おまえたちの本当の狙いは、そんな信者たちの様子をぼくに見せることだった。ぼくが我慢できなくなるって知っていたんだ。ただ、本当にぼくが願い石に願ってしまっては大変だから、まず自分が光の淵に飛び込み、見せかけの聖なる光を放って、金の石を強制的に眠らせた。それは同時に、自分を死んだことにして疑いの目をそらす目的もあった。そうして、ぼくをこの光の淵に招いたんだ。ここには強烈な光と闇が背中合わせで存在していて、飛び込めば、人間のぼくは跡形もなく消滅してしまう。そうやって、願い石を使わせずに、ぼくをここで自殺させようとしたんだ。そのために、闇の怪物を町に送り込んで人々を襲い、みんなをだまして死に追いやろうとした――。ぼくを殺すために――ぼくたった一人を殺すために――」

 フルートの声が激しい怒りと悲しみで震えました。焼け付くような感情でした。熱く苦い涙がこみあげてきます。

 

 ふいに、かたわらにいたポポロがフルートに腕を回してきました。華奢な両腕と胸の中に少年の体をしっかりと抱きしめ、必死に呼びかけます。

「フルートのせいじゃないわ。それはフルートのせいなんかじゃない……!」

 すると、ゼンもどなりました。

「まったくだ! 悪党がやったことにまで責任感じてるんじゃねえぞ、お人好し! 本当の諸悪の根源は、こいつだろうが!」

 と大司祭長に向かって飛び出していきます。その手にはショートソードが握られていました。

「おまえ、さっき、俺が切りつけたら逃げたよな!? 幽霊なら剣なんか怖がることねえはずだぞ。おまえ、本当は死んでねえんだ! 光の淵に飛び込んでも無事でいるのは、おまえが魔王だったからだ!」

 ゼンの剣がひらめきました。

 刀身が淵の青い光を返してひらめき、大司祭長の体の中を通り抜けていきました。大司祭長は傷ひとつ負いません。ただそこに立っています――。

 

「な……!?」

 ゼンは驚き、ショートソードで何度も切りつけました。何度やっても同じです。剣は大司祭長の体の中を通り抜けていくだけで、大司祭長を傷つけることはできません。それを見て、他の者たちも愕然としました。

「切れない!?」

「ホントに幽霊なのかい!?」

 とルルとメールが思わず声を上げます。

 大司祭長が静かに答えました。

「だから初めから言っているではありませんか。私はユリスナイの元へ上り、新たな命を与えられたのです。ユリスナイの慈愛を疑ってはなりません。ここは本当に神聖な場所。あのユリスナイは本物なのですよ」

 人々は青ざめました。信者たちが震えながらまた大司祭長にひれ伏します。ゼンは、どうしても大司祭長を攻撃できなくて、歯ぎしりしながら下がりました。

「ちっくしょう! そんなわけねえんだぞ! きっと何か――」

 言いかけて、ふいにゼンは目をまん丸にしました。フルートたちも驚いて大司祭長を見ました。

 淵のほとりに立つ大司祭長の腹から何かが突き出ていたのです。それは人の上半身でした。痩せた若い男です。赤い上着を着て、半分透き通った姿をしています……。

 

「はぁい。なんかすごく面白そうなコトになってるねぇ? 観戦するだけにしようかと思ったんだけどさぁ。あんまり楽しそうだから、ついつい出てきちゃったよぉ」

 ランジュールでした。

 人々は仰天し、フルートたちは思わず呆気にとられました。幽霊の青年は仰向けに空中に浮かび、大司祭長の腹の部分から上半身を突き出して、にやにやしながら彼らを眺めていたのでした。

「な、な、何者だ、おまえは――!?」

 さすがの大司祭長も焦った声を上げます。

 うふふ、とランジュールは笑いました。

「ボクぅ? 魔獣使いの幽霊のランジュールだよ。よろしくぅ」

 相変わらず大司祭長の腹から頭と体を出した格好で言います。老人はそれを払うように手を振り回しました。

「あっちへ行け! 低俗な悪霊のくせに無礼な!」

 その手はランジュールの半ば透き通った体をすり抜けるだけでしたが、青年はふわりと浮き上がると、大司祭長から離れました。目の前の空中に立つように浮かび、その場所から大司祭長を見下ろします。

「低俗な悪霊? へぇ。それって、ボクのことぉ――?」

 相変わらずにやにや笑いながら言います。

「ざぁんねん。ボクは悪霊なんかじゃないんだよぉ。良い霊なんかでもないけどね。そして、低俗でもないんだなぁ――」

 その細い目が突然ひやりとした光を浮かべました。

「キミ、ボクを侮辱したよねぇ? ボクって、とっても優しくて寛大なんだけどさぁ、ボクを侮辱するヤツだけはどうしても許せないんだよねぇ」

「去れ!」

 大司祭長が片手をランジュールに向けました。銀の魔法の弾が飛んでいきます。それをかわして、ランジュールはまた、うふふ、と笑いました。ぞっとするような響きです。

「大司祭長くん、キミ、本当は幽霊なんかじゃないよね。幽霊なら、ボクと同じだから、ボクをつかめるはずなのにさ。ボクの体はキミをすり抜けちゃうんだから。キミは本当は生身の人間。ただ、切りつけられたときだけ、魔法で実体を消しただけなんだよねぇ」

 呆気にとられていた人々が、また、はっと大司祭長を見ました。銀の肩掛けの老人は落ち着き払って答えます。

「ユリスナイから新しい命と共に新しい肉体も与えられたからだ。この体は老いることも、再び死ぬこともない」

「ふぅん。さっすが大司祭長。それらしいことを言って人を丸め込むのも上手だよねぇ。でも、それじゃキミ、死者の世界を抜け出してここに来たことになるよね? ダメだなぁ。ルールを守らないと、お迎えが来るよぉ。こんなのがさぁ――」

 ランジュールがさっと片手を上げました。そのかたわらにみるみる巨大な生き物が姿を現します。三つの頭を持った巨大な犬の怪物――ケルベロスです。

 また仰天した人々に、ランジュールはうふん、と笑って言いました。

「ドワーフ君は前に狭間の世界で会ったことがあるよね? 黄泉の門の番犬のケルちゃんでぇす。ケルちゃん、あの人、死者の国の脱走者なんだよぉ。捕まえてつれもどさなくちゃ」

 そう言って、ランジュールは大司祭長を指さしてみせました――。

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