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第10巻「神の都の戦い」

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第22章 美しい闇

84.逆転

 は? と人々は思わず呆気にとられました。

 たった今まで、彼らの目の前で少年は光の淵に飛び込もうとしていたのです。何もかもを悟りきったような静かな表情で、青い光を見つめていました。その首に下げていた金の石さえ、光の中に投げ込んだのです。次は、少年自身がその身をユリスナイに捧げる番でした。

 ところが、誰もがそれを予想した瞬間、少年はにっこり笑って、一同に言ったのです。嘘だよ――と。いたずらっぽい表情で舌を出して見せます。

 人々は立ちつくしました。自分の耳と目が信じられなくて、茫然としてしまいます。少年の仲間たちさえ、目を見張って、何も言えなくなっていました。

 

 その中で真っ先に我に返ったのは、大司祭長のネッセでした。とまどいながらフルートに話しかけます。

「勇者殿……今、なんと……?」

「だから、嘘だってばさ。ぼくは光になりに行ったりはしない。それはやらないって、約束したんだから」

 笑顔でそう答えて、フルートは素早く頭を下げました。ネッセがフルートを捕まえようとしてきたからです。白い衣を着た腕の下をかいくぐり、その後ろに並んでいた魔法司祭たちの方へと駆け出していきます。光の淵が遠ざかります――。

 魔法司祭たちは呆気にとられた顔でフルートを見ていました。わけがわからなくて、とっさにフルートを魔法で抑え込むことも思いつけずにいます。

 フルートはそんな司祭たちの間に飛び込み、回し蹴りを繰り出しました。鋭い蹴りに二人の司祭が倒れます。思わず他の司祭たちがのけぞると、そこにまたフルートは飛び込んでいって、今度は肘鉄を食らわせました。さらに二人の司祭が倒れます。

「この――!」

 すぐそばにいた司祭がフルートを捕まえようとしました。とたんに、フルートは頭を下げました。司祭の腕が空振りし、体が前にのめった所へ、思いきり頭を突き上げます。強烈な頭突きを食らって司祭が倒れます。

 とたんに、地面に抑え込まれていたキースと犬たちから、見えない手が外れました。声もまた出るようになります。

「フルート!」

「ワンワン、フルート!」

 声高くほえる犬たちへ、フルートは叫びました。

「ポポロを助け出せ! 早く!」

 ルルとポチはすぐさま駆け出しました。ポポロの両腕をつかんでいる二人の武僧へ飛びかかり、激しくかみついていきます。たちまち悲鳴と怒声があがります。

 

 キースが駆けつけてきました。フルートはちょうど、最後の魔法司祭の顎に蹴りを食らわせて気絶させたところでした。そんなフルートを、呆気にとられて眺めます。

「フルート、君……確かに最初は術にはまっていたよね? いつの間に正気に返っていたんだ」

 とキースが尋ねると、フルートは、にやっと笑い返しました。妙に大人びた笑顔でした。

「あなたに、ポポロをもらってしまうぞ、って言われたときですよ。ポポロとあなたが恋人同士になるなんてこと、それこそ、死んだって我慢できないもの」

 キースは目をまん丸にしました。何とも言えない表情で少年を見つめ、やがて、指先で自分の頬をかいて言いました。

「そりゃぁ……お役に立てて嬉しいよ」

 

「フルート!」

 と少女の声が響きました。ポポロです。ポチとルルが武僧たちと戦い始めた隙に、その手を振り切ったのです。フルートに向かって走ってきます。

「ポポロ!」

 とフルートも駆け出し、両腕を広げました。飛び込んできた少女をしっかりと抱きしめます。

「フルート……フルート……」

 ポポロは泣きながらフルートの胸にすがりました。名前を呼ぶ以外、ことばが出てきません。ただフルートにしがみつき、そこに確かにいることを確かめます。

 そんな少女の髪に少年は頬を押し当てました。華奢な体を腕の中に抱きしめながら言います。

「ごめん、ポポロ。もう大丈夫だよ」

 少女がいっそうむせび泣きます。

 

 そんな光景に、ネッセが青ざめて叫びました。

「ゆ、勇者殿は闇に誘惑されてしまった! あ――あの少女を取り押さえろ! あれは闇の手先だ!」

 衛兵たちがたちまち殺到してきました。見上げるような武僧や、キースと同じような聖騎士団の隊員たちです。キースは剣を抜いてフルートとポポロをかばいました。

「数が多すぎる! 逃げろ!」

 衛兵たちだけでなく、淵に集まっていた信者たちまでがいっせいにフルートたちへ向かってこようとしていました。闇を倒せ! 勇者を取り戻せ! と口々に叫んでいます。

 フルートは、ちらりと淵の向こうを見ました。ゼンとメール、そして二人の魔法使いは、相変わらず結界の中に閉じこめられていました。懸命に見えない壁をたたいていますが、結界はびくともしません。

「魔法司祭は倒したのに、結界が消えてないか。――やっぱりな」

 とフルートはつぶやき、剣を構えるキースの背中へ言いました。

「ぼくたちを守っていてください。もう少しだけ!」

 そこへ、ポチとルルが駆け寄ってきました。

「ワンワン、フルート!」

「フルート、どうするつもり!?」

「金の石を呼ぶ」

 とフルートは答えました。

 え、と仲間たちは驚きました。金の石はフルートが光の淵に投げ込んでしまったのです。光の中で消滅してしまったはずなのに……。

 すると、フルートがまた、にこりと笑いました。

「あの光はすべてのものを消し去る。――もの、ならばね」

 言いながら、淵に向かって片手を差し伸べ、強く呼びかけます。

「金の石――!!」

 

 淵は青い光でいっぱいでした。目がくらむほどの輝きです。ところが、その中央の光の色が変わり始めました。みるみる青い色が薄れ、金色になっていきます。その中に、鮮やかな黄金の髪と瞳の少年が姿を現しました。光の淵の上に立って、フルートを見上げてきます。

「相変わらず無茶してくれるな、君は。この光が邪悪なものだったら、ぼくは消滅していたんだぞ」

「だって、この光は聖なる光だ、って前に君は言っていたじゃないか」

 とフルートが答えます。

 ふん、と金の石の精霊は笑いました。

「まあね。ぼくは純粋な守りの想いが結晶化してできた石だ。普通の石のような『もの』ではない。聖なる光の中でなら、ぼくは決して消滅することはないさ。ペンダントの方もそうだ。あれは泉の長老が魔法で作り上げてくれたものだからな――」

 そう話す精霊の目の前に、淵の中から浮かび上がってきたものがありました。長い鎖がついた金のペンダントです。花と草の透かし彫りの真ん中で、魔石は金色に輝いていました。

 精霊の少年が言いました。

「一応ここに見えているのは本物の聖なる光だからな。おかげでぼくも力を取り戻すことができた。ただ、もう少し深く沈んでいたら、こうはいかなかった。予想していたから、聖なる光の中で留まっていたんだ」

「やっぱりか」

 とフルートが答えます。他の者たちには、何が「やっぱり」なのかまったくわかりません。

 すると、フルートは手を伸ばしたまま、また強く呼びました。

「来い、金の石!!」

 とたんに、ペンダントが淵の上で跳ね上がりました。金色の弧を描いて、フルートの手元まで飛び戻ってきます。

「まあ、めったにできないことだけれど、ここで力をたっぷりもらったからね」

 冷めた口調言って、精霊も空に飛び上がりました。ペンダントの後を追ってフルートの元へ飛んでいきます。

 フルートの手がペンダントを握りしめました。即座にそれをかざして叫びます。

「光れ!!」

 

 とたんに、魔石がすさまじい光を放ちました。金の光があたり一面を真昼のように照らします。

 そのまばゆさに、殺到していた衛兵や人々は目がくらんで立ち止まりました。

 キースも、思わず自分のマントをかざして光をさえぎりました。

「うわ……強烈だな、これは」

 と目を細めてつぶやきます。

 金の輝きの中で、ゼンやメール、魔法使いたちを包んでいた結界が砕けました。ガラスが割れるような音が響き、銀の輝きが金の光の中で薄れていきます。

 全員はいっせいに歓声を上げて駆け出しました。魔石をかざし続ける少年に駆け寄り、飛びつきます。

「こンの野郎……! 本気で脅かしやがって! 二、三発殴らせろ!」

 とゼンがわめきます。フルートは笑いながら言いました。

「怒るのは後、後! 早くあいつをやっつけなくちゃ!」

「あいつ――?」

 驚く仲間たちに、フルートは光の淵を指さして見せました。

 それと同時に、金の石が吸い込まれるように光を収めていきました。一面金色だった淵のほとりに、また青い輝きが戻ってきます。

 すると、淵の水面に、小石が落ちたような波紋が広がりました。その上に青い光が寄り集まり、ゆっくりと形をとっていきます……。

 白の魔法使いは息を呑み、声を上げました。

「現れた! ユリスナイだ――!」

 光の淵の水面に、青く輝く女性が姿を現したのでした。

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