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第10巻「神の都の戦い」

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85.光の女性

 光の淵の上に現れた女性を見て、人々は恐れおののきました。

 その人物は青い長いドレスを着て、青い長い髪をしていました。光が全身を包んでいます。あまりに輝きがまぶしくて、その顔を見極めることはできません。

 ネッセ大司祭長が淵のほとりに崩れるようにひざまずきました。光の女性に向かってひれ伏します。

「おぉ……ユリスナイ様! ユリスナイ様! ついにその姿をお見せくださった……!」

 その声は本物の感激に震えていました。他の信者たちも、フルートたちを捕らえようとしていた衛兵たちも、打ちのめされたようにその場に座り込み、いっせいに女性を拝み始めます。ユリスナイ様、光の女神、と誉めたたえる声が響きます。

 

 ポポロはまだフルートに抱かれていました。いっそう強くフルートにしがみつきながら言います。

「あれは……願い石?」

 女性が放つ青い輝きは、まるで燃え上がる青い炎のようです。色は違っていても、なんだか願い石の精霊を彷彿とさせる姿でした。

 ところがフルートは首を振りました。

「違うよ」

「むろん、違う」

 と別の声も言いました。――女性の声です。フルートのすぐ後ろに、赤い長い髪を高く結って垂らし、輝く火花のようなドレスをまとった女性が立っていました。仰天する一同を冷ややかなまなざしで見ています。願い石の精霊でした。

 すると、隣にいた金の石の精霊が首をかしげるようにして言いました。

「どうやら、あのユリスナイは君だと思われていたらしいね、願いの。一部の人間にかもしれないけれど」

「冗談ではない」

 と願い石の精霊は答え、つん、と顔をそらして淵の上の女性を見下ろしました。

「私があのように不細工なものか」

「ね?」

 とフルートはまた笑いながら仲間たちに言いました。すると、願い石の精霊が少年に向かって言いました。

「そなたも無礼であろう、フルート。私に願ってデビルドラゴンを消滅させても、また奴が闇から復活するから無駄なことだ、などと。私の力はそんなものではない。そなたが心から願えば、闇の竜をこの世から永久に消し去ることができる。それが願い石というものだ」

 冷ややかな口調ですが、精霊の女性が実は怒っていることに、仲間たちは気がつきました。燃えるような目でフルートをにらみつけています。

 ごめん、とフルートが苦笑いで答えました。

「あそこではああ言うしかなかったんだよ。君の力を見くびってるわけじゃないさ、願い石……。でも、それでも、ぼくは君に願うつもりはない。ぼくたちは、別の道を探すんだ。君の力は借りないよ」

「この状況でも願うつもりはないのか」

 と願い石が聞き返します。フルートは薄い微笑に変わりました。

「君に助けてもらったら、ひきかえに何が奪われる? だめだよ。ぼくたちはぼくたちの力で切り抜けるさ」

 ふん、と精霊の女性は鼻を鳴らしました。少し不満そうな声でした。

「力がありすぎるというのは、つまらぬものだ――」

 そうつぶやきながら、赤い精霊の女性は姿を消していきました。赤いきらめきが薄れて見えなくなります。

 ルルが鼻先でポチをつついてささやきました。

「ねえ。願い石の精霊、前と少し感じが違うんじゃない?」

「ワン、そうですね。なんだかちょっと人間みたいだ」

 とポチが首をひねります――。

 

「それで――だ」

 とゼンが声を上げました。

「あいつはいったい何者なんだ? 悪霊か?」

 と光の淵の上に立ち続ける、青い女性を指さします。光り輝くその姿は、相変わらず神々しく見えます。

 すると、光の女性が揺らめきました。

「私はユリスナイ、光の女神。疑うことはありません、子どもたち。私はそなたたちを守るために存在しているのです」

 その声も神聖な響きを帯びていました。聞く者をひれ伏させるような、圧倒的な力があります。そっと身を寄せてきた白の魔法使いの肩を、青の魔法使いは黙って抱きました。フルートも震えるポポロを抱き寄せます。

 へっ、と鼻で笑ったのはゼンでした。

「俺たちを守る存在だぁ? 冗談抜かせ! そういうヤツがどうしてフルートを自殺させようとしたりするんだ。人を守って助けるのが神なんだろ? おまえがやってることは神様失格じゃねえかよ!」

「そうそう! あんたがやってることは全然正しくないよ、ユリスナイ! 正義の神様って言うくせにさ!」

 とメールも言います。

 けれども、青い女性の声は静かなままでした。哀れむような優しい声で言い続けます。

「人は悲しいものですね……本当に大事なことが見えていないのですから。フルートは世界中の人々を救うために行こうとしていたのです。その聖なる想いを引き止めてはなりません。あなた方は闇の手先となってしまっているのですよ。彼を光の中へ戻しなさい」

 とたんに、ポポロが震えるのをやめました。フルートの背中に腕を回し、強く抱きしめて叫びます。

「い、いやよ! あなたになんて絶対に渡さない! フルートはあたし――たちのものよ!」

 あたし、と言った後で一瞬躊躇して、ポポロはそんなふうに続けました。本当はなんと言おうとしたのか、聞いている者たちにはすぐにわかります。フルートは思わず真っ赤になり、それから、笑いました。

「あたしのもの、って言い切ってくれても良かったんだけどな……」

 え? とポポロは見上げました。なんとなく、フルートの雰囲気がさっきから違っています。

 

 すると、フルートの顔が突然真剣になりました。光の淵の上に立つ光の女性をにらみつけて、声を張り上げます。

「ぼくたちはおまえの声には従わない! 神は人のためにあるものだ! 人の想いをねじ曲げて、人々を死に追い込むような存在が神のはずはない! おまえは神じゃない、ユリスナイ! 正体を見せろ――!!」

 突きつけたフルートの手には、まだペンダントが握られていました。金の石が再びまぶしく輝きます。

 

 激しいほどの金の光の中で、淵や女性が放つ青い輝きが薄れていきました。鮮やかな青が、白っぽく変わっていきます。

 見守る者たちは息を詰めていました。女性の姿が形を失って崩れていくのです。長い髪が、ドレスが、優しげなほっそりした姿が光の中にちぎれるように消えていき――

 やがて、別の人物の姿に変わりました。

 短い銀髪に恰幅のよい体格の初老の男です。青い女性と同じように、光の淵の上に立っています。青い光が映る白い長衣の上には、銀の肩掛けをまとっていました。

「大司祭長!?」

 人々は驚愕して、いっせいに叫びました――。

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