「気をつけろ、メール! そっちに行ったぞ!」
とゼンがどなり、続けざまに矢を放ちました。夜の中、白い矢羽根がひらめきながら飛んで、闇の色の怪物に当たります。矢は堅いうろこの体に跳ね返されましたが、一本だけ、うろこの隙間に突き立ちました。ギシャァァ! と怪物が悲鳴を上げます。
彼らはカイタ神殿の広場を出たところで怪物に襲われていました。数頭の人面トカゲが、まるで見張っていたように彼らに襲いかかったのです。ポポロに飛びかかってきた怪物に、ルルが飛びついて顔にかみつきました。また怪物の悲鳴が上がります。
ワン! とポチはほえました。
「ぼくたちを大神殿に行かせないようにしてるんです! やっぱりフルートはそこなんだ!」
そんな子犬にも怪物が襲いかかってきました。ポチは風の犬に変身しようと飛び出して、勢いあまってそのまま道の上に転がりました。体が風に変わらなかったのです。
「ワン、風の犬になれない!」
どこからか魔法の力が送り込まれていて、変身を妨害しているのでした。えっ、とルルが風の犬に変身しようとしましたが、その姿も相変わらず犬のままでした。
「戻れ! こっちに集まれ!」
とゼンがどなりました。怪物相手にエルフの矢を撃ちっぱなしです。どれほどの乱戦の中でも、魔法の矢は味方を避けて、一本残らず狙った敵に当たっていきます。うろこの間を貫き、皮膚の柔らかい顔に突き刺さりますが、すぐに矢は抜け落ちて傷が治っていってしまいます。闇の怪物の回復力は本当に驚異的です。こんな時頼りになるキースも今はいないのです。
「ど、どうしよう……」
言われたとおり仲間たちの所へ駆けながら、ポポロは泣き声になっていました。怪物を追い払うには魔法を使わなければ、と思うのですが、彼女は今日の魔法を二度とも使い切っていたのです。大神殿の何万という信者を襲った闇トカゲと戦い、キースやフルートを助けるために跳ね返しの呪文を唱えたのは、今日の昼間のことでした。翌朝の日の出まで、ポポロはもう魔法を使うことができません。
そこへ、二人の魔法使いが広場から駆けつけてきました。それぞれ手には杖を持っています。怪物が少年少女たちに飛びかかるのを見て、白の魔法使いが彼らの前に石の壁を作りました。怪物が激突して転がります。
「あの怪物に直接魔法攻撃はできないぞ。跳ね返される」
と白の魔法使いが言うと、青の魔法使いが、にやりとしました。
「なに。それなら跳ね返されないようにするだけです。――あなたはユリスナイの声から解放された。先にまいりますぞ」
言って、前に飛び出していきます。その時、自分の杖を白の魔法使いに投げ渡していきました。
「何をする気!?」
とルルが叫びました。青の魔法使いがわきを駆け抜けて、さらに前に出て行ったからです。人面トカゲがそれを見つけて飛びかかっていきます。
青の魔法使いは立ち止まり、真っ正面から怪物を受け止めました。巨大なトカゲの体をがっちり捕まえ、力任せに地面にたたきつけてしまいます。
けれども、闇の怪物は強靱です。すぐにまた起き上がって飛びかかろうとします。その黒い頭を、武僧はまた地面に抑え込みました。気合いと共に全身の魔力をたたき込みます。
「はあっ!」
とたんに、怪物の頭が爆発しました。トカゲの体も半分以上飛び散ってしまいます。青の魔法使いが得意とする魔法の力業でした。
すると、その後ろにいきなり石の壁がそそり立ちました。背後から飛びかかっていた怪物が、顔面から激突してギィィ! と転がります。青の魔法使いは振り向いて、おお、と言いました。
「気がつきませなんだ。白、かたじけない」
「目の前の戦いに集中しすぎだ。だから、おまえの戦い方は単純だと言うのだ」
と言いながら白の魔法使いが青の魔法使いに並びました。追いついてきたのです。青の魔法使いと背中合わせになって杖を振り上げます。
「相変わらず手厳しいですな、白」
武僧が苦笑いしながら、次の怪物を捕まえました。また太い腕で魔法をたたき込みます。頭を吹き飛ばされて動けなくなったところへ、白の魔法使いが魔法の火を放って焼き尽くします。
「息が合ってるなぁ、白さんと青さん」
と石の壁の後ろからのぞいてメールが感心していました。へっ、とゼンが笑います。
「それなら、俺たちだって負けてねえだろ? 俺も前に出るぞ。援護しろ!」
言うなり、ゼンは壁の後ろから飛び出していきました。エルフの弓は背中に戻しています。代わりに手に握っているのは、洞窟のドワーフが鍛えたショートソードでした。人面トカゲの前に飛び出し、鋭く切りつけます。ひらり、とトカゲが身をかわします。
すると、そこにザーッと雨が降るような音が響きました。何かが夜の中を飛んできて、ゼンの目の前の怪物に降りかかります。花です。
「そぉら、花たち! そいつを動けなくするんだよ!」
メールが両手を高くかざして呼びかけます。
ところが、ゼンが怪物にショートソードで切りつけようとすると、とたんに太い尻尾が飛んできました。怪物が花の蔓を振り切って、尻尾を振り回したのです。ゼンが横殴りにされて地面にたたきつけられます。
「ってぇ……!」
ゼンは頭を抑えながら起き上がりました。石の道でしたたかに打った額から血が流れ出していました。
「っの、禿のトカゲ野郎が!! よくもやりやがったな!!」
と大声でどなると、また飛びかかっていきます。花を振りほどいてまた襲いかかろうとしていた怪物へ、逆に飛びつき、背中に乗って首にしがみついてしまいます。ゼンの太い腕に首を絞められて、ギィィィ……と怪物は悲鳴を上げました。どれほど暴れてもゼンを振りほどくことができません。
やがて、ぼきり、と怪物の首が折れる音が響いて、怪物がその場に倒れました。ゼンは飛びのくと、剣を構え直してまた飛びかかっていきました。闇の怪物の生命力は驚異的です。首の骨を折ったくらいでは殺せないと、充分承知していたのです。
すると、だらりと垂れた怪物の首が、ゼンを見てにたりと笑いました。また太い尾でゼンを打ちのめそうとします。そこへもう一頭の怪物が飛びかかってきました。ゼンが地面に倒れたとたんに襲いかかろうと牙をむきます。
「花たち!」
メールの声がまた響きました。ザァッと音を立てて花が動き、トカゲの尾に絡みついて止めます。その隙にゼンは怪物の首を切り落とし、振り向きざま、飛びかかってくる怪物にも剣をふるいました。もう一つの頭が血をまき散らしながら飛んでいきます。
すると、二頭の怪物の体が突然火を吹きました。白の魔法使いが戦いながら杖をこちらへ向けています。
「ありがとよ、白さん!」
とゼンが言って、また別の怪物へ飛びかかっていきました。それをメールの操る花が援護します――。
白の魔法使いが作った石の壁の後ろで、ポポロは震えながら戦いの様子を見守っていました。今の彼女は戦いに加わることができません。仲間たちの足手まといにならないようにしているのが、精一杯の協力だったのです。二匹の犬たちも一緒にいましたが、ふいに、あっとルルが声を上げました。
「また現れたわ。怪物よ」
夜の暗がりから新たな人面トカゲが近づいてくるのが見えたのです。
「ワン……三頭いますね」
とポチが闇の中に数えます。
白の魔法使いが素早くそれに気がついて杖を振りました。怪物の上に突然大小の岩が降りかかります。魔法攻撃は跳ね返してしまう怪物です。致命傷にはならなくても、こういう物理攻撃の方が効果があるのでした。
「どうしたらいいの? あれを倒しても、きっとまた新しい怪物が来るわよ」
「ワン。どうしてもぼくたちを大神殿に行かせないつもりなんだ――」
ポポロは石の壁にすがりついて真っ青になっていました。大神殿へ目を向けても、フルートの姿を見ることはできません。心で必死で呼び続けても、やっぱり返事はありません。恐ろしいほどの空白が、ポポロとフルートの間でぽっかりと口を開けています。何もかもを呑み込もうとしているようです。
フルート! とポポロは心で悲鳴を上げました。全身が激しく震え、涙があふれてきて、そこから動くことができません。
すると、一瞬何かが見えた気がしました。青く輝く女性です。フルートを抱いて連れ去っていきます――。
とたんにポポロは石壁の後ろから身を大きく乗り出しました。その音に気がついて、怪物がこちらを振り向きます。
「危ないわよ、ポポロ、引っ込んで」
とルルがささやくような声で注意しますが、ポポロは戻ろうとしませんでした。片手で石壁を強くつかみ、もう一方の手でむやみと涙をぬぐいながら、行く手を見つめます。夜の闇の中に怪物たちの姿が見えています。魔法使いたちやゼンたちが怪物と戦い続けていますが、新しく現れた怪物は岩の下から抜け出して、また道の上をうろついていました。
その怪物たちの間にすり抜けられるルートを見極めて、ポポロは言いました。
「行くわ――! ルル、ポチ、ついてきて!」
「え!?」
「ワン、ポ、ポポロ――?」
驚く犬たちの目の前でポポロは壁の後ろから飛び出していきました。怪物がいる道の上をまっすぐ走っていきます。犬たちが大あわてでその後を追います。
ポポロはもう泣いていませんでした。走っていく先は大神殿です。その中庭にある光の淵です。フルートはそこにいるのです。
青い女性と去っていくフルートの姿がまた見えた気がして、ポポロは駆けながら頭を振りました。またあふれそうになった涙をこらえ、足に力を込め、いっそう速く走ります。行かせない! 絶対に、行かせないんだから――! と心で叫び続けます。
すると、ポチがほえました。
「ワン、ポポロ、危ない!」
黒い影が飛びかかってくるところでした。人面トカゲです。ポポロの前に犬たちが飛び出し、激しくほえながらかみつきます。
怪物をかわして、ポポロはまた走りました。犬たちが後ろで戦い続けています。それでもポポロは振り向きませんでした。
大神殿へ――フルートの所へ――!
ポポロはひたすら走り続けました。